第12話


折角の休暇は何もなく終わった。昼に目を覚ましてサナの作った料理を食べて、また寝て、気付いたら一日が終わっていた。

 きっと今朝もサナが無理やり俺を起こしていなかったら今日も寝てるだけで一日を浪費していたことだろう。……果たしてそれは浪費と言えるのだろうか。そう思ったが、やはり寝てるだけなのは浪費だった。


「んじゃ、行ってくる」


 今日の授業にはサナはついてこない。俺がしっかりやれることをアピールしたのが効いたのだろう。あんまりサナには心配かけるわけにもいかないからな。今日の授業もしっかりクレームの来ない授業にしてやるか。

 というわけで今日も授業をすることになった。


「うーい、じゃあ今日も授業やるぞ」


 椅子に座って教科書を開く。

 ……途端にやる気がなくなって俺は教科書を閉じた。


「じゃあ今日は自習にするわ」


 おかしい。さっきまでは確かにやる気が毛ほどはあったんだけどな。

 だがまあ、やる気が無いなら仕方がない。こういう日もある。俺は諦めることにした。一応教室に居れば授業してる判定になるだろうし、最低限はできているはずだ。


 と思っていたのだが、生徒はそうではないらしい。

 アイネが代表してクソうるさい声を教室中に響かせる。


「何なのよあんた! この前は結構良い授業になってたのにひどすぎる!」


 俺は頭を教卓にへばりつけながら反論した。頬が冷たい教卓に当たって気持ち良い。


「やる気が無いんだからしょうがないだろ。さっきまではあったんだけどどっかに行ってしまったんだよ。こういう日もあるんだから勘弁してくれ」


「そんな理由で勘弁なんてできないにきまってるでしょ! やる気が無いんだったら、さっさとやる気を出せばいいでしょ!」


 そんな無茶苦茶な。やる気なんて引っ張り出せるようなもんでもないだろ。脳みそはそういう風には作られてないんだよ。

 俺は反論することさえやめて瞼を閉じた。今日はサナに無理矢理起こされたせいでまだ寝足りないんだ。


 30秒ほど、教室が静寂に包まれた。その後アイネの溜息がこぼれ、パンッと手を叩く音が鳴った。

 続いてガザガザと音が鳴る。音からして恐らく生徒たちが立ち上がっているのが予想できた。俺が授業をしないから帰るつもりかもしれない。


 少し不味いような気はするが、まあしょうがないだろう。こういう日もあるのだ。俺にはどうすることもできない。

 だが、俺が思ったようなことにはならなかった。

 教室内で魔法が発動される。それも一つや二つだけではない。十や二十。おおよそこの教室にいる生徒の人数と同じだけの数だった。


 俺の視界は未だ瞼に塞がれているが、俺には魔力を感じるような特別な器官がある。数を数える程度は目を使うまでもない。

 折角だし教師らしい注意をすることにした。


「自習なんだから静かにしろよな。魔法を使うのは勝手だが制御は怠るなよ」


 言った矢先、俺に向かって魔法が放たれた。火の魔法である。

 教卓が破壊され、木製の破片が燃える。俺が座っていた椅子にも引火して燃え始めてしまった。

 仕方なく立ち上がる。


「これは何の真似だ?」


「先生に授業をしてもらうためにちょっと付き合ってもらうわ」


 答えたのはアイネだ。どうやらこいつがこのクラスを仕切っているようだ。いや、面倒ごとを押し付けられているだけな気もする。

 魔法を使って教師に反発など貴族様が主犯でもない限り色々とやりづらいのは想像に難くない。


「だから今日は自習だって言ってるだろ。やる気が無いんだから理解しろ。最近は多様性を重んじてくれる良い社会って聞くぞ」


 アイネは俺の話を聞いていなかった。他の生徒であるルルに目配せする。


「ヨハンせんせーには授業をしてもらいたいです。でも、やる気が無いのなら仕方ないですね」


 アイネと違ってルルの方は理解があるみたいだ。俺は会話の通じる人間の存在に感謝した。

 ……そういうわけでもなかった。


「だから、私達がヨハンせんせーにやる気を出させてあげるですよ」


 教室には二十名近くの生徒がいて、そのすべてが魔法を待機させている。室内だと言うのに遠慮なしだ。教室の壁や天井などはこういう時のために異常なぐらい頑丈に作ってあるが、机や椅子はそうではない。

