第4話 悩み


 風が吹き鐘が揺れ音を鳴らす。アレミラス魔法学院本館から響き渡る鐘の音は学院内で時間の区切りを知らせてくれる。授業終わりを示す鐘は同時に休憩時間の始まりを示す鐘でもあるのだ。


 俺の今日の授業は午前で終わりだったので一先ず今日の仕事は終了した。初めてにしてはつつがなく進んだので大手を振ってダラダラできるというものだ。自分の教師としてのセンスが光っていることを実感でき俺は得意げに食堂に行った。


  ◆  


 食事を終えて俺は人気のない適当な斜めになっている芝で寝ようと横になった。本当は今すぐに帰宅しベッドで寝たい気分だが学院内にあるという俺の家の場所を知らないため時間を潰しているのだ。そのうちサナが来て場所を教えてくれるだろう。


 その家は俺に与えられた仕事部屋とは別に用意されているものだ。あんなに小さかった仕事部屋だが私用と分けてくれていたことは驚愕に値する。学院側にもほんのわずかな良心が残っていたらしい。


 にしてもこの学院はどこもかしこも微妙だな。土地が広いのに俺の部屋が狭かったりしたのもそうだが生徒たちの階級制度の意識も微妙だった。確かこの学院は基本的に階級の差別が無いって話だったのに見た感じ中途半端すぎる。


「あー、嫌になるわ。あのクラスが馬鹿ばっかりなせいで新任の教師もゴミみたいなのしかこないなんて」


 ぶつぶつとうるさい声が近づいてくる。俺がダラダラしているのに邪魔しようとは良いご身分だな。一体どこのどいつ……、またあのお嬢様かよ。確かアイネだっけ