第21話 地獄で天国な封印内部
小川のせせらぎ、小鳥のさえずり、木々を吹き抜けるさわやかな風。
空を見上げると黒々とした岩の天井、遠くを見渡すと熱々しい赤い壁、下を見下ろすと灼熱の大地。
天国と地獄が共存するような地に何故か建てられた和風の平屋。その縁側に俺は座っている。
見える景色は絶望的で、それなのに俺が今いるこの建物はとてつもなく居心地が良かった。
「ふぅ」
俺は溜息を付いた。隣で横になってくつろいでいたサナが鬱陶しそうに見上げてくる。肌がはだけていて目に優しい。サナにしては随分とリラックスしているようだ。
「どうしたんですか?」
「いや、ちょっとな」
この光景をおかしいと思っているのは俺だけのようだ。俺は自分が異常ではないと周りにアピールするため、何事もないようにはぐらかす。
「まったく、何もないのならわざわざ溜息なんてつかないでください。せっかくの歓楽地ですのに、面倒くさそうな溜息を聞くなんて罰ゲームもいいとこですよ」
「そ、そうだな。悪かった」
サナはいうだけ言って、縁側をダラダラと転がった。ゴロゴロと畳の部屋に入り、ポスンと布団にたどり着いて枕を抱きしめる。
「くぅ~、これですよこれ。この何とも言えない冷たい感触が良いんですよね」
ここは気温が高く、歓楽地にしては随分と過ごしづらい。その代わりに、この部屋には冷たいものが沢山あった。
冷たいお茶、冷たいスイカ、冷たい風、冷たい枕。どれもが俺とサナを歓待するために用意されたものだ。
ついでに、さっきからずっと部屋に控えている女性も俺とサナのための使用人だった。
二十歳程度の和服の女性である。サナ以外の使用人と関わってこなかった俺は、少しだけ居心地の悪さを感じていた。
「なあ、あの、アリシアさん?」
居たたまれなくなった俺はついに声をかけた。彼女の名はアリシア・ヒートライトという。ヒートライトという家名は俺と同じだ。つまりは俺の遠縁の親戚にあたるらしい。
「はい、どうかなさいました?」
美しい声だ。下手するとサナの声よりも俺の好みに近いかもしれない。年甲斐もなく俺はドキドキした。
「いや、なんかよくわからない内にここに連れてこられたんだけど、ここって何なんだ?」
俺とサナはダンジョンの遺跡で魔法陣に乗った。その魔法陣は俺が描いた魔法陣であり、その効果はダンジョンが隠している何かを暴くことである。
俺の期待した通りに発動した魔法陣は俺とサナを転移させ、ここに連れてきた。
つまりここは、ダンジョンの最奥と言うことになる。
更に言うなら、ここは俺が過去に悪魔を封印した場所でもある。
だというのに、ここはまるで旅館のようだった。
いや、空を見上げれば岩の天井があったり、遠くの壁にはマグマが流れていたり、その下を見るとマグマが溜まっていたりと、異常な光景ではある。
だが、俺が今座っているこの場所とその周辺はまるで旅館のようなのだ。
小川のせせらぎ、小鳥のさえずり、木々を吹き抜けるさわやかな風。
異質にもほどがある。俺がここは何だと尋ねたくなるのも仕方がないだろう。
そんな俺に対し、アリシアさんは嬉しそうに微笑んだ。
「おかしなことを仰いますね。ここは見ての通り旅館ですよ」
そうじゃない。そうじゃないんだ。
俺は再度尋ねた。
「ここは俺が昔に封印した場所だよな? で、ここって何なんだ?」
「何と言われましても仰る通りです。ここはヨハンが昔に私達を封印した場所ですよ」
どうやらそうらしい。
ヨハンというのは俺の名だ。最近使われていないので忘れがちになっているがそうなのだ。
「封印した中で旅館を作ったってことか?」
「まあ、そういうことですね。ヨハンが私達のために魔力や資源を一緒に封印してくださっていたので、おかげで色々と遊べました」
封印とは封をすることであり、自由を奪うことではない。そのため、かつての俺は巨大な空間に悪魔を集め、そこを魔法の膜で覆い、それを封印として公表した。
その膜は内部と外部をほぼ完全に遮断しており、外からも中からも互いを認識できないようになっている。事実上、外から見れば封印されているようにしか見えない構造だ。
これは俺とサナと封印された悪魔以外は知らない事実である。学院長でさえ、俺が行った封印は悪魔を拘束していると勘違いしている。実際は悪魔側がその気になれば、簾をくぐるような感覚で外に出られるほど自由なのだが。
まあ、封印されてからの悪魔は一回も封印の外に出ていないのだから、拘束の有無に大した差はないとも言える。
遠くから子供の遊ぶ声が聞こえてきた。遊んでいるというのは本当らしい。
「結局、お前らは今日まで封印の外にはでなかったんだな」
「はい。ヨハンがおもちゃを沢山入れてくれていたおかげです。特にこれはかなり遊べました」
言って、アリシアさんが石を取り出した。
