19,卒業試験 1


「えー……本日はいい天気に恵まれー……」


 髭がモジャモジャな小さい老人が、全校生徒及び父兄の視線を独り占めする。

 好奇、緊張、不安。

 そんな入り交じった感情の視線を浴びても臆することないその人物は、この学校の学園長だ。


 青空の下に集められた、卒業試験を受ける三年生が固唾を飲んで箒を握りしめる。


「大丈夫大丈夫絶対大丈夫……」

「なにぼそぼそやってんの、ネクラ」

「デルマだ‼」


 こんな時でも、二人のやり取りはブレることない。


「これは緊張を解すまじないだ。知らないのか?」

「知らない、どうやってやるの?」

「掌に〝人〟という異国の文字を三回書いて飲み込む真似をするだけだ。これで緊張がほぐれるらしい」

「へー! やってみよ!」


 一番緊張していない奴がまじないをしてどうする。

 周りの気持ちが一つになった瞬間だった。


「うおっほん!」


 学園長が咳払いで生徒達を静かにさせる。

 それを合図に体育の筋肉ゴリゴリ教師が、バインダーを小脇に抱えて学園長の横に立った。


「では試験科目を発表する‼」


 運命の瞬間。

 穴が空くほど、全員が先生の持つバインダーを見つめた。


「卒業試験科目は……鬼ごっこだ‼」


 誰もがポカン……と、口を開けた。


「ど、どいうこと……?」

「鬼ごっこって……あの鬼ごっこ……?」


 生徒達からポツポツと疑問の声が飛び交い始めた。なんなら観覧席からも、どよめきが聞こえてくる。


 それもそうだろう。鬼ごっこといえば子供の頃に殆どの人間が履修している遊びだ。

 それが卒業試験とは一体どういうことだ。


「今からルールを説明する! 一度しか説明しないので、心して聞くように!」


 ポケットから長く細い縄を取り出し、見やすいように掲げた。


「ここに縄がある! 今から我々教師が鬼となり、この縄で君達を捕らえにいく! 君達は捕まらないように逃げ回るだけだ!」


 腰に手を当て、ステラは首を傾げる。



「単純じゃん」

「甘くみない方がいいだろう」


 余裕ぶるステラを、デルマが嗜めた。

 縄を睨む、彼の目は真剣そのものだ。


「尚、生徒は教師陣に直接攻撃することを禁止とする! ルールを破った場合はすぐに失格となる! もちろん捕まっても失格だ!」


 卒業試験を受ける生徒は、掲示された条件に戸惑いを隠せない様子だ。


「ほら、こういうルールだろう」

「理不尽!」

「先生方は僕達に社会の理不尽さを教えてくれようとしているのさ」


 勿論ステラとデルマもその動揺を隠すこと無い。


 その騒然とした空気の中、体育教師は説明を淡々と続ける。


「縄は攻撃してくれて構わない! 燃やすなり吹き飛ばすなりしてくれ! だがこの縄にも教師陣の魔法が掛かっている‼ ちょっとやそっとの魔法では弾かれてしまうので、自分の魔力量と相談して攻撃するように‼」


