第6話 二回目の授業


 昨日の昼に会ったアイネはどこか元気がなかったが、次の授業のアイネは普通に元気だった。

 そう言えば、昨日初めてパンツを見せてもらった時に「この屈辱はいつか晴らす」とか言っていた気がするな。

 縞パンの対価としては妥当と言えなくもないか。いや、やっぱり屈辱を晴らされるのは面倒だな。何をされるかもわからんし。となると、初手土下座し損ねたのは不味かったか。


 まあいい、今日はサナも見てるんだ。適当に真面目にやるんだったら、アイネも文句はないだろう。

 今日の授業には助手としてサナも参加している。俺なんかよりも使える万能助手だ。もう俺が要らないレベルの万能さだ。要らないのなら休んでも良いですかね。

 それに近い念を込めてサナに送ると、足を踏みつけられた。


「……しっかりしてください。私の顔に泥を塗る気ですか」


 ん。そう言われると弱いな。

 しゃーねーな。少しぐらいは良いとこ見せるとするか。


「まずは昨日出した課題の回収するぞ。魔法陣の記録を確認するから、やり忘れたって奴は今やっとけ」


 昨日出した課題は魔法陣を発動することだ。何も説明はしていないが魔法陣を配っただけでも意図は伝わっているだろう。

 この学院の生徒は大変優秀らしいからな。


 俺の期待通り、生徒たちは魔法陣の描かれた紙を集めてくれた。

 この魔法陣には魔法陣を発動する際に通常の効果にプラスして発動の際の精度等を記録する機能がある。学院ではよく使われる機能だ。


 俺は回収された紙を数枚ランダムに取り出して、記録を確認した。


「んー、みんなよくできてるっぽいな。ちょっと古式だったとは思うけどできてるようで安心した」


 今回課題に出したのは第四階魔法陣である。この授業で学んでいるのは第四階魔法であり、最終目標は第四階魔法を生徒たちが使えるようになることだ。

 そして、今確認したことで生徒たちが既に第四階魔法を使えるのを知った。

 少なくとも俺が出した第四階魔法陣は問題なく発動されているようだ。

 つまり、俺の仕事はもう終わったということに他ならない。


 ……残りの授業時間どうしよう。


 一瞬、俺の教えることはもう終わったのなら帰っても良いんじゃないかと思ったが、隣に助手が控えているのにその勇気はない。あったらとっくに俺とサナの立場は逆転している。

 帰れないと言って、皆ができるのにわざわざ教科書を呼んで第四階魔法を勉強するのも無意味だ。

 というか、生徒が学ぶ必要が無いのなら何でこんな授業があるんだよ。少しは教える先生の気持ちも考えろよ。この何をすればよいのか分からん空気を解決するのは常に現場だぞ。クソ、上司に文句言ってやる。


 昨日は散々会いたくないと思ったが気が変わった。……ような気もしたが、やっぱ会いたくねーわ。


 などと課題を適当に眺めながら一人文句を言っていると、一番前の生徒が手をあげた。手を上げたというのは暴力の意味じゃなく挙手の意味な。


「ヨハンせんせー。昨日貰った魔法陣はなにですか?」


 前に座っている生徒は二人いて、一人は口うるさいアイネ、もう一人は田舎育ちのせいか口の悪いルル。質問をくれたのは口の悪い方の生徒だ。


「何って、第四階魔法を発動するための魔法陣だぞ。お前らも使ったから分かるだろ? それとも誤作動でもしたか? 記録を見てる感じそうは見えないけど」


 俺の魔法陣は完璧なはずだ。少なくともそこいらの人間と比べて俺より完璧な魔法陣を描ける人はいない。そういう自負はある。

 ニートの癖に変にプライドだけはあるのが鬱陶しい。これは俺の面倒なプライドだ。


 他の生徒もルルと同じ意見のようで魔法陣についてやたらと質問してきた。


「なんか、よくわからなかったんですけど、スムーズに魔力が通ってすごい使いやすかったです」


「他の第四階魔法陣だとこんなに上手く行かなくて、先生の魔法陣は特別な物なんですか?」


「魔法を使ったらすっごいきれいな鳥さんがうちのペットのノミを取ってくれました。先生ありがとうございます」


「今回は魔法陣のおかげで問題なく発動できなかっただけだと思うので、授業はしてほしいです。昨日みたいのは、勘弁してください」


 なるほど。これは、ツキが回ってきたな。俺の先生評価が滝登りしている。

 これならサナも満足ないだろう。


 余った時間は質疑応答で潰すことにしよう。


 と言うわけで、俺の第四階魔法の授業が始まった。助手としてついてきていたサナは俺が生徒の質問に答え始めると、教卓側から生徒のテーブル側に移動しようとして、やっぱり俺の隣に留まった。


