15,クロノス・カーニバル 1
「はい注目ー」
休暇が終わり、ステラ達は学年が一つ上がって最終学年の三年生に進級した。
勝負の一年、と親や教師達からプレッシャーを与えられる年である。
カルバンが手を叩き、生徒の注目をかき集める。
「明日から三日間、クロノスの木の生誕を祝うクロノス・カーニバルが開催される。学校は休みになるから、町の祭りに行くのも自由なー。ただし! ハメを外さないようにな!」
国民達は毎年、この時期を特に首を長くして待っていた。
日頃の平和に感謝して、アルローデンを中心に祭が開かれるのだ。
家族や友人、恋人と共に過ごすことが多く、教室中も浮き足立っている。
そんな楽しく大切な時期なのだが。
「おや、ステラ・ウィンクルは今年も保健室かな?」
「そうなのよ。不運よね」
デルマが後ろの席から、リタの隣を指さした。
そう、毎年ステラはクロノス・カーニバルの時期になると体調を崩し、保健室に籠もるのだ。
一年生、二年生も同じタイミングで高熱に苦しんでいた。
「なんでもこのお祭りに行った事が無いって、前に言っていたわ」
「可哀想だよなぁ。あいつが好きそうな屋台とかいっぱいあるのになー」
肘を突いて、本来ステラが座る場所に同情の眼差しを投げるのはオリバーだ。
「僕達はお土産を渡すくらいしか出来ないのか……」
昨晩、同室のリタがベッドに寝転び、高熱で苦しむステラを発見したのだ。
急ぎ先生を呼び、医務室へ担ぎ込まれ、現在は隔離されている。
「後でお見舞いに行こうかしら」
「結局三年間、あいつと祭りに行けなかったな」
「寂しいわよね、今年こそはって思っていたのに」
その頃、ステラはというと。
「うぅ……」
「まだ熱は下がらぬか」
「あと四日間は下がらない、かな……」
医務室のベッドを一角陣取り、毛布にくるまって高熱に魘されていた。
花瓶を咥えたウメボシが窓から入ってきて、鈍い陶器独特の音を立てながらステラの枕元に置く。
「去年も一昨年もこうだったか。不憫な体質だな」
「しかも視たくもない未来まで見せられてさ……嫌になっちゃうよ……」
熱の影響なのか、眼が暴走気味になるのが頂けない。
「視えないように抗ってはいるのだろう?」
「それでも不意打ちでくると対処できない……」
大切な人達と視えない未来を、共に築き上げるのが人としてあるべき姿。
わざわざ未来を視て、わかりきった時間を歩む。そんな人生に一体何の価値があるというのだろうか?
年を重ねるごとに、この時期の眼の力を押さえられるようにはなってきた。
しかし不意打ちで力を弾じき、強制的に未来を見せてくる目が憎らしい。
薄い仕切りの向こうから、先生の声が聞こえた。
「ステラさん、大丈夫?」
「だいじょばない、です……」
目元に冷たいタオルを乗せたステラが、指先できつく握る。
タオルを引きずり下ろして、上半身を起こした。
カーテンが開いて先生が顔を覗かせる。
「こらこら! まだ寝てなきゃ!」
その手に持たれているのは、コップに並々と注がれた水。
このタイミングで持ってきてくれるとわかっていたから、起きただけだ。
一気に飲み干して再びベッドに倒れ込む。
「少し席を外すけど、ちゃんと大人しくしていてね」
「はい……」
扉が閉まる音を確認すると、再び目を閉じる。
「また熱が上がったようだな」
「ごめん、窓開けて」
「うむ、任せろ」
お願いはすんなりと聞き入れられて、そよ風が医務室に流れ込んだ。
一匹の蝶が風に乗り、ウメボシの頭に止まった。
「パピヨンレターか」
魔法の掛かった紙が蝶となり、届けたい相手の元に飛んでいく。
最もメジャーな手紙だ。
「開けるか?」
「いい。お母さんからだよ、視えたから知ってる」
ステラの体調を心配する内容で、レモンシロップが同封されている。