 学園長が目配せした。

 小さな粒を、体育の先生が頭上に翳す。


「試験はペアを組んで受けて貰う! 協力するのも、個人プレイするのも自由だ! ペアは事前に配ってある、この種が示してくれる!」



「捉え方によっては、ペアを囮にしてもいいってことだね。生徒同士争わせる気か」

「うへぇ……人間の本性剥き出しの試験じゃん……」


 学園長が両手を広げた。

 すると暖かな光が、掌に置かれた種を包んだ。


「わぁ……」


 種が、開花したのだ。

 オレンジがかった小さなひまわりのような花。それはステラが目指す、警察の紋章にも使われている、ルドベキアの花だった。


 もともと騒がしかった会場は、ペアを探すために更に色めき立つ。


「ふむ、どうやら僕のペアは君ではないようだね」

「みたいだね」

「では、お互い幸運を」


 パンジーの花を持ったデルマは、ステラにウインクを送ると、踵を返した。


「はあ……」


 ブレない奴だ。

 いいや、緊張を解すおまじないは、あながち間違っていなかったと言うことか。


「って‼ こんなことしてる場合じゃない!」


 早くペアと合流して作戦を立てなければ。

 両手で花を潰さないように持ち、キョロキョロ見渡す。

 すると誰かに肩がぶつかった。


「ごめんなさい!」

「こちらこそ……ってお前か」

「なんだ、レオナルドか」


 咄嗟に謝った相手は、レオナルドだった。

 気を遣って怪我が無いか確認しようとしたが、自分より身体が大きなレオナルドがこれしきのことで怪我をするとは考えにくい。


「……お前のその花……」

「あ、あぁ~……」


 自然と彼の持つ花を見て、ステラは額に手を当てた。


「あんたもルドベキア……」

「ここまでくると腐れ縁だな」


 これは一体どういう魔法なのだろうか。

 レオナルドの手の中で、ステラと同じ花が咲き誇っていた。


「まぁお互い知り合った仲だし? 逆に気を遣わなくていい……みたいな」

「特性を知り尽くしているからこそ、有利な点もある、な……」


 これは利点の方が大きいのでは? 悪い人選じゃない、うん。


「ペアが見つかった生徒は、待機室へ行くように! すぐに試合を開始する!」

「行くぞ」

「早い早い!」


 そうとわかったレオナルドの行動は早かった。


 ステラはレオナルドに手首を掴まれると、引き摺られるように中へ連れ込まれた。





 待機室は、白い壁で囲まれており、時間感覚が狂ってしまいそうだ。

 その広い壁、に映像魔法が映し出される。


 試験を受ける生徒が、一斉に生徒が空へ飛んだ。


「始まったな」

「おぉ……思ったより本格的……」

「この国最大の魔法学校だ、これくら当然だろう」


 しかし大半があっという間に捕まってしまった。惜しくも試験終了である。

 一際大きく心臓が波打つ。


「は、早いね」

「これは用心した方がいいな」


 文字通りの瞬殺。数秒も経たないうちに捕まる生徒もいれば、数分間粘った生徒もいる。

 生き残った生徒は、ほんの数人だ。

 

 あっという間に試験が終了し、生徒達が待機室へ入ってきた。



「うっ……ヒック……!」

「ちくしょうっ……捕まった……!」

「私だって頑張ったのに……‼」


 とてもではないが、声を掛けられるような空気ではない。

 ステラは上げかけた手を、太ももの上に置いた。


「相当厳しいようだな。実技試験で上位にいるような奴でも捕まっているみたいだ」

「そんな……」


 捕まったということはつまり……。

 嫌な考えを振り払うように、ステラは頭を横に振った。


「なんで濡れた犬の物真似?」

「誰が犬ドリルだ!」


 こいつはこんな時にまで……‼

 歯を剥き出しにして威嚇するが、涼しい顔で流されるだけだ。

 最後の生徒が入ってくると、後ろに体育教師が続いてきた。


「次の試験者は出るように!」


「次⁉ 次呼ばれるかな⁉」

「かもな」


「レオナルド・ウル・ドルネアート、ステラ・ウィンクル‼」


 ステラが飛び上がったのに対して、相方のレオナルドは冷静なまま。

 弾かれたように椅子から立ち上がると、レオナルドの腕を引っ張った。


「私達の番だよ、レオナルド‼」

「わかったから引っ張るな」

「そんな悠長な事言ってらんないって‼」


 夢を叶えるために。卒業を勝ち取るために。

 負ける気なんてこれっぽっちも無い二人は、扉を潜った。



 ******



 開かれた扉の向こうは、眩しい。


 一歩踏み出すと太陽の光が目に入り、思わず目を細めた。

 割れんばかりの歓声と熱気が、ステラを含めた生徒を包み込む。


 広い校庭はいくつかのスペースに区切られており、空間魔法が天高く延びていた。


「指定の位置に着くように!」


 迷わず歩くレオナルドの後ろを、はぐれないようにくっつく。


「……そのチョーカー、着けてるんだな」

「え? あぁ、これ?」


 ステラが無意識に手を当てていた場所には、太陽の光を浴びて暖かみを帯びた、瞳と同じ色の石。

 チョーカーは邪魔になるどころか、ステラの身体に馴染んでいた。


「これ着けてると調子がいい、気がする」

「それならよかった」


 ステージに入ると、箒に跨がった。

 地面を蹴りあげると徐々に上昇する。


「では鬼係の教師は定位置に着いてください!」

「誰だろうね、私達の鬼」

「さぁな」


 手汗を握って、下の入場口を見守る。




「よぉ」

「……え」


 現れた人物にステラの口が開いた。


「カルバン先生⁉」

「そうだぜー」


 三年間、ステラ達もまた、カルバンを見続けてきた。

 そのイメージは決してアウトドアではなく、猫背で自分の準備室に籠もっているような印象だ。

 こんなギンギラギンに輝く太陽の下に出ても大丈夫なのかと、心配すらしてしまう。

 なにより、カルバンの魔法など授業の模範魔法以外、見たことも聞いたこともない。


「油断するな、未知な物こそ警戒しろ」

「わ、わかってるって!」

「そうだぜー、俺だってやる時はやるんだからなー!」


 肩を回してやる気を見せるが、今一ピンとこない。


「いいか、作戦を忘れるなよ」

「大丈夫!」

「お、なんだなんだー?」


 数年一緒に学び、同じ釜の飯を食った仲間だ。

 お互いの魔法の性質も癖も、わかっている。

 興味を持ったカルバンが片眉を上げた。


「「野生の勘を大切に」」


 綺麗にハモった。

 特別隠す必要のない作戦名だった。


「あー……うん。んー……ん……? それは作戦……なのか……?」

「作戦です‼ レオナルドの考えた画期的な作戦です‼」


 ごちゃごちゃした作戦は、ステラのスタイルに合わない。

 シンプルイズザベスト。

 これが、共に過ごしてきたレオナルドの考えだった。

 カルバンが上着を脱いだ。


「まぁお前ららしいっちゃ、らしい。にしても、俺は嬉しいぜー」


 袖を捲り、足元へ大量に置かれた縄を一本取り上げた。

 司会の先生がホイッスルを咥える。


「お前らの成長を直接見られる喜びは、教師ならではだよな!」


 この日、珍しくステラとレオナルドの感想が一致した。

 三年間の内、カルバンの目が輝いたのは、後にも先にもこの五分間だけだった、と。

 

 ホイッスルが鳴り響いた。

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