 俺の隣が恋しかったのかもしれない。んなわけないか。ないよな? ……あったらいいな。まあいいや。


 黒板に汚い文字を書きながら、「さて、」と話を始めた。


「昨日俺が配った魔法陣は俺が作ったものを複製したものだ。複製方法はおなじみの複製魔法を使っている。別に特別な複製方法をしたわけじゃないから、お前らもしっかり勉強すればその内描けるようになると思う。時間はアホ程かかるだろうが」


 さっきの質問からして、こいつらは俺の魔法陣を特別だと思ってる。多分質の悪い魔法陣しか使ったことが無かったんだろう。

 昨日の課題はその辺も考慮して、質の悪い魔法陣を渡したほうが良かったかもしれない。


「でもせんせー、あんなに滑らかな魔法陣は使ったことねぇですよ。流通量からして相当な専門的知識がいるんじゃねーですか?」


 この質問はルルだ。今日はアイネが静かなせいで逆にルルがうるさく思える。別に耳触りって程ではないんだけどな。


「流通量と専門知識に関しては俺は専門外だ。そういうのは学問に精通してる他の教師に聞いてくれ。だけど、お前らの話を聞いてる感じ、俺の魔法陣は特別みたいだからな。学ぶってなると時間がかかるかもしれん」


 ニート生活の弊害だな。世間の魔法について何も知らなさすぎる。


「学ぶかどうかはお前が各自で考えるようにしてくれ。一応、魔法陣を学ぶメリットを話しておくと、魔法が苦手な奴が質の良い魔法陣を描けるようになれば実力をごまかせるようになる。もちろん、優秀な魔導士に魔法陣を渡して使わせれば更に良い結果が生まれる。アホ程時間がかかるが暇な奴は学んでみるのも良いと思うぞ」


 教室の最前列、ずっと黙っていたアイネの頭がピクリと反応した。

 やっと火が付いたのか急に大声を出す。


「それって、魔導士の才能とは関係ないってこと!?」


 うるせぇなこいつ。まあ、元気がないよりはマシなのかもしれんが。

 他人の落ち込んだ姿を見るのは疲れるんだよな。


「何が言いたいのかは知らんが、魔法陣を描くのも魔導士の才能だ。魔法を使うことに関してるんだから当然だろ」


 というとアイネはしょんぼりとした。

 わかりやすいな。才能、昨日の昼に言ってたっけ。しゃーないし助け舟ぐらいはだしてやるか。


「まあ、この学院が魔法陣を描く才能まで魔導士の才能と言ってるかはわからんし、そこまで気にする必要はないんじゃないか?」


 魔導士の才能を魔法の発動のみに絞っているのは割となくもない話だと思う。世間知らずだからよくわからんが、多分そういうのもあるかもしれん。

 ルルが無知な俺に学院のシステムを教えてくれた。


「せんせー、この学院で才能調査はほどんどないですよ。魔力の色? を確認して魔法を使うだけです。別に使えなくても良いみたいですけど」


 魔力の色か。意外に姑息なことやってんだな。

 俺には眉をひそめる情報だったが、アイネにとっては朗報だったらしい。


「ってことは私でも何とかなるってことね!?」


「ん? ああ、そうかもしれないな」


 魔法陣ごときに何をそんなに躍起になってんだ。と思わなくもないが、人には人の価値観がある。

 きっとアイネも俺みたいに魔法がないと生きていけないような理由を持ってるんだろう。

 喜ぶアイネを他所に俺は授業を続ける。


「何の話だっけか」


 アイネが騒いだせいで何の話をしていたか忘れちまったわ。メガネが教えてくれた。


「第四階魔法の基準についてです。第三階魔法との違いは精錬度だと聞きましたが、その明確な基準についても教えてください」


 ん? そんな話してたっけか。別に良いか。


 俺は数秒思考する。正直なところ、明確な基準は存在するのだろうが俺は知らん。ニートしてたからな。そういう時間によって変動する知識は無いに等しい。

 一応教科書を開いてみるも、難しい文字がまるで暗号のように羅列されているばかりで読めたものではなかった。解読するのには少々時間がかかる。


 このメガネがわざわざ話題にもなってなかった疑問を無理やりねじ込んできたのもそのせいだろう。

 と、悩んでいると隣で黙って授業を聞いていただけのサナが代わりに質問に答えた。


「ノリですよ」


 はい。そうらしいです。


 その日の授業はそれで終わった。

 そして俺は一目散に逃げだそうとして、サナに捕らえられた。これから学院長に会いに行くことが確定する。クソが。


 アイネが何か言いたそうにしていたが、大した問題ではないだろう。


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