24,パーティー 3


 ステラの視界でシャンデリアの炎が揺れる。

 行き場の失った手を下ろした。


 踊り始める前から薄々気が付いていた。何人ものご令嬢が、目を爛々と肉食獣のように輝かせて、レオナルドを見定めていたのだ。

 ずっと自分だけがレオナルドを独占するわけにはいかない。


 巻き込まれないように三歩ほど後ろに下がった。もうすぐ二曲目が始まるだろう。


 レオナルドがいるであろう、お嬢様軍団に背を向けた。


「(向こうでご飯食べてこよっと)」


 こんなホールで踊ることなど、今後一切ない。

 最後の学園生活で素晴らしい思い出が作れたものだ、今夜にでもハイジ先生に手紙を書こう。


 並べられたご飯をお皿によそっていると、呪文が聞こえた。


「サルターレ(炎よ踊れ)」


 壁やシャンデリアに灯る蝋燭の炎が、まるでダンスをするかのように踊り始める。

 ゆらゆらとした影は幻想的で、注目を集めるのにはうってつけだ。所々から感嘆の声が上がる。


「まぁ、綺麗!」

「素敵ですわ、この特別の夜にピッタリの装いですわね」


「(綺麗……)」


 ステラですら目を奪われた。

 まるで命を持ったかのようなその炎は、楽しそうに踊っている。


 折角よそった大量のローストビーフをそっちのけで、近くの蝋燭を眺めていると腰をグッと引かれた。


「行くぞ」

「え」


 ステラの腰を引いた犯人は、先ほどお嬢様軍団に囲まれた筈のレオナルドだった。


「なんで、」

「いいから来い」


 身を引いたばかりだというのに、すぐ自分の所に来てしまっては、お嬢様軍団に申し訳が立たない。

 

 結局、強引にバルコニーへ連れ出されてしまった。

 窓が閉まると同時に二曲目が始まる。


 騒がしいホールに居ただけに、誰もいないバルコニーに行くと、違う世界に放り出されたような感覚に陥る。


「よかったの?」

「いいんだよ別に。ほら」


 どのタイミングで持ってきたというのだ。レオナルドの大きな手にカップケーキが二つ収まっていた。

 折角確保したローストビーフは、残念なことに置いてきてしまった。

 一つ受け取って無遠慮にかじりつく。


「お前、ドレスなんて持っていたのか」

「持ってなかった。なんかパーティーの前に急にプレゼントされたんだ」

「誰に?」

「さぁ?」

「それ、大丈夫なのか?」


 レオナルドから見えないよう、緩んだ口元をカップケーキで隠す。


 寮に届いた大きな箱には一つの魔法が掛かっていたのだ。

 ステラが箱を開けると、着ていた服はドレスに変わり、靴も綺麗なヒールになった。

 どうやら開けたタイミングで魔法が発動されるように、調整されていたのだ。

 ご丁寧なことに化粧や髪型までセットしてくれるという、オプション付き。


「差出人は目処がついてるもん。こんな凝った魔法が出来る人なんて、限られてるし」

「またヒルおじさんか?」

「多分、ね」


 もう一口、ケーキを囓る。


 〝パーティーで大きな口を開けて物を食べてはいけません〟


 ハイジ先生の教えであるが、この場にはレオナルドしかいない。少々はしたなくても、咎める者は誰もいないのだ。


「それにしても随分と立派なドレスだな。形も最近の流行の物だ」

「レオナルドが言うなら、そうなんだろうね」


 わざわざ自分からドレスを見に行こうと思ったこともないため、巷の流行りにはとんと疎い。

 リタに聞くと、この慰安パーティーは毎年恒例の行事だそうだ。そうなると保護者にも案内の手紙が入っていた可能性がある。


 母か、ヒルおじさんか。流行の形と言うのであれば、お洒落に目敏いハイジ先生の監修も入っているかもしれない。


「ドレスの色もお前の髪によく似合ってる」

「ありがと」


 照れ隠しにもう一口、ケーキを頬張った。

 レオナルドから褒められる機会は無いに等しいので、なんだか照れくさい。


 空を見上げると、当たり前だが暗くなっている。この空の下で今日は様々な事が起こったものだ。


 振り返ると、ステラの記憶にワンシーンが蘇った。


「そういえば、今日初めて名前呼んでくれたね」

「そうだったか?」

「無意識かい」


 試験の最後に、レオナルドが初めてステラの名前を叫んだ。

 幻聴かと思ったが、そんなわけない。


「割と最近まで私の名前知らなかったとか?」

「ここまで絡んでおいて知らなかったら相当ヤバいぞ」

「じゃあちゃんと名前呼んでよ」

「それは嫌だ」

「意固地になる意味がわからない‼」


 本人が呼びたくないなら強要するつもりもないが。


 会話が途切れると、肌寒い風が二人を襲う。

 レオナルドが上着をステラの肩に掛けた。


「着とけ」

「じゃあお言葉に甘えて」


 手摺りにもたれかかってレオナルドが月を眺める。

 ステラは残り少なくなったケーキを頬張った。


「(変なの……)」


 いつもより口数が少なく、悪態も付いてこない。ハッとステラが閃いた。


「あんたもしかして」

「な、なんだ」

「おセンチさん?」

「違うわ」


 ブニュッ! と、ステラの顔が掴まれた。


「ムキィ――‼」

「ははは、つい猿顔が真横にあったからな」


 普通、このような舞踏会で最初に踊った男女というのは、多少なりとも甘い空気になったり、秘めていた想いを打ち明け合ったりするものだ。


 しかし二人に限っては微塵もない。


「別に寂しくない」

「だろうね‼」


 結局二人はこのままなのだ。


 この関係がぬるま湯に浸かっているように、心地よい。


 どうしてもレオナルドと踊りたいエルミラが探しに来るまで、二人は尽きない話を交えた。

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