29,一難去ってなんとやら


「(何処?)」


 耳を澄ませないと、聞き逃してしまいそうな程、か弱い泣き声だった。

 自分の息と足音で掻き消してしまわないよう、細心の注意を払って走る。

 

 街角を曲がると、小さな公園に出た。

 ブランコが風に揺られて、寂しく揺れている。

 すぐ横にある二人掛けのベンチに、おさげの少女が座っていた。周りに大人は一人もいなくて、身体を丸めて肩を震わせている。


 ステラは息を整えると、驚かせないように静かに足を公園に踏み入れた。


「ヒック……」

「こんにちは」


 ステラ史上、最高の猫なで声である。

 少女の顔がよく見えるように、地面に膝をつき屈んだ。


「どうしたの? 一人?」

「ママぁ……」

「お母さんとはぐれちゃった?」


 言葉を発さず、小さく頷いた。

 自分が婦警さんに助けて貰った日と重なる。

 着任一日目から、昔の自分と同じ経験をしている子に手を差し伸べるなんて、夢にも思わなかった。


「お姉さんも一緒に、お母さんを探すよ!」

「本当……?」

「もちろん!」


 赤く腫れた目が痛々しい。

 少女の脇に手を入れると軽々と持ち上げた。

 しゃっくりを落ち着かせるため、背中をさする。

 そうだ、自分もこうやって抱っこして貰って不安が薄れたのだ。

 あの時の情景が鮮明に甦った。

 

「今日はお母さんと一緒に遊んでたの?」

「ううん、お買い物してたの……」

「そっかそっか、お母さんと何買ったの?」

「お魚を買っていたのよ。そしたら、猫ちゃんが来たの。ニャーニャーって、私を呼んだのよ!」

「猫ちゃん可愛いもんねぇ」


 絵に描いたような典型的な迷子である

 公園から出ると、先ほどの大通りへ足を向けた。

 魚を買っていたというのであれば、少なくとも公園付近に親はいないだろう。


 ルーシーおばあちゃんの家がある通りで、何人か買い物帰りの主婦の姿を見かけた。あの近くに商店街があるのだろう、きっといるとしたらその辺りだ。


 少女の気を紛らわせるために、ステラは優しい口調で話を続ける。


「どんな猫ちゃんを追いかけてたの?」

「えっとねー、真っ白でふわふわな猫ちゃん! お洒落なピンクのレースを首に巻いていて、鈴の音がとっても綺麗だったわ!」

「へ、へぇ……お姉ちゃんも見たかったなぁ……」


 ステラの中で一つの仮説が立った。

 白くてふわふわで、ピンクのレースに鈴が着いている。まさしく、ステラ達が探している猫ではないだろうか。


「(猫はフレディ先輩が探してくれるよね……)」


 第一、ステラは迷子の少女を母親の元に返すという大役がある。

 迷い猫はこの街の何処かで頑張っているフレディに後を託そう。


 大通りに出て魚屋を探していると、少女が急に黙った。

 何か見つけたのかと下を向くと、大きな瞳がステラを見上げていた。


「どうしたの?」

「お姉ちゃんのお目目、とっても綺麗ね! 宝石みたいだわ!」


 息が一瞬止まった。

 助けてくれた婦警さんがくれた言葉を、今助けようとしている小さな存在に与えられた。

 少女を抱く腕に力が入る。


「ありがとうね、そう言って貰えると物凄く嬉しい!」


 ステラの言葉に気をよくした少女は、胸元のフリルネクタイに顔を埋めてしまった。


「(あの婦警さんには程遠いなぁ……)」


 胸が温かくなったのは理由は、少女の体温だけではなかった。





 結局、母親らしき人に会うことなく、ルーシーおばあちゃんの家がある通りまで戻ってきた。

 目だけでフレディを探すが、いない。やはり猫はまだ見つかっていないようだ。


 道行く人に魚屋を訪ねていると、女性の声が背後から聞こえた。


「マリー‼」

「お母さん‼」


 その声に反応したのは、ステラの腕の中で大人しくしていた少女だ。


「よかった、見つかったね!」

「うん‼」


 マリーと呼ばれた少女を下ろすと、一目散に母親の元へ駆け寄る。


「何処に行っていたの!」

「猫ちゃんがいたから、一緒に遊んでいたの!」

「お母さんから離れちゃダメでしょう!」


 相当焦っていたのだろう、髪は乱れて息が弾んでいる。

 ステラが少女の頭に手を置いた。


「お母さんの言う通りだよ。もしかしたら悪い人に拐(さら)われちゃうかもしれない。これからは絶対にお母さんの手を離さないでね」

「はーい!」

「本当にありがとうございました」

「いいえ、見つかってよかったです」


 これで一件落着。

 自分も猫探しに戻ろうとすると。


「ひったくりだ!」

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