23,パーティー 2
「では、皆集まったようじゃな」
学園長がホールの上座に立った。
卒業試験の時と同じように拡声魔法を使い、年を感じさせない、はっきりとした滑舌でホールの端まで声を届ける。
「皆の者! これより慰安パーティーを開催する!」
待っていましたと言わんばかりの歓声が溢れる。一方でステラは、こういう場所に慣れていないため萎縮していた。
普段から想像も出来ない、まるで借りてきた猫のようだ。
「それでは国王陛下よりお言葉を承る!」
ステラの肩が跳ね上がった。
「国王陛下⁉」
「気付かなかったか? 試験の時から観覧席にいたんだが」
「全く気付かなかった……」
ということは、レオナルドに泣きついていた場面も見られていたということか!
今更、とんでもない事をしでかしてしまったのでは? と、意識が昇天しそうになる。
学園長の後ろに掛かっていた、薄いレースのカーテンがゆっくりと上げられ、更に上に二脚の豪華な椅子が並んでいた。
そこに鎮座するのは、レオナルドの髪よりもブラウンに近い色を持ち、威厳を放つ男性。
隣に黙座する女性の目元はヴェールで隠されており、ミステリアスな雰囲気を纏っている。
紛れもなくドルネアート王と王妃だ。
「父上と母上は毎年この学校の卒業試験を観覧される。今年も例に漏れずだ」
「そうっスか……」
力なく返事するステラが、項垂れる。
やんごとなき王族の行動なんて、平民のステラは一切知らなかった。
「事前に教えておいた方がよかったか?」
「……教えて貰っていたら、緊張してレオナルドにぶつかっていたかも」
「だろう?」
レオナルドの配慮があってのことだった。
吉と出たので、結果オーライ。
ドルネアート王がグラスを持って、椅子から立ち上がった。
「レオナルドって、お父さん似?」
「いや、どっちかっていうと母親似だな」
本人が言うなら、そうなのだろう。
雰囲気は似ていると思うが、第三者のステラから見ると、レオナルドの方が女性的な顔立ちの気がする。
この場で言うと関節技をキメられそうなので、墓場まで持って行くことにしよう。
「諸君! 此度の卒業試験、本当にご苦労だった!」
国王陛下に拡声魔法など、必要無かった。素晴らしい腹式呼吸である。
ホールという響きやすい場所の手助けもあるが、生身の人間でこんなに距離がある生徒達に声を届かせるのは至難の業だろう。
肉声が生徒達の耳へ直接届く。
「君達の勇気、絆、そして確かな強さ。確とこの目で見届けた! 君達は国の誇りだ。アルローデン魔法学校を卒業し、大きく飛び立つことだろう!」
心無しか学園長や、普段は厳格な数名の先生が涙ぐんでいる。
その中、唯一変わらないのはカルバンの死んだ魚のような目くらいだ。
「どうか忘れないでくれ、ここで出会った仲間を。そして私達は心から、君達の未来が明るいことを願っている」
ワインの入ったグラスを掲げられる。
ステラも渡されたジュースのグラスを高く上げた。
「(あ……)」
遠目ではあるが、王妃が微笑んだのがなんとなくわかった。
「この佳き日に! 乾杯‼」
乾杯の音頭で、全員のグラスが頭上に掲げられた。
音楽団の指揮者が指揮棒を振り上げる。ダンスが始まるのだ。
「向こうへ行くぞ」
「踊らないの?」
「お前、踊れないだろ」
「踊れるよ」
「そうだろ。だから……え⁉」
この三年間、レオナルド達はステラの言動に度肝を抜かされ続けた。それは最後の最後まで終わらなかった。
穴が空くほどステラを凝視するが、発言を撤回する気は無いらしい。
リタをエスコートしようとした、オリバーまで足を止めた。
「ステラ、今から踊るのはワルツよ?」
「そうだぞー、ほっかむりをかぶって、鼻に棒を突っ込んでザルで掬う踊りじゃないんだぞ!」
「わかってるわ! 私はワルツが踊れるって言ってんの!」
「ええ――……」
訝しげに、オリバーは目を細めた。
アルローデン魔法学校に在籍する人間の中で〝誰が舞踏会に程遠いかランキング〟が存在すれば、ぶっちぎりで一位を掻っ攫いそうなのがステラだ。
同意する人間は少なくないだろう。
レオナルドがステラの腰に手を添えた。
「なら踊るか?」
「いいよ」
まるで何処かのお姫様のように、レオナルドにエスコートされてホールに立つ。
教師陣ですら目をひん剥いた。
レオナルドは腐ってもこの国の第二皇子。王族にエスコートされているのが、普段から木登りをしているようなお転婆ステラなのだから、その反応は何ら可笑しくない。
