第5話 使用人との関係性
サナに案内してもらい学院生活で俺が使う家に来た。外見は割と広く、前使っていた家よりも広そうなつくりをしている。実際に中が広いのかはわからないが、最低限あれば俺はそれで満足だ。
長いことニートをしてきた俺にとって、過剰な部屋の広さに価値はない。ベッドと最低限物が置ける程度あれば十分だ。
ニートに必要なのはコスパ意識だからな。……以前サナに環境のコスパのために死ねとか言われたときに言い返せなかったのが心苦しい。
「で、家の中も割と広いんだな。俺はこんなに使わないけど」
「生徒たちを招けるようにしてあるみたいですよ。冴えないニートには必要ないと思いますが」
「まあな。必要な日が来ないことを願うよ。でも良いのか? 二人で暮らすのにこの家はちょっと広すぎる気がするぞ。俺は掃除を手伝わないぞ」
なんたって俺は家主でサナは使用人だ。俺がサナの仕事を手伝うのは道理ではない。だから俺は寝る。
俺は家に入るなり早々、寝室に入りベッドにダイブした。
ほどなくして寝息が鳴る。
数秒して腕がなくなり、俺は目を覚ました。流れる速度で土下座へと移行する。
「生意気言ってすみませんでした」
ちっ、この使用人は直ぐに暴力に走りやがる。こんな風に教育したのは誰だよ。……俺かもしれん。
言って分からない奴には暴力を使ってでも、とか昔偉そうに言ってた気がする。
「先に今日の報告をしましょう。あなたの講義の話も聞きたいですし、私の方からも伝えないといけないことがありますので。……取り敢えず、リビングにでも来てください」
俺はリビングに連行された。
◆
コーヒー、紅茶。どっちを飲むかで悩んだがコーヒーにした。紅茶は香りは良いが味が微妙だからだ。
サナは紅茶が大層好みのようで茶葉を特別に仕入れているようだが、俺にはその良さが分からない。
ドカっと椅子に座って、粛々とコーヒーを飲む。あ、コーヒー飲んだせいでこの後寝れなくね?
その思考が伝わっていたのかサナの顔はしてやったりとばかりにニコニコしていた。
コーヒーと紅茶の二択にしたのはこのためだったのか。チクショウめ。
サナが口を開く。
「先程学院長に会ってきました」
「それで?」
「貴方に会いたいそうです」
だろうな。自分が雇った人がどんな人かを知りたいと思うのは当然だ。というか雇う前に知っておかないといけないことなのに知らずにいたほうがおかしい。
だが、会いたくはない。理由は面倒だからというのもあるが、
「俺みたいなゴミを教師にしたいなんて言い出す奴だ。相当なゴミであるのは間違いない。……俺はどうしても会わないとだめなのか?」
「酷い言いようですね。一応あなたの雇用主ですよ」
金欠の緊急事態を救ってくれた恩人だが、それとこれとは話が違う。そもそも俺はこんな面倒な仕事をする気はなかったんだ。
強引に俺をこんな場所に引き込んできた奴を良く言う方が難しいってもんだろ。
サナに抵抗するのは不可能だが、一応抗議はしておく。
「俺は嫌だぞ」
包丁が顔を出した。
俺は即座に土下座フォームに移行した。
「分かればよろしい」
俺は分かっているふりをした。明日の早朝には授業が入っている。今日の続きの授業だ。
それが終わると同時に逃げれば何とかなるだろう。
「では、次はあなたの今日の授業について聞かせてください」
「何でサナが俺の授業にまで口出してくるんだよ」
「あなたを派遣しているのは私ですから。私は授業の質を監督する義務があります」
は? 派遣? こいつもしかして
サナは俺の疑問に先回りして答えてきた。
「あなたに仕事を斡旋したのは私です。なので私が派遣した形となるのは至極当然では?」
…………どうやら俺はとんでもない地獄に迷い込んだようだ。
上司は
その上俺は派遣扱い。
元ニートで社会的地位が最底辺だとは言え、流石に酷すぎやしないか?
「あなたがしっかりと仕事ができるのが確認できれば、正式に雇用される話になっています。ですので、それまでは授業内容には私も口出しをさせてもらいますよ」
……まあ、俺が十分な授業をしていれば問題ないということで許してやるか。
恐らく俺が派遣扱いになっていることで給料にも何らかの細工がしてあるのだろうが、俺とサナの財産は共有されてるからな。
そっちに関しては考えなくても良いだろう。
授業に関しては、今日は問題なくできたはずだ。明日はどうか知らんが多分今日は大丈夫だったはずだ。俺は怪しまれることが無いように堂々とした意志が伝わるように胸を張った。
「授業の方は任せておけ。魔法に関しては俺は誰よりも知識を持っているからな。決してお前を心配させるような真似はしない」
決まった。
と思っていたのは俺だけだった。
「念のため、明日の授業には私も参加します。それで決めるとしましょうか」
「決めると言うのは?」
「もちろん、沙汰のことですよ。今から考えるのが楽しみでなりませんね」
ニッコニコの笑顔はとても愛らしい。見た目が十代半ばなのもあって、笑顔に陰りの無い純粋さを感じるのは、雇い主として幸福の一端に触れた気分になれる。
明日も頑張って労働しよう。
俺は柄にもなくそう思った。
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