毎年この時期に作って、送ってくれるのだ。
お湯で割ってレモネードにすると、イガイガした喉が楽になる。
もう数十秒後に先生が戻ってくる。お願いして、お湯を分けて貰おう。
「折角送られた母からの手紙も、開けずに放置とは。未来が視えるのは便利と思っていたが、面白みに欠けるのだな」
「そうだよ、だから私は必要最低限使わない」
ウメボシがそっとステラの膝に乗る。
暖かい毛が、ステラを暖めてくれる。
「お主もカーニバルに参加したかったろうに」
「昔から行きたいって、我が儘が言えないくらい辛かった」
フカフカな毛を右手でゆっくり撫でる
ウメボシが気持ち良さげに目を細めた。
「けど……今年は行きたかったなぁ……」
「リタ達も同じ事を思っていることだろう」
クロノス・カーニバルのお土産を沢山持って帰って来る、リタが未来に視えた。
「ステラさん、戻ったからね」
片腕には大きな花束が抱えられている。
「扉の前に花束が置いてあったのよ。あなた宛てなのは間違いないんだけど、誰からなのかわからないわ」
「誰なんでしょうね……」
〝ステラ・ウィンクルへ〟と、短くメッセージカードが添えられている。
「あらま、ちょうどいい花瓶があるじゃない。生けておくわね」
「お願いします」
匿名の花束の事も、とっくに知っていた。
だからウメボシにお願いして、わざわざ部屋に花瓶を取りに行って貰ったのだから。
そして何日経っても卒業しても、花束の送り主は名乗り出ない。
「(誰からなんだろう……)」
生き生きと咲き誇る赤い玉のような花から、一滴の水が滴り落ちた。
******
「国王陛下、王妃。ご機嫌麗しゅう」
「今年もこの時期がやってきて! 民の皆もさぞかし待ち望んでいたことでしょう‼」
「あぁ、よく来られた。また街を賑わせてくれ」
「(眠いな……)」
いつも学校で着ている服とは一変し、第二皇子である証しの窮屈そうな王族衣装に身を包んでいる。
上座には父である国王陛下、エリクソン・アダン・ドルネアートと、母である王妃のアーデルハイド・クロエ・ドルネアートが座り、レオナルド自身は傍らに立つ。
国王は城内に挨拶へやってくる商人達へ次々労いの言葉を掛け、献上される品を褒め称えるの繰り返し。
商いに赴いた商会は毎年、クロノス・カーニバルが始まる前に、国へ自慢の品物を納め挨拶に出向くのが習わしとなっている。
毎年毎年同じ事を繰り返し、飽きてこないのかとさえ思う。
「こちらの品は国王陛下へ。こちらは王妃に……」
「(こんなにどうしろというんだ)」
積み上げられていく絨毯や宝石、シルクの織物まで。
大して興味のないレオナルドは、結局貰っても国民へ還元する。
価値があるのなら価値がわかるもの同士でやり取りし、誰もが目に見てわかる物に変えてしまえばいい。自分がしまい込んでいても、箪笥の肥やしになるだけ。
別の誰かのためになるなら、横流しにしてしまうのが一番よい。
こうして色褪せて見える品物を毎年眺めながら、皇子としての責務を果たすのだ。
「お久しぶりです、国王陛下」
「あぁ、元気そうでなによりだ」
子供の頃から毎年やってくる、顔馴染みの商人だ。
顔は日に焼け、年々その顔に刻まれる皺は深くなっていく。
「今年はルカ皇太子はいらっしゃらないのですか?」
不意打ちで兄の名前を出され、口元を固く結ぶ。
「生憎、今は留学中でな。カーニバルに参加できなくて残念がっていた」
「そうでしたか、この歳になると来年も来れるかわからぬが故、是非お会いしたかったが残念です」
「何をおっしゃる、まだまだ現役だろうに」
商人の後ろでは、若い部下達が次々に包みを開けていく。
全て解き終わった所で、再び頭を下げた。
