第22話 賭場


 アリシアさんの後に続いて歩いているとマグマの滝の縁にひときわ巨大な建物があった。

 その建物は異質だった。

 周囲のマグマよりも明るく光る建材。雑多な色を放つカラフルな装飾。建物の構造も歪で、どうやって建っているのか疑問になるような酔狂な形をしている。


「これは……」


 俺には思い当たる節が一つだけあった。

 賭場である。

 店内は建物の外観よりも更に明るく、目が即座の睡眠を要求してくる。音は死ぬほどうるさくて耳が悲鳴を上げていた。

 俺達はやけに派手な扉をくぐって中にはいった。


「うるせぇな。こいつら昼間っから騒ぎやがって。ああ、今は夜だっけ」


 控えめに言って俺は帰りたくなった。天井が土や岩で覆われているため、封印内では太陽や月が見えない。そのせいで封印内の悪魔たちは時間の感覚が狂っているのだろう。

 俺とサナは外から来たためにそんなことはないが、このギャップは正直面倒だ。

 俺がそんなことを考えて頭を押さえていると、俺を馬鹿にするかのようにでかい男の声が店内に響いた。


「クソがッ、ここは普通黒だろうが!! 何で白が出るんだよ!! この台空気読めなさすぎだろ!!」


 クソなのはお前だボケ。眠たいのにクソみたいな声を聞かされるこっちの身にもなってみろやボケが。

 そう、はやる気持ちをおさえ、俺はアリシアさんの誘導に従って店内に進んでいく。


「まーた豚だよカスがよぉ!!! イカサマしてんじゃねーよ!!!」


 豚はてめーだよデブ。

 怨嗟を吐き出したい口を必死で抑え、俺はアリシアさんの誘導に従って店内を進んだ。


 ここは夜を前に眠気を抑える俺にとっては地獄のような場所だった。店内には賭博に使う様々なゲームが置かれており、店内の悪魔たちが遊んでいた。

 賭けているのは金銭のようだ。

 とはいえ、本来、無尽蔵に外から魔力が運び込まれている封印内で金銭を賭けるのは無意味に等しいだろう。無限の富が全体に給付されるのに、わざわざ賭博で奪い合うようなことをする必要はないのだ。


 そう疑問に思う俺にアリシアさんが答えてくれた。


「彼らは馬鹿なんですよ」


 どうやら理由はそれだけのようだ。サナが呆れたように嘆息を漏らす。


「悪魔がこんなんだから天使に嫌われるんですよね。全く、滅びてしまえば良いのに」


「そんなことしたらお前も滅びるぞ。良いのか? 俺は嫌だぞ」


「厄介ですね。私の価値はここいらのゴミが束になっても勝てない高みにあるというのに。世界は悉く残酷ですよ」


 定期的に俺の身体を包丁で刻もうとしてくる機械人形は世界の残酷さを嘆いた。


「生きるのって大変なんだな」


 そんなこんなで話をしていると、俺の目的の人物の姿が見えてきた。ずっと昔の姿と変わらない見慣れた男の姿だった。


 そいつはスロットを凝視しながら両手を挙げて叫んでいた。


「確変KITAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!」


 俺はそいつに近づき、魔法で生み出した金属の棒でそいつの頭を後ろからかっ飛ばした。

 メリメリと嫌な音を立てて、そいつが店内を転がっていく。やがて壁にぶつかり勢いが止まる。何が起こったのか理解できていないそいつは、後頭部を押さえながら顔を上げた。


 俺はそいつの正面に立って、再度そいつの顔面をぶっ叩いた。

 カキーンと賭場に相応しい音を立てて吹き飛ぶ。床を転がったそいつは途中で体勢を立て直すと、怒声を発して原因を睨みつけた。


「いってぇなおい!!! 誰だ!! 俺にこんなことしやがッ…………。あ…………」


 そいつは俺の姿を見るや即座に土下座フォームに移行した。見事なまでの瞬発力である。フォームも綺麗で熟練を思わせる見事なものだった。


「これはご機嫌麗しゅう」


 そいつは頭を床に擦りつけ、敵意がないことをアピールしてくる。

 俺はそいつの前に立って床と同化した後頭部を踏んだ。


「お前は今日もご機嫌なようだな」


「それはそれはお陰様でよろしくさせてもらっています」


「ちなみに俺はご機嫌じゃないんだけどな」


「…………といいますと? このわたくしめに出来ることであれば何なりとご機嫌取りをさせていただきます」


 そいつは物分かりが良かった。


「俺がさっきさ、アリシアさんに『ラグに会わせてくれ』って頼んだらさ、アリシアさんが凄い嫌そうな顔したんだよなー」


「それはそれは、大変なことですな」


「どうしてだろうな。お前、わかるか?」


 そいつは頭を床に擦りつけたままだった。


「いえ…………、わたくしめにはさっぱり」


 俺はいつの間にかぞろぞろと俺の後ろに付いてきていた悪魔たちに命令した。


「連行しろ」


 どうやら俺がいない間にこいつらは相当遊び惚けてたらしい。俺があくせく働いているときもパチスロで時間を溶かしていたのだろう。

 そう思うと腹が立って仕方がない。


 とはいえ、久しぶりの再会で文句ばかりを言うには、俺とこいつの関係は浅くなかった。

 頭を踏みつける足を退かし、俺は腰をかがめた。パチスロに興じる無様な男に親身になった言葉を伝える。


「ラグ、久しぶりに会ったのにこんなことになって、俺は悲しいよ」


 初めて、ラグが顔を上げた。俺よりも男前なくそ野郎だった。


「俺もだ。俺も、悲しい」


 ラグは他の悪魔たちに連行されていった。


 ◆


 ラグという男は俺の部下に当たる。部下と言っても舎弟のようなもので社会的に認められた部下と言うわけではない。ただ勝手にこいつらが俺を祭り上げて馬鹿騒ぎをしていたために、自然とこういう形に収まったに過ぎない。


 あの賭場で遊んでいた悪魔は大概が俺の舎弟だった。後ろから付いてきていたのはそのためだ。


「よお、久しぶりだな。元気してたか?」


 俺は取調室のような部屋で錠をされたラグに挨拶した。

 ラグは両手を拘束された状態でスプーンを掴み、カツどんに手を付ける。

 一口食べると、満足のいく美味さだったのか何度か頷いた。喉を鳴らし、カツどんを飲み込む。


「ああ、ヨハンのおかげで元気してたさ。最初は、結構荒れてたけど、今は楽しくやれてる」


 ラグは言葉に偽りがないと言わんばかりに笑った。


「そうみたいだな。俺はてっきり悲惨なことになってると思ってたから、お前らがバカやってたのは意外だったよ」


「そうか? 俺達の馬鹿さを一番知ってたのはヨハンだろうが。俺達はヨハンに無限の迷惑をかけ続けてたからな」


「そうだったな。お前たちはいつになっても世間様に迷惑をかけ続けてた。その度に俺が招集されて、そのしりぬぐいをしてきた。正直お前らを殺そうと思ったことは二度や三度じゃない」


 昔話は楽しい。昔は良かったと思うのは当然だからだ。純粋な子供のころはいつだって楽しかった。

 でもいつまでもそうであることはできない。


「二度や三度も、俺らを殺そうと思ったことがあったのか…………。なあ、俺達がヨハンに封印されたのは、ヨハンの殺意に限界が来たからなのか?」


 時間は進み、行動は積み重ねられ、今という時は常に変動を続ける。状況の変化は新たな行動を生み出し、過去に許されたことは今に許されざることへと変容する。


 俺は大きく息を吐いた。


「まあな」


 ラグの言葉を肯定する。


「そうか」


 俺は話題を変えることにした。


「今俺、教師やってるんだよ。これが中々面倒でさ、そろそろやめたいと思ってるんだ」


「だろうな。ヨハンに教師は似合わん。まあ、生徒からしたらちょっと寂しいかも知れねぇが、納得はするだろ」


「寂しい? 何で? 辞めるのは俺だぞ?」


 ラグはポリポリとこめかみを掻きながら苦笑した。気まずそうに言う。


「ヨハンはなんだかんだ面倒見が良いからな。俺達がいくら馬鹿をやっても大抵は何とかしてくれたし。面倒くさがりな癖して、他人のために考えてくれてる」


「そうでもないと思うけど、そうなんかね」


「へっ、だからヨハンはやってこれたんだよ。普通に考えてみろ? ただの怠け者が生きていくにはこの世界は甘くねぇ。何かしらの力が絶対に必要なんだ。ヨハンにとってのその何かしらの力って奴が、それなんだよ。どうせ、今もその生徒たちのために何か考えてるんだろ?」


「まあ、な」


 生徒たちが使っていた複数人による魔法。俺はそれを見てみたいと思っていて、それを手助けしたいとも思っている。

 そして、その手段は既に頭の中にある。


 ラグは自信満々に笑みを浮かべた。


「ほらな。結局はそういうところだ。だからヨハンはやっていける。でも、まあ、それが終わったらこっちにこい。働いたんだろ? なら少しぐらい休んでも文句は言われないはずだ」


「そう、だな」


 俺はラグの言葉に何となく、首を縦に振った。


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