第9話 課外授業2
仕方がないため、俺はアイネに授業をしてやることになった。
「魔法を発動する方法は三つある。何か分かるか?」
「え? 三つ……ですか? 杖を使う方法と、魔法陣を使う方法と、あと一つ?」
んー、やっぱり違和感があるな。
「その喋り方、わざわざ改まって敬語使わなくて良いぞ。どうせ敬意なんて欠片もないんだ。俺が惨めになるだけだからやめてくれ」
「ですがそういうわけには」
一応教師と生徒であるため体裁を崩すわけにはいかないのかもしれない。真面目なのだろう。
「良いって。恨むなら初日にぴーちくぱーちく喚いたお前自身を恨め。俺の中ではお前のキャラはあれで固定化されちゃってるんだよ」
人間、肝心なのは初対面という。だったら、こういうこともある。
アイネは人差し指を立てた。
「でしたら私からも一つ口調の変更に意義があります」
「何だよ」
「さっきから私のことお前お前って言ってるのやめてください」
「はぁ、じゃあ何て呼べばいいんだよ」
「普通にアイネで良いですよ」
「ならそれで。じゃあ、はい」
パンッ、と手を叩く。
じゃあ、授業の続きに戻るか。
「魔法の発動には三つの方法がある。だが、現実的な部分だけにすると今は二つ。お前が、アイネが言っていた二つだな。俺がアイネに教えるのはその一つの魔法陣を使った魔法だ。ほんとはその辺のメリットデメリットを教えたほうが良いんだろうけど、その辺は他の奴に聞いてくれ」
俺は今朝の授業で回収した魔法陣の課題を持って、それをテーブルに並べた。その中からアイネの提出物を探してきて拾い上げる。
「これがお前の課題か。ふん、別に問題なく発動できてるみたいだな。何か不満か?」
「他の魔法陣だと第四階魔法を発動できないのよ。今朝の話だと先生の魔法陣って何か特別なんでしょ? それで、その魔法陣を私も描けるようになれば、私も第四階魔法を使えるようになるかなって」
「あー、確かに俺の魔法陣は他の奴らよりも上等だな。なんせ年季が違うし。発動しやすいってのも分からん話でもない」
他の生徒の魔法陣の記録と比べるとアイネのは僅かに劣っている。その中に、ひとつ異質なものがあったが、俺は見て見ぬふりをした。
ともあれ、アイネの話が見えてきた。
アイネは自分の才能を信用していなくて、第四階魔法を普通の方法で発動するのは無理だと思ってる。
だから、普通以外の方法で魔法を発動しようとしてて、その手段に俺の魔法陣に目を付けた。考え方としては悪くない。だが、魔法に上手い話はない。
「……無理だな。第四階程度を普通に使えないんじゃ魔導士としては及第点も良いとこだ。この学院は魔導士の排出を目安にしてるから、第五階魔法までは何が何でも使える必要がある。今無理やり魔法陣の手を借りて第四階魔法を使えるようになったところで厳しい。地道にやった方が良いと思うぞ」
「でも……」
アイネの顔が曇る。当然だろう。魔法陣について教えると言っておきながらぐちぐちを言い訳のようなことを言われれば気も悪くなる。
「そもそも、魔法陣の勉強は知識ばかりを要求してくるから効率が悪いんだ。予め知識を持ってる奴が学ぶ分にはスムーズに行くけど、アイネみたいなペーペーが俺ほどまではなくとも、それに近いレベルまでとなると途方もないぞ。無駄にはならんだろうが、効率は良くない」
現に、魔法陣について俺ほどに詳しい奴はこの学院ではいないだろう。いたら学院長が俺に煽り散らしてただろうしな。
あいつはそういう奴だ。
「てなわけで、今は普通に特訓した方が良いんじゃないか。アイネが第四階魔法に費やした時間もまだそんなに長い訳じゃないんだろ? だったらもう少し粘った方が良い」
長々とした俺の忠告にアイネは一周回って悲観的な顔をやめて、逆に咎めるように俺をじっと見つめてきた。
「先生ってもしかして、この期に及んでまだ授業したくないって言うの? さっきから私を諦めさせるようなことばかり言うけど」
「正直そういう気が無いわけじゃないから否定はしない。だが、魔法陣が面倒な代物なのは事実だ。それを鑑みて俺はアイネにアドバイスをしてるつもりだぞ」
魔法陣は思ったよりも面倒なもので、ただ描かれた魔法陣をコピーするだけでもそれ相応の知識を要する。例えば、俺が描いた魔法陣がいくら凄いからと言って、それを丸写ししただけの魔法陣では機能を十分に使うことはできない。
だから上位の魔法陣のスクロールは高く売れるのだ。
俺には俺の理屈があってアイネに魔法陣を学ぶことを今はお勧めしていない。しかし、アイネの疑いは晴れなかった。
「ほんとぉ? 私に嘘言ってたら承知しないからね」
「……安心しろ。少なくとも俺はサナがいる場所では下手なウソはつかない」
「それを信じろって?」
俺みたいなゴミが信用されることはない。しかし、俺ではない人のお墨付きがあれば、信用に値する。
「そうですね。このアホは私の前では嘘はつかないと思いますよ。しょうもない嘘はつきますが、今のような少しでも重要そうな話では嘘はつきません」
サナは俺よりも信用されていて、サナの言葉であれば聞かざるを得ない。
でも、アイネはどこか納得いかないように投げやりに言った。
「ふーん、先生ってサナさんのこと好きなんだ」
この年頃はすぐ惚れたの腫れたのうるさいな。
俺は取り合えず否定しておこうと思ったが、先にサナが口を挟んできた。
「このアホは自分がダサいと思うことを私の前ではできないんですよ。いくら自分の事をニートだからプライドがないと口では言っていても、やはり捨てられない物があるみたいです」
あー恥ずかし恥ずかし。
俺は思春期男子が好きな子をばらされた時のようにそっぽを向いた。どうせからかわれるんだろうと心を鉄格子で囲って守りを固める。
が、意外なことに思春期女子的な反応は帰ってこなかった。
「少し、見直したわ」
「そうかよ」
「これクラスのみんなにも言っていい?」
「良いわけねーだろ」
アイネが少しの間、思考する。今のやり取りで何か思うところがあったのかもしれない。
「さっきの話だけど、先生の言う通り魔法陣の勉強はまだ後にするわ。今は第四階魔法が使えるようにみんなと同じ方法を頑張ってみる」
そりゃよかった。魔法陣の勉強なんて魔導士の最終課題みたいなとこあったからな。こんな序盤で学んでたらこけるどころの話じゃなかった。
ともあれ、助かった。アイネが諦めてくれたことで俺はこれからアイネに課外授業をせずにすんだのだ。今日の時間が無駄にならなかったことが喜ばしい。
だが、人生は思うようにはいかないようにできている。
しばらく間をおいて、アイネが意を決したように俺に力のある視線を飛ばしてきた。
「だから、今後も私の勉強に協力してほしいの!」
俺はひとつ溜息をついて、サナに助けを求めた。
「生徒にここまで頼りにされるなんてカッコいいと思いますよ」
俺は再度溜息をついた。
「わかったよ。協力してやる」
もうどうとでもなれ。
俺の課外授業の継続が確定された。
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