7,同色の皇太子
非常に充実したと言える休みが終わり、またこの巨大な学校に戻ってきた。
そんなに長期間離れていなかったのに、久しいとさえ感じる。
「ステラ! 久しぶりね!」
「リター!」
人目も憚らず、再会を喜ぶ抱擁を交わす。
「元気そうで安心したわ」
「もちろん! リタは?」
「私も相変わらずよ。結局山籠もりはどうなったのかしら?」
「まぁ、それは……ね……」
「目が泳いでいるわよ」
結論から言うと、山籠もりをした、という答えである。
ステラが言葉を濁した理由として、一緒に行ってくれるヒルおじさんが仕事の関係のため、一泊二日でしか山籠もり出来なかったのだ。
ガッツリ修行をしたわけでもなく、和気藹々と自然を楽しみ、一緒に着いてきたラナまで何故か一緒に山で寝泊まりしていた。
あれは山籠もりというより、キャンプだ。
「多分、リタが思っている山籠もりではなかったよ」
「そうなの? 頭にハチマキ巻いて正拳突きの練習かと思っていたわ」
「できるなら私もそういうのがやりたかってたんだけどね」
何気ない会話が懐かしい。
二人で話しながら始業式のために会場へ向かっていると、眼が熱くなった。
何かが起こる。リタの腕を引き留めた。
「ちょっと待って!」
「え?」
視えたのは、リタが貴族のような服装の人と、そこの曲がり角でぶつかって転ぶ未来。
新しい学年が始まる日に、怪我なんて縁起が悪い。
数秒その場に立っていると、目の予告通りに人影が曲がり角から出てきた。
「何をやっているんだ?」
「なんだ、レオナルドか」
「なんだとはなんだ」
久しぶりに会ったというのにこの口の悪さ。間違いなくレオナルドだ。
視線を合わせると、少しだけ違和感を覚えた。
「ちょっと背伸びた?」
「そうか? 自分じゃあんまり気にしていないな」
「絶対伸びたよ。ねぇ、リタ……リタ?」
先ほどから何も反応が無い。
もう一度同意を得ようと首だけ後ろに向けると、そこには初めて見る表情のリタがいた。
一般的に言えば驚いている顔。これでもかというほど目を広げ、浅く息を吐く。
リタでもこんな顔芸するのかと、感動を覚えるほどだ。
「どうしたの?」
「お前くらいだ、こいつの顔を見ても動じないのは」
レオナルドがクイッと顎を差したのは、隣にいた青年だ。
顔より先に目に着いたのは、燃えるような赤い髪。自分の髪とよく似た色だ。
「君は……」
「え?」
レオナルドよりも高い身長。アンバーの切れ長な瞳が印象的で、一般でいうイケてる面、そうイケメン。
長いと感じた見つめ合いはほんの二秒ほどだっただろう。体感十秒くらいだが。
「珍しいね。この学校にセレスタンの血を引く子がいるなんて」
「だろう?」
誰だこの人。もしかして転校生だろうか?
