22,パーティー 1


「疲れたー‼」


 今日で卒業出来ることが確定した。ベッドに寝転び、脱力する。

 三年間お世話になったこの部屋とも、もうすぐおさらばだ。


「余韻に浸るのもいいけど、早く準備をしなさいよ」

「準備?」


 相部屋のスクリーンの向こうから、リタの急かす声が飛んできた。

 しかし注意された本人は、とっくに寛ぎモードである。


「なんかあったっけ? 今日はもうご飯食べて寝るだけでしょ?」

「あなた何言ってるのよ……」


 スクリーンを開けてリタが姿を現した。

 その眩しい姿に、思わず反動を付けて飛び起きる。


「なんでドレス⁉」

「はあ……。やっぱり聞いてなかったのね……」

「すっごい綺麗! 似合ってる!」

「それはどうも」


 自慢の親友の晴れ姿に、試験の疲れも忘れて喝采を博する。


「で、なにやってるの?」

「慰安パーティーがあるって、先生方が言っていたでしょう」

「言ってた……ような気が……する……?」


 とはいえ、人一倍お洒落に興味が無く、平民であるステラはドレスなんて一着も持っていない。


 先生達が話していたことを、必死に思い出す。


「それって、確か自由参加じゃなかった?」

「それはそうだけど」


 念には念を押した伝達なら、流石のステラの中でも残っているが、慰安パーティーに関しては蛇足のような説明しかされていなかったように思う。

 自由参加、という言葉を聞いて完全に記憶から抹消されていたようだ。


「でも! 折角なんだから行きましょうよ!」

「うーん……。けどドレス無いし……」

「それなら私の予備のドレスを! いいえ、それよりエルミラにお願いして借りた方がいいかしら……」


 リタとしては最後のパーティーを是非ともステラと楽しみたいようだ。

 本人よりも必死に打開策を考えてくれる。

 