バイオリンの弓が静かに引かれ、曲が始まった。
一緒に揺られて手を取って、回ってまた揺れて、レオナルドがステラを回す。
「本当に踊れるんだな」
「あんまり好きじゃなかったけどね」
ステラの脳裏に、ダンスを教えてくれたハイジ先生がよぎった。
ダンスはハイジ先生が手取り足取りと、厳しく指導してくれたのだ。村の男の子相手に半泣きになりながらリズムを覚えたものだ。
あの時は、「こんなド田舎でダンスなんて絶対いらない!」と、ペアを組んだ男の子とよく愚痴を零していた。
「(まさかこんな所で役に立つなんて)」
ターンの勢いで、レオナルドの腕の中に身体がスッポリ収まった。
帰ってハイジ先生に会ったら、絶対お礼を言おう。
「お前の育った村にも舞踏会があったのか?」
「まさか! 外部から来てくれる学校の先生がいるから、そのタイミングで習っただけ」
息を合わせてステラを持ち上げジャンプさせる。
床に着地したステラのドレスが、ふわりと揺られて美しい夕焼け空を床に描いた。
「いい先生だな。これなら何処で踊っても恥ずかしくない」
「私のセンスを褒めてよ」
「はいはい、お前が凄い」
「褒め方が雑!」
ステラの緊張を解すためだろう、いつもの軽口が絶えない。
特に内容の無い話を広げていると、あっという間に曲が終わってしまった。
手を離して、ステラはハイジ先生に仕込まれたカーテシーでレオナルドに敬意を示す。
庶民である自分がレオナルドと踊ることなんてこれが最初で最後だろう。と、心の片隅で思いながら頭を上げた。
「レオ様‼」
「あ」
一言お礼を言おうとすると、レオナルドがお嬢様軍団の波に飲み込まれた。
あっという間に二人の間に距離ができてしまう。
伸ばした手はレオナルドに届かなかった
「ほぉー……」
「嫌な野次馬だな」
「失礼な! 可愛い教え子達の晴れ舞台に感激してるって言え!」
可憐に踊る生徒を見守る教師陣の中で、特別講師枠として招待されたジェラルド。
カルバンとグラスを片手に、ステラとレオナルドを見守っていた。
だがニヤニヤと二人の姿を眺めるカルバンは、ジェラルドの言う通り、どちらかと言えば好奇心からだろう。
少なくとも教師の義務を背負った者の目ではなかった。
「ただの筋トレ好きの小娘かと思っていたら、意外な趣味を持っていたもんだ」
「本当、意外だよなぁー。俺も三年間あいつの事見てきたつもりだけど、今日みたいなお嬢様的要素なんて欠片もなかったんだぜー」
「あの様子だと全曲踊れるんじゃないか? 人は何処に特技を持っているか、蓋(ふた)を開けてみないとわからないものだ。……お、曲が終わったな」
「ありゃりゃ、レオナルドがお嬢さん方に飲み込まれちまったなー」
ジェラルドがシャンパングラスを一気に空けた。
その流れで、隣にあるクラッカーをパリパリと咀する。
彼の目線の先は生徒達を見ているようで、見ていない。まるで別の何かを見ているようだ。
「それで、いつ戻るんだ?」
「何のことだー?」
「しらばっくれんなよ」
「睨むなってー」
ジェラルドの鋭い質問に、のらりくらりとかわせる者は数少ない。
今度は、カルバンがシャンパンを飲み干した。
「まぁ、まだ特に考えてねーな」
「そんなフワフワしているから……いや、やめとくか。折角の祝いの席だ」
「そうだそうだ! 今夜は歌って飲んで食ってりゃいいんだ。それにさ」
カルバンが一旦言葉を区切った。
慈しむかのように、ホールを見渡す。
長年の友人をやってきたジェラルドでさえ、初めて見る表情だった。
「案外教師っていうのも悪くないもんだぜー?」
「意外だな。この職に着くまでに各方面から心配の声が上がっていたもんだっていうのに」
「だよなー。俺も自分で思ったくらいだ」
「そうさ。それにあいつも随分と気に掛けていたぞ」
「あいつなー……」
二曲目を始めようと指揮者が呼吸を整えている。
「昔ったらそういう性格だよなー。また手紙でも送っておくさ」
「気をつけろよ。呪いを練り込まれた手紙が返ってくるかもな」
「肝に銘じておくわー」
「まぁ俺も長い目で待っているさ。お前の自慢の教え子は任せてくれ」
「……頼んだぞ」
二人は、新たに注がれたシャンパンを飲み下した。
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