しかし年齢はステラより上のようで、生徒と言うには少し無理があるように見える。
この人は一体誰なのか、と戸惑っていると、再び柔らかな琥珀色と視線が絡んだ。
「初めまして。エドガー・ダリス・セレスタンです」
「エドガーはセレスタンの皇太子だ」
「あ、ス、ステラ・ウィンクル、です」
レオナルドによる付け足し情報に、一瞬言葉が詰まった。
皇太子、つまりは次期国王。ぼんやりしていたステラに緊張が走った。
なんで学校に隣国の皇太子がいるのだろう。
リタの反応は一般人なら当然だった。
「エドガーはこの学校に講師として赴任してきたんだ。なんでも社会経験積むために親父さんに放り込まれたんだと」
「親父さん……セレスタンの王様、ですよね」
セレスタンの王様自体、見たこと無い。
そもそもあまり隣国の王族の姿絵自体出回ることは少ない。やはり見かけるのは自国の王族ばかり。
セレスタン王もエドガーと同じ赤毛なのだろう。無意識の内に自身の毛先を弄った。
「父の言う事も一理ある。それにこんな機会は滅多にない、今から楽しみだ」
差し出された手を受け取って、握手を交わした。
ヒルおじさんは世界の様々な事情を知っているので、いつも異国の話を聞いていたけれど、話題がありすぎてセレスタン国の話まで辿り着かないのだ。
「もう時間だ、行くぞ」
「あぁ、それじゃあまたね」
行ってしまった。
二人の背中が見えなくなる頃、ようやくリタがこちらに戻ってきた。
「……はっ⁉」
「お、おかえり」
「さ、さっきのお方はエドガー皇太子⁉」
「あれ? ここだけ時間差が生まれてた?」
「私、大ファンなのよ! サイン欲しい!」
本当に意識が遠くに飛んでいたようだ。
ステラ達が話していた内容は全くリタの耳に入っていなかった。
「(意外かも、あのリタが誰かのファンだったなんて)」
エドガーとレオナルドが去った後でも、延々とエドガーの良さを語ってくれる。
こんなにテンションが高いリタは貴重だ、以後生暖かい目で見守っていこう。
「ちょっとあなた達」
リタのマシンガントークをステラ一人で受け止めていると、前に誰かが立ち塞がった。
なんといつもレオナルドを囲んでいるお嬢様軍団ではないか。
ステラ達に声を掛けるなんて、初めての事だろう。
「先ほどレオ様とエドガー様とお話していましたわね?」
レースがたっぷりあしらっているドレスに身を包んで、ミルクティー色の縦ロールを揺らす彼女は、エルミラ・クラドラーク。
いつも率先してレオナルドにアプローチをしているので、流石のステラも名前を覚えていた。
一年前の入学式の時に、ステラに喰って掛かったのも彼女だ。
有名な医者一族の出身で成績は常に上位。
将来を有望されていて、一族の中でも期待は大きいと専らの噂である。
そしてステラのことを陰で怪力娘と馬鹿にしているのも、もちろん本人は知っている。
弁解させて頂くとステラは怪力娘と呼ばれるのは別になんとも思っていない。ので、実害は全くない。
「あなた達、平民があまり話しかけないでくださるかしら? あなたのような野蛮な人とお話しされると、お二方の品位が損なわれてしまいますわ」
「そう? いっつもあんな感じじゃん。エドガー皇太子はどうか知らないけど」
「だまらっしゃい!」
元々吊り目のエルミラだが、今日は一段と吊り上がっている。
リタがステラを庇うように前に出た。
「同じ学校にいるんだから、話さないでって言うのは無茶よ。それにレオナルドにとってステラは、唯一魔法でも口でも対抗できる相手だから、面白いのよ」
「私、面白がられてるの?」
「こんな怪力娘の何処が面白いとおっしゃるの? 知性の欠片もなくて、常にトレーニングしてばっかりの田舎者が?」
なんだと⁉ 田舎根性見せてやろうか、腕立て伏せならあんたより出来るんだよ!
と、ステラが言うより早く、リタが先に口を開いた。
「失礼ね! ステラは自分の強みを活かして、欠点をカバーしてるのよ!」
「リタ? その欠点って知性の部分のとこ?」
「筋肉で勉学が補えるものですか!」
「言ったな⁉ 今欠点の部分を明確にしたな⁉」
確かにステラは勉強が苦手だ。正直この学校の入試に受かったのも奇跡だと自負している。授業中に船を漕ぐことも、しばしばだ。
リタとエルミラの言い合いがヒートアップして来た頃に、鐘が鳴り響いた。
全員移動しなければ、始業式に遅れてしまう。
「あら、もうこんな時間ですの?」
「中途半端に終わるなんて……。ステラ? 胸なんか抑えてどうしたの?」
「なんだろう、庇って貰っているのに貶されているような……」
「今回はこのくらいにしておきますわ。けど次に王族の方々に話しかけていたら、その場で制裁しますからね!」
「やれるものならやってみなさい! その時はステラの黄金の右手が唸るわよ!」
「私の⁉」
「本当に何処までも野蛮な人達だこと!」
ドレスの裾を翻してお嬢様軍団は始業式の会場に入っていった。
なんだろう、このモヤモヤした気分は……。
最後まで一番煮え切らなかったのは、ステラだった。
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