5,休暇前のお誘い


「忘れ物は無い? ハンカチは持った?」

「持った!」

「親子の会話か?」


 あっという間の一年が過ぎ、長期休暇がやって来た。そんな帰省当日。

 リタと荷物のチェックをしていると、レオナルドにツッコまれた。

 確かにこの会話は、実家を出る時にラナと交わした会話そのものだ。


 リタは根っからの長女体質。抜けが多いステラを見ると世話を焼いてしまうのは、最早癖だろう。

 綺麗な亜麻色の髪が風に舞った。


「そういうあなたは大した荷物ね。ステラの五倍はあるんじゃないかしら」

「持ってきたんじゃなくて持たされたんだ。本当なら鞄一個で済む」

「皇子様らしくない発言ね」


 レオナルドの背後にはこれでもか、と言うほどの荷物が積みあがっている。


 家が近い生徒は寮に入らず、実家から通学する者が多い。レオナルドの実家でもあるドルネアート城はここから見えているにも拘わらず、彼は何故かステラと同じように寮に住んでいた。


「なんで実家から通わないの? お城すぐそこじゃん」


 高く聳え立つ国を象徴する建物を指さしたら、苦虫を飲み込んだような顔が帰ってきた。

 一年間一緒にいて初めて見る顔だ。


「俺にも色んな事情があるんだ」

「ふぅん。大変だね」

「お前から聞いておいてその反応か」

「聞いて欲しいの?」

「聞くな、めんどくさい」

「なんなのさ!」


 あんたが一番めんどくさいわ! という言葉を飲み込んで鼻息荒く後ろを振り向くと、壁にぶつかった。


「ぶっ!」

「ステラ!」


 リタの心配する声が聞こえた。なんでこんな所に障害物があるのだ。

 頭を摩りながら片目を開けると、一人の男子生徒が顎を押さえて蹲っていた。


 名前、なんだっけ。


「いたたた……ごめん、大丈夫?」

「あ、ああ……」


 背が高く、男子にしては長い髪を後ろで束ねた彼は、教室で何回か顔を見かけたことがある。

 何処か怪我は無いか、と尋ねる前に男子生徒の方から喋り出した。


「ステラ・ウィンクル、君の休暇の予定は?」

「休暇?」


 はて。ステラの休暇など聞いてどうするというのか。

 意図を確認しようとリタに助け船を求めると、レオナルドの腕を引っ付かんで何処かに行ってしまった。

 これは困った。


「もし何も予定が無いなら、我が家が保有している別荘に来ないか? 王都から少し離れた田舎だが、避暑地にもってこいの場所だ! それに近くには狩りにピッタリな森があってね! 一緒にどうだい?」

