第14話 奥義


 初動は生徒たちからだった。

 俺に向けられる幾本もの杖に魔力がこもり、魔法が放たれる。


 火、水、風、雷、土。

 主要魔法の五属性の塊が俺に飛んできた。


「まあ、最初はこんなもんか」


 俺は手袋の手の甲に描かれた魔法陣に魔力を込めた。直後に俺を中心に爆風が発生する。

 その爆風によって俺に向かっていた魔法は全て掻き消される。

 当然、俺は無傷だ。


「なッ!!」


 生徒たちから驚く声が聞こえるが、俺は特に反応することなく、次の魔法に移った。


 手で銃のような形をとり、人差し指の銃口を一人の生徒に向けた。知らない奴だ。取り敢えず、一人ずつ落としていくことにする。


「ばーん」


 そう俺が口にすると、小さな炎の弾が指先から生徒に向かって発射された。小さい弾ではあるが速度は生徒たちの魔法の比ではなく、その輝きも強い。


「まずは一人……。ん?」


 意外なことに俺が狙った生徒は無事だった。その生徒の正面に幾枚もの魔力の壁が展開されている。


 なるほど、みんなで守ったのか。


 俺は拍手をして感心を露わにした。


「良いクラスじゃないか。クラスメートのためにみんなで魔力の壁を張るってのは咄嗟に中々できることじゃない。戦闘に置いて、仲間想いの戦い方は相手にすると少し厄介になる。その考え方は捨てるなよ」


 生徒からの反応は薄い。俺の賞賛は嬉しくなかったのか。ちょっと寂しいな。

 アイネが生徒たちに目配せして、それぞれ頷いた。


「距離を取る。先生を中心に陣を張って」


 それを合図に生徒たちが一目散に俺から離れて行った。もちろんそれぞれが俺を警戒しており、俺が魔法を放てば魔力の壁を展開できるようにしている。


 俺は戦術に詳しくないが、よく考えられている戦法かもしれない。

 少なくとも今即興でしているわけではないはずだ。恐らく予めこうなることを予想していた誰かが作戦をクラスメートに伝えていたのだろう。


 昨日、俺がダラダラ寝てた時か。その間にこいつらは俺に対抗するための作戦を最低限練ってクラスメートと共有していた。

 俺とは対照的に熱心なことだ。


「逃げてるだけじゃどうにもならないぞ。勝つ気が無いのか?」


 することがなかったので取り敢えず挑発を入れてみた。どうせ乗ってこないだろうが。


「うっさいわ! 先生は黙ってて!」


 アイネから暴言と火球が飛んでくる。


「乗ってくるのかよ」


 飛んできた火球を右手のひらを向けて受ける。そして、当たる瞬間に爆風を起こし掻き消した。


「それ何やってんのよ!」


 俺がどうやって魔法を掻き消しているのかわからないようだ。まあ、力技で消してるんだが、まだ雑魚の学生には特別な力を使ってるように見えても仕方ないか。


「爆風だ。お前たちが使ってるのは所詮は第三階、第四階程度だからな。ちょっと衝撃を与えるだけで消し飛ぶんだよ。悔しかったらもっと精度の高い魔法を使うんだな」


 俺は煽りつつ、再び指の銃口を生徒に向けた。誰を狙うかは適当だ。さっきは上手く防がれたが次はどうなるか。

 両手を使い、それぞれで二発の魔法の塊を射出する。


「ばーん、ばーん」


 防がれた。

 意外に硬いな。俺の動きをよく見てる。


 そうこうしている間に移動を終えた生徒が順に俺に魔法を放ってくる。

 さっきよりも生徒の距離が離れているため、俺に届くまでのタイミングがずれている。

 一発の爆風で吹き飛ばすことはできない。


「これも計算の内か?」


 面倒だがしゃーねーな。一個一個落とすか。


 両手を使って飛んでくる魔法の塊を消し飛ばす。少し面倒な作業だった。少しだけ面倒だったが、それだけだったので俺にダメージは入らなかった。

 が、

 一発だけ特別な魔法があった。


「チッ。白い魔力」


 気づくのが遅かった。

 飛んできた水球を爆風で消し飛ばそうと思ったが、特別な魔力は特別な作用を持たせることができる。

 俺の爆風に耐えた水球が俺の手のひらに当たる。

 俺の手袋が濡れ、一部が破れていた。


 それをみたアイネが大げさにはしゃぐ。


「やった! やっぱり数で押せばダメージは与えられる! このまま押せば行けるわ!」


 原因は数で押したからではなく、白い魔力による作用ではあるが、俺は指摘しない。それどころか術者の特定すら放棄した。

 気づかないふりをする。そうサナと決めたからだ。


「思ったよりも良くやるみたいだが、授業時間もそろそろ終わる。他にも作戦があるのなら見てやるが、まだ何かあるか?」


 この実践は生徒が俺にやる気を出させるためのものだ。最低限の大人の矜持は見せるべきだろう。


「……わかったわ」


 生徒がざわめく。やはり決定打になるだろう何かを用意していたのだろう。

 生徒たちは杖を手放しローブから魔法陣が描かれたスクロールを取り出した。

 魔法陣が魔力の供給によって淡く輝く。


「これは……。今はこんなのがあるのか」


 俺の知らない魔法だった。

 生徒たちの持つ魔法陣の輝きが強まると線を放つ。その線は他の生徒の魔法陣へと向かっており、その先でまた線が繋がっている。


 生徒の数は約20人。よって20の小さい魔法陣が線によって繋がり、別の魔法陣を作り出した。

 その中心にいるのは当然、俺である。


「世の中には中々面白いことを考える奴がいるんだな。で、これが切り札か」


 大規模な魔法陣。こんなものを本来は教室で使うつもりだったのか。いや、実技場まで来るのは予定通りだったのか? まあいい。

 俺は知らない魔法に胸の高鳴りを感じた。


 面白そうだし、最初ぐらいは受けてみても良いかな。


 巨大な魔法陣が輝き、発動の訪れを俺に警告する。俺は一切の防御をしなかった。

 魔法陣が明滅を繰り返す。魔力が溢れ出し、光が段々と弱くなっていく。


「ちょ、何で!? ルル!! 調整して!!」


「無理です! 無茶言うなですよ!」


 二人の焦燥の声が聞こえ、クラス全体で軽いパニックのような状態になる。

 どの生徒も魔力を無理に出しているのか、汗が吹き出し、顔は少々青ざめている。

 危険な状態だった。


 止めるか。どうするか。


 俺が判断をするより先に、魔法陣の輝きが消滅した。全ての反応が消え、魔力を注ぎ込むことすらできなくなる。


「失敗だな」


 魔法陣が失敗に終わったし、俺の勝ちだな。見られなかったのは残念だが、教師をやってればその内見られる機会もあるだろ。


 こいつらの企み通り、俺は少しだけ生徒たちに興味を持ったのだった。

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