1,旅立ち




 あの事件から十年後。


 ステラは十五歳を迎えた。

 あの人見知りが激しく内気な少女は





「はぁぁぁぁぁぁぁあ‼」


 ドカァン‼




 無事、岩を踵落としで砕けるまでに成長した。


 破壊音と共に、辺りに砂埃が舞い、目の前には粉々になった元・岩。

 うむ、上手にできた。と、一人呟く。


「おぉっ! 今日も絶好調だな!」


 自画自賛していると、大きな声が響いた。


 弾かれたように後ろを振り向き、その声の持ち主へと走り出す。


「ヒルおじさん!」


 目的の人物に、猪のように猛進する。

 ヒルおじさん、と呼ばれたのは、がたいが良く炎のような赤髪を持つ中年の男性。琥珀色の瞳の奥には、意志の強さが宿っていた。 


 ステラの母である、ラナの昔からの友人で、たまに村にやって来る。詳しくはわからないが、国を行ったり来たりの仕事をしているらしい。


 突進してくるステラを、難なく抱き留めた。よく似た赤髪が風に揺れている。


「俺が教えた怪力も、とうとうここまできたかぁ」

「怪力じゃないよ、魔法だよ!」


 魔法が満ち溢れたこの世界では、一人一人に合った魔法属性が存在する。

 〝火〟や〝雷〟、〝水〟や〝氷〟等、様々な魔法がある中でステラが持って生まれた属性は〝重力〟だった。


 最初こそは重力なんて難しくてわからなかった。しかし幸運なことに、ヒルおじさんも同じ属性だったので、遊びに来る度に使い方を教えてくれとせがんだものだ。


「けどまだまだだな! 俺だったらそんな岩、デコピンで割れるぞ!」

「うっそだー」

「本当だ!」


 嘘か本当か。真実は次の機会に見せて貰おう。

 ヒルおじさんからタオルを受け取って汗を拭った。


「ほら、時間だってラナが探していたぞ?」

「もうそんな時間?」


 今日からステラは王都にあるアルローデン魔法学校へ行く。基礎的なことは村の学校で教えられるが、もっと専門的なことを学びたい、いい職に就きたいと考えれば、都会に出るのが一般的だ。


 この育った土地を離れると思うと、少し寂しい。


 家に向かう道中、ステラがヒルおじさんの腕を掴んだ。


「ヒルおじさん! そっちへ行くと危ないよ!」

「何かあるのか?」

「あと十秒後に鳥の糞が落ちてくる!」

「そりゃあぶねぇ!」


 ピチョン!


 予言は当たって、ヒルおじさんの横すれすれに奴は落ちてきた。

 足元でテカテカ光る白いソレを見て、ヒルおじさんの米神に汗が伝う。


「ステラのその力には何度も助けられたなぁ……」

「なんで永遠の別れみたいになってんの! また帰ってくるんだから、そんな寂しそうにしないでよ!」

「学校は寮じゃないか! 今まで以上に会えなくなるんだと思うと、ついな……」


 ステラの鼻の奥がツンとした。


 引っ込み思案だったステラに、魔法を教えてくれた大恩人。


 物心着いたときから父親がいなかったステラにとって、彼は父親同然の存在だった。


 じわり、と視界が霞む。


「けどステラの夢のためだもんな、夢なら叶えないとな……ぐすっ……」

「な、泣かないでよぉ……」

「ステラだって、泣いてるじゃないか……!」

「ヒルおじさん……!」

「ステラ……‼」




 二人でおいおい泣きながら家の扉を開けると、ラナが玄関で出迎えてくれた。

 足元には旅立つために纏められた、ステラの荷物が置かれている。


「もう泣いてるの?」

「ス、ステラが家を出ていくって思うと、つい……」

「はぁ……」


 因みにヒルおじさんが泣くのは今日が初めてではない。

 毎回帰る間際に半泣き、もしくはガチ泣きで帰っていく。


 なので、ステラもラナもヒルおじさんの涙には、当の昔に慣れていた。


「気持ちは分からなくも無いけど、もう出発した方がいいわ」

「うん……ぐすっ……」


 母に顔を拭われ、箒を受け取った。


「忘れ物はない? ハンカチは持ったかしら?」

「兎は? おじさんが昔プレゼントした兎のぬいぐるみは持ったか⁉」

「ハンカチは持った! 兎のぬいぐるみはお留守番!」


 大人になって……と、再び泣き出すヒルおじさん。

 一緒にもう一度泣きたい気持ちもあるけれど、時間は待ってくれない。


 必要最低限の荷物を箒に括り付け、一人で運べるように重さを魔法で軽減した。


 属性が重力だと、こういう大荷物の時に非常に助かるのだ。


「けど、この国一番の難関学校でしょう? やっていけるのかしら……」

「大丈夫だ! もしダメだったら帰ってきて、おじさんと一緒に引っ越し屋さんを開こう!」

「まぁ、従業員二人だけの年中無休ブラック企業ね」

「なんで朗らかに起業しようとしてるの⁉」


 ヒルおじさんの突発的な発言は今に始まったことではない。だが、ヒルおじさんのお陰でステラの肩の力は少し抜けたようだ。


「でもステラがなりたいのは、引っ越し屋さんじゃないでしょ?」

「そうだよ! 私は〝婦警さん〟になりたいんだから!」


 これだけは譲れないステラの夢。


 どれだけ厳しかろうと、あのお姉さんのように困った人を助けたい。昔の自分と同じ人がいたら、いの一番に手を差し伸べてあげたい。


 ゴーグルを装着して外套を羽織った。


 ウツギの花が咲き乱れるトンネルを通り、三人は村の外に出る。



「ステラ、約束は覚えているな?」

「うん、覚えてる!」


 涙を拭ったヒルおじさんが、少しだけ真剣な表情でハンカチをしまった。


「この目のことは、誰にも言わない約束ね!」


 〝未来を視る瞳〟は、ステラ以外持っていない特別な力だと、ヒルおじさんが教えてくれた。


 使い方によっては危ないから、もっと自分を守れるようになるまで、周りの人達には内緒にしようと、ヒルおじさん達との約束だった。



 地面を蹴ると箒が浮いた。今日の風も気持ち良い。


「じゃあ、いってきます!」

「はい、いってらっしゃい」

「頑張ってくるんだぞ!」


 決して楽でない道だろう。

 けれどあの日、婦警さんから貰った賞賛の言葉が、希望の星のように胸に輝いている。


 大丈夫、自分は可笑しくない。太陽の下に立っていいんだ。

 

 高まる期待とちょっぴりの不安を抱えて、ステラは空に舞い上がった。


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