「今年も豊かなこの地で商いをさせて頂きますこと、心より感謝します。どうぞ、こちらの品をお納めください」
広げられた布の上には、ドルネアート国ではあまり見かけない異国の壺や、タペストリーが並べられていた。
「ほお、今年も見事な物だ」
「お褒め頂き、光栄です」
一つ一つ自慢の品物を紹介され、周りから感嘆の声が上がる。
「そして、こちらはレオナルド皇子への贈り物です」
「俺に?」
差し出されたのは蒼のような翠のような、不思議な石の原石だった。
少々距離があるため、細かいところまでは見えないが、美しい輝きを放っている。
「それは名も無い原石です」
「名もない……宝石ではないと?」
「はい。ですが、その石はクロノスの木の近くで掘られた石です。まるであの大樹の一滴を閉じ込めたような、不思議な色の石。
まだ何物でもない、未知の力を秘めています。何者にもなれる可能性を持つあなた様に、是非受け取って頂たい」
「そうか……。あまり見ない色だな。見せて貰ってもいいか?」
手元にやってきた石は、ベースとなる色は翡翠のようだ。中に蒼い光が鏤められている。
「珍しいわね、レオナルドが石に興味を持つなんて」
公共の場ではあまり口数が多くない、王妃が口元の扇子を少し離した。
目元は黒のヴェールで覆い、その瞳は隠されている。
「似たような色を知っているので、つい」
原石を受け取り、天井に掲げて色を確認してみる。
まるで、中に蒼い星が閉じ込められているよう。
毎年この時期になると保健室に引きこもる、同級生の瞳とそっくりな色だった。
「あのクロノスの木の近くで取れたのなら、魔除けくらいにはなるか?」
「きっと。悪しき事より守ってくれることでしょう」
「そうか」
原石を下ろし、そしてそのまま商人に渡す。
「これでチョーカーを作ってくれないか。金はもちろん払う」
「チョーカー、ですか? ネックレスではなく?」
「ああ。暴れても邪魔にならないよう、チョーカーにしっかり埋め込んでくれ」
「暴れても……、そうですな。剣を振るうのに引っかかったら危険ですな」
ドルネアート国ではあまりチョーカーという文化はない。
貴族が好んで使うのはネックレスばかりだ。
贈り物も、貴金属を送る場合はネックレスや指輪が主流である。
「後日受け取りに行く。頼んだ」
完成は明日以降になるだろう。
大臣が次の商会の名前を読み上げている間に、王妃が再び扇子を離した。
「あなたが使うチョーカーかしら?」
「いいえ、知人にどうかと思いまして」
「それは是非とも聞かせて貰いたい話ね」
「母上の耳に入れるような話ではありませんよ」
僅かに見える口元が弧を描いている。
あれは完全に楽しんでいる顔だ。
次の商会が挨拶に入ったところで、短い会話は強制的に終了を迎える。
「今年もよき日を迎えることができ……」
また長い挨拶が始まると、レオナルドは口を閉ざして手を後ろで組んだ。
自分よりも、手に入れたい未来を目指している人物を知っている。
あの石はきっと、自分より彼女にふさわしい。
「(そろそろ花が届いた頃か)」
確か去年も一昨年も、一週間ほど寝込んでいたとオリバーから聞いている。
恐らく、今がピーク時だろう。
名前を伏せて送ったストロベリーキャンドルが、少しでも彼女を元気付けてくれればよいのだが。
「この豆はとても大きいのですが皮は薄く、炊いても破れにくく……」
「立派な物だ、さぞかし手間をかけたのだろう」
品物を賞賛する父に同意を示しながら、チョーカーの事を考える。
来年こそは、彼女もカーニバルを楽しめるように。
病魔から守ってくれるようにと、石に願いを託してみようか。
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