 幾ら俺に非があろうが、何らかの処罰は受けるだろう。


 よっぽどの覚悟をしてきたのは想像に難くなかった。だが動機が不明だ。正確には動機が弱すぎてリスクと釣り合ってない。


「何故だ。俺が授業をしないならそれを上に報告してクビにしてもらえば良い。わざわざリスクを負ってまで俺をやる気にするのは非合理的だ」


 アイネは驚いたと言わんばかりに目を丸くした。


「……先生の口から合理的なんて言葉が出ることもあるのね」


 失礼な奴だな。


「おいメガネ。お前はクラスが荒れに荒れてるがこれで良いのか? 学級崩壊って奴だぞ。多分学院中に話が伝わる。これからの学院生活がボロカスになるかもしれない。やめた方が良いんじゃないか?」


 メガネは至って冷静に状況を話してくれた。


「先生は怠け者なので気づいていないようですが、実はこのクラスは少し特殊なんですよ。詳しく説明すると学院の仕組みから話さないといけないので省きますが、このクラスは今大きな問題を抱えています」


「俺が授業に積極的じゃないってのが問題か? だがそれなら──」


 メガネが俺の言葉に被せてくる。


「いえ、先生が怠け者なのは問題の根本ではありません。根本的な問題はこのクラスの担当教師をやりたがる教師がいないことです」


 そりゃそうだ。教師に魔法を放つクラスなんて誰もやりたがらん。おまけに、学院長直々の面倒な生徒隔離所みたいな扱いになってるみたいだし。

 普通に考えてこいつらがまともな生徒だった場合、俺みたいなゴミに預けようなんて思わんしな。


「つまり、お前らはたらい回しにされてるわけだ。でも、それが俺にやる気を出させることにはつながらんぞ。わざわざ手間暇かけて俺を改心させるより。俺をクビにして心優しいレア教師を引くまで交換し続ければ良いだけだ」


「正直なところ、僕はそう思います」


 だろうな。生徒がここまでしても改めようとしない奴を無理やり居座らせるのは疲れるだけで利益が無い。使いもしないボロ屋敷を所有するせいで税金を搾り取られるようなものだ。さっさと焼いて消すのが正しい。


「でも昨日、このクラスではこういう結果に纏まりましたので、僕も付き合ってるんです。発言力の強いのが何人か先生を非常に気に入ってるようでして」


 いい迷惑だな。まあ、クビを切られても困るわけだけど。


「で、改心させるにしても、こんな暴挙を提案したのはアイネか?」


 この中で最も俺について知ってるのはアイネだ。一昨日の言い合いで、俺が口で言って話が通じるタイプではないことを知っている。

 アイネが首肯する。手に持つ杖は魔法を発動していて、水の塊が宙に浮いていた。


「先生にしてはよくわかったわね。先生がどれだけ強いのかも知りたかったから、みんなに相談してこうしたの」


 へぇ、俺の力を知りたいってか。それは面白そうだな。

 最近は戦闘系の魔法をめっきり使ってないし、乗ってやってもいいか。


「良いぜ。お前らのアホさに乗ってやる。ただし条件がある」


 俺は指を三本立てて条件を示す。


「一つは俺が勝ったら俺に授業をサボる権利を寄越せ。そうだな、三回授業をするごとに一回サボっても誰も上に報告しない権利だ。次に実践形式にすること。折角だから授業って形にしたい。最後は、場所の移動だ。ここだと面倒になるからな」


 すでに教卓は破壊されているが、この程度なら修復できる。俺は床に魔法陣を描いて、魔力を流した。

 魔法陣が光を放ち、辺りに散らばっていた木片や炭が集まり始める。

 魔法は成功し、教卓はほぼ破壊される前の状態に修復された。


「これでお前らのリスクは無くなった。さあ、外に出るとするか。もちろん、お前らが俺の提案に乗らないならこのままでも良いが。今回の講義は自習か実践だ。お前等が好きな方を選べ」


「…………ッ当然その条件に乗るわ!」


「あたりまえですよ」


 アイネとルルはやる気か。

 それに乗って他の生徒たちも声をあげた。交渉は成立。


 俺は四回に一回のサボり権を得るため、久しぶりの実戦をすることとなった。

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