 二人で頭を捻っていると、ノックが響いた。


「はいはーい!」


 ベッドから立ち上がり、呼び続ける扉を開けた。

 そこから顔を覗かせたのは、寮母さんだ。


「ステラへ何か荷物が届いているよ」

「荷物? こんな時間に?」



 大広間へ駆け足で向かう。


 皆パーティーに向けて準備中なのだろう、普段なら誰かしら談笑しているのに誰もいない。

 そんな寂しい大広間で一つの大きな箱が、受取人であるステラを待っていた。


 そこには確かに〝ステラ・ウィンクルへ〟と書かれている。


「誰から?」

「さぁ……。差出人は書いてないみたい」




 重たい箱を軽々と持ち上げ、自室の扉に当てないように慎重に入れる。


「よいしょっ……! 案外重たいなぁ」

「大丈夫? こっちを持つわ」


 苦労して搬入した荷物はステラが使用しているベッドほどある。

 中身は一体なんなのやら。


「それよりドレスよ! ああ、もう時間が無い……」

「残念だけど今回はリタだけで行っておいで」

「声色が全く残念そうじゃないのよ‼」


 リタには全てがお見通しだ。


 そんな友人を横に、綺麗にラッピングされた包装を解いていく。


「まぁ、また高そうな箱……」

「だよね⁉ なんか開けるの怖くなってきたんだけど!」


 中から出てきたのは、上質でシックな箱。

 ちょっとやそっとの衝撃では凹まない、高級感溢れる箱だ。


「何が入っているのかしら」

「い、いくよ……?」


 リタですらパーティーの事なんて、この箱の前では頭から離れてしまった。


「せーのっ!」


 勢いよく箱を開け放った。

 その瞬間、ステラが〝何か〟に襲われた。


「うぎゃあぁぁぁぁあっ‼」

「キャ――‼」


 二人の叫喚が狭い部屋に響いた。






 大勢の生徒や関係者、そして教師が集まるダンスホールでは女の戦いが始まっていた。


「(帰りたい……)」


 こう思っているのは自分だけではない筈だ。

 レオナルドはシャンデリアを死んだ目で眺めていた。


 少し離れたところで、オリバーがキョロキョロしているのが見えた。女性陣を掻き分けてオリバーの肩を叩く。


「何やってんだ」

「リタを探してるんだよ。見てないよな?」

「見ていないな」

「約束してたんだけどさ、まだ会えなくて参ってるんだよ」

「レブロンと? あいつが約束の時間を過ぎるなんて珍しいな」

「だよな。……はっ⁉ まさか他の奴にナンパされてるとか⁉」

「それは、」


 あり得ない、と続けたかったが口をつぐんだ。


 リタは確実に美人の部類に入る。

 オリバーの妄想はなきにしもあらず、だ。


「ほら‼ レオもそう思うだろ⁉」

「否定も肯定もしない」


 泣きすがるオリバーを慰めるが、ヒートアップする一方だ。悪い意味で目立っている。


 その時、ホールの扉が開いた。


「リタか⁉」


 元気よくオリバーがレオナルドから顔を上げた。


 そこには紛れも無い、リタの姿があった。


 髪はシニョンにして、琥珀色のアシンメトリードレスを美しく身に纏っている。

 見とれているのはオリバーだけではない。会場の何人かがリタに釘付けだ。


 いつもと違う美しさにオリバーが声を掛けあぐねていると、リタの方がオリバーに気付いた。


「遅れてごめんなさい。支度に手間取っちゃったわ」

「いっ、いいえっ⁉」

「どうかしたの?」

「なんでもありませんっ‼」

「なんで敬語なのよ」


 ぎこちなく差し出されたオリバーの腕を取り、寄り添う。

 リタのラメに縁取られた瞳が、レオナルドを捕らえた。


「いいんじゃないか?」

「それはどうも。だけど、あなたにはこの後、もっと賞賛すべき相手がいるわ」


 もうあと一分ほどでパーティーが開始する。


 リタは一体誰のことを言っているのか?

 会場への入り口が再び開いた。



「……誰だ?」

「誰だと思う?」


 入ってきた女性を見て、オリバーがキョトン、と指さした。

 先ほどまでリタが立っていた場所に、一人の女性が俯き気味に佇んでいたのだ。


 オリバーには誰だかピンと来ていないようで、リタが悪戯っ子のようにニンマリと笑って見せる。


「どなたかしら?」

「さぁ……でも、あの髪色と言ったらこの学園には一人しか……」

「まさか!」

「美しい……」


 会場からもため息交じりの声が上がる。


 その女性は、夕焼け空から夜空へ変わるような、美しいイブニングドレスを身に纏い、赤い髪を緩く巻いて華やかなポニーテールを揺らしていた。ドレスに鏤められた真珠が、夜空に輝く星のようだ。

 首元のチョーカーがシャンデリアの光で輝き、一際存在感を醸し出す。


 誰もが呆る中、一番に足を動かしたのはレオナルドだった。


「来たのか」

「来たよ」


 少し不貞腐れたような、照れ隠しにそっぽ向く女性。レオナルドは、その目元に掛かる前髪を指で払う。


 そこから現れたのは、翡翠の中に蒼い星を閉じ込めた瞳。


「似合ってる」

「……ありがと」


 誰もが唖然と口を開けた。

 レオナルドに対するぶっきらぼうな態度、独特の髪に瞳。


 彼女は正真正銘のステラだ。


 普段の行いを見て、こんな可憐な姿に変わるだなんて誰が思っていただろうか。

 近くで聞いていたオリバーが素っ頓狂な悲鳴を上げる。


「嘘だろ‼ ステラっ⁉ どうしたんだ⁉」

「嘘も何も、元々ステラは整った顔立ちしていたじゃない。今更何言ってるのよ」


 リタが誇らしげに胸を張る。

 恥ずかしそうに俯くステラへ、レオナルドが腕を差し出した。


「掴まれ、行くぞ」

「う、うん」


 レオナルドが腕を差し出すと、遠慮気味に絡め取られた。

 ステラの細い腕から、僅かな震えを感じ取る。


「(卒業試験では緊張していなかったというのに……普通逆だろう)」


 意外なほど似合っているドレスとは裏腹の態度に、レオナルドは小さく笑った。


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