「いやぁ……私は……」


 ペラペラと別荘の自慢を聞かされながら、家で待つ母を思い出す。

 どうしたものだろうか。もしかしたら沢山のご馳走を用意しているかもしれないし、なによりウメボシを紹介しなければいけない。


 それに、ヒルおじさんもできるだけ予定を合わせて会いに来ると、手紙に書いてあった。

 昨日届いたばかりの手紙を思い出すと、決断は早い。


「ごめん、親との約束があるんだ。知り合いも実家に訪ねてくるみたい」


 百点満点の回答だ。

 芳しくない回答だというのに、肝心の男子生徒は少し肩を竦めただけだ。

 今時そんな仕草をする奴がいたのか、と鳥肌が立つがさっさと切り上げるため、黙ることを選択した。


「まぁ今回は急だったし、仕方がない! またの機会にしよう!」


 さらばっ‼ と、捨て台詞を残して人ごみに紛れて行った。


「結局断ったの?」

「ちょっと、何処行ってたの!」


 いなくなった筈のリタが背後に現れた。

 しかも隣に立っていたのはレオナルドではなく、オリバーだ。何処から生えたんだか。


「いやー、いいもん見せて貰ったぜ」

「私達平民からしてみたら玉の輿じゃないの、もったいない!」

「そんなステラは考えて行動してねぇよ。なぁ?」

「玉の輿?」


 別荘に行くのが、玉の輿とどんな関係があるというのか。

 どういう繋がりか聞こうとしたら、カルバンが皆の前に立った。


 結局ステラが知る限り、カルバンの目は煌めくこと無く一年が終わってしまった。


「えー、今日で君達一年生は終了です」


 締めの挨拶だ。


 今まで別れを惜しむように話していた生徒は、口を閉ざした。

 ステラを弄っていたオリバーも、背を伸ばしてカルバンを見上げる。


「きっと君達にとって、この一年間は決して無駄な時間ではなかった筈だ。今まで出会わなかった人間に出会い、良くも悪くも刺激を貰っただろう。その刺激と、学校から学んだことを活かして、次の学年も頑張って欲しい。えー……」


「(先生が先生らしい……!)」


 ステラと同じ考えを持つ人間は、大半を占めるだろう。


 ……その手に持っているカンペさえなければ。せめて覚えてきて欲しかった。


「……ま、こんな堅っ苦しい事言わなくていいかー。休みの間怪我しないようにな! 特にステラ! 修行だとか言って山籠もりするなよー!」

「急に職務放棄した!」


 しかも名指しと来たもんだ。


「山籠もりなんて、そんなひと昔前の修行……」

「ステラ? 本当に行こうとしてないでしょうね?」

「す、すすすするわけないじゃん‼」

「そのどもりがあやしいっつーの」


 解散すると、各々が絨毯に乗ったり箒に跨がったり、あるいは馬車でお迎えなんて人も。

 ステラは箒で空に浮いたリタとオリバーを仰ぐ。


「それじゃあ、また休暇明けに会いましょ!」

「おう‼ 二人とも元気でな‼」

「リタとオリバーも、病気なんてしないでね!」


 大きく手を振る。

 小さくなりつつある友人を見送っていると、手にフワッとした毛が触れた。


「ウル!」

「ステラ様は帰らないのですか?」

「もう帰るよ、それよりちょっとモフらせて!」


 金色の鬣を靡かせた、美しいライオン。レオナルドの使い魔のウルだった。


 モフモフっぷりは、ウメボシといい勝負だ。一度、こっそりモフらせて貰っていたところをウメボシに目撃されたことがある。

 その時の騒ぎようといったら。ウルは何処も悪くなかったのに、嫉妬に狂ったウメボシの剣幕に押されて何故か謝っていた。


 ウルの頭を撫でながら、毛並みを堪能させて貰う。


「おい」

「あぁ、貴重なウルとのモフモフタイムが……」


 契約主であるレオナルドの登場によって、二人の時間は終了を迎えた。


「あんまりウルにくっつくと匂いが移る。ウメボシにバレたら五月蠅いんじゃないのか?」

「うっ……」


 一理ある。後ろ髪を引かれる思いでウルから手を離した。

 ウルの召喚を解くレオナルドの後ろには、豪華絢爛な馬車が控えている。その馬車だけで、ステラの実家が三軒くらい買えるのではなかろうか。


 眩しくて目を細めた。


「デルマの別荘は断ったのか?」

「デルマって誰?」

「誰って……。さっきお前を別荘に誘った奴だ。クラスメイトだろ」

「(初めて名前を知ったような……)」


 自己紹介は入学した当初、全員分聞いている筈。

 ただステラの頭のキャパが狭すぎたため、残っていなかったのだ。


「別荘は断ったよ、私も予定があるし。なんで?」

「なんとなく」

「なんとなくって、ちょっと! 終わらせないでよ、気になるから!」


 喚くステラをよそに、レオナルドはさっさと馬車に乗り込んでしまった。そのまま出発するのかと思いきや、窓から顔だけ覗かせる。


「山籠もりするなら登山届け出しておけよ」

「あんたは本当に言いたい事だけ……!」


 ステラは窓に駆け寄った。


「休暇が明けたら、今まで以上にグレードアップしてるんだからね!」

「はいはい、怪我はしない程度に頑張れ」


 颯爽と馬車を発進させる我が国の第二皇子を騒々しく見送り、ステラも箒に跨がった。


 田舎で母が首を長くして待っているだろう。


 こうして、ステラの学校生活一年目は幕を閉じた。


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