キラキラ光る石だった。
「ダンジョンの核か。そういえばそんなのも置いてたっけか」
「これのおかげで魔力は枯渇することなく、封印内のコンテンツを増やすことに成功しました。今では外よりも充実していると実感しています」
俺は面倒くさくなって、ダラダラと横になった。畳の匂いが心地よい。新しく変えたばかりの畳かもしれない。
「ダンジョンにはドラゴンがいるって話だったし、核を持ってればほぼ無限に力が手に入るもんな。無限の力があればそりゃ楽しくもあるか」
ドラゴンは世界そのものといっても良い。そもそもエネルギーや魔力の概念を超越しているため、ダンジョンにドラゴンがいる限り、封印内の安泰は保障されているようなものだ。
俺の言葉にアリシアさんが驚いたように手を口に当てた。
「まさかドラゴンが居たのですか……。無尽蔵に魔力が湧いてくるので、ダンジョンが優秀なのはわかっていましたが……」
知らなかったのかよ。まあ、言われてみればそうか。
「ドラゴンが配置されたのは封印された後の話だったから、知らないのもそうか。俺も知ったのはついさっきだったし。俺が封印した後、封印が誰かに解除されないように天使がビビッてドラゴンに教えたんかね」
俺とアリシアさんは笑った。
「ふふ、おかげで私達はドラゴンから魔力をたんまり吸い取って豪遊できました」
悪魔の封印を解かれないように門番を置いたのに、門番が毎日封印内に資源を運んでいたというのは滑稽な話だ。それに誰も気づいていない。もしかするとドラゴンは気づいてやってるのかもしれないが。
とはいえ、封印内はドラゴンの魔力によって、ほぼ不労所得状態だったようだ。
「俺もこっちに残れば良かったかなぁ」
金がなくなり、職に就いた今だと余計にそう思ってしまう。ダラダラとした生活は俺の生きがいであり、生命線なのだ。
こうやって畳に転がって生活できるのなら、一緒に封印されたほうが楽しかったかもしれない。
サナも珍しく俺に同意してくれた。
「確かに、これならこっちに残っても良かったかもしれませんね。何よりあなたの面倒を見なくても良いのが最高です」
「今からでもこっちに移り住もうかな」
などと俺とサナがダラダラをエンジョイしているとアリシアさんが困ったように溜息を付いた。
「あなた方は天使と悪魔の争いを終わらせた立役者なのですから、こちらに残ってもらっても困りますよ。向こうでしっかりと働いてください」
「つってもなぁ」
クラスの生徒たちは俺が思ったよりもよくできた生徒だった。ダンジョン探索においても俺とサナは何もしなくても良かったほどには優秀だ。
人間にしか使えない新たな魔法陣は気になるが、今じゃなくても良いのではと思ってしまう。
「……まあ、明日考えるよ」
どうせ今決めないといけないわけでもない。今日は色々あって疲れたんだ。
あ、そう言えば明日は授業があったな。
まあ、こんな時のためのサボり権か。
「サナ、明日の授業は休みにする。伝言飛ばしといてくれ」
「私がですか? 無理ですよ」
「えー、良いだろ? 俺の使用人何だから少しぐらい言うこと聞いてくれても」
「そうではなく、ここはあなたの封印の内部なんですから、下手に内外の移動があると感づかれます」
俺の封印は天使達にもある程度の情報を渡している。危機管理上の理由で天使側が俺に要求してきたのだ。そのため封印が解かれたり封印の内外で接触があった場合には天使にも情報が渡るようになっている。
それをかいくぐれるのは封印主の俺だけだ。
「しゃーねーか。俺が飛ばすよ」
俺は魔法で伝書鳩を呼び出し、鳩に魔法陣の描かれた紙を渡した。この魔法陣を起動すれば情報が伝わるようになっている。魔法陣ではなく、文字で書く方が手間がかからないのだが、このやり方だとそれ相応のメリットがあるのだ。
「行ってこい」
俺は鳩を生徒たちに飛ばした。
しばらくして鳩は封印の膜を越えたが、俺の魔力で包まれていたのが成功し、何事も無いようだった。
「ご苦労を掛けます」
アリシアさんが軽く頭を下げた。
「いーよいーよ。その代わりってわけじゃないけど、今日明日は色々と見せてくれ。会いたい奴もいるし」
アリシアさんがすっごい嫌そうな顔をした。
「…………ラグですか?」
「ん、そうだけど? あいつもいるんだろ? いないのか?」
「いえ、いますけど。その、ラグじゃないとダメでしょうか?」
何かあったのだろうか。
アリシアさんが綺麗な顔を歪ませている。そんな顔を見せたくないのかそっぽを向いていた。
そうまでされると俺は気になって仕方がなかった。
「ああ、ラグに会わせてくれ」
俺とサナはアリシアさんに従って、昔の友であるラグに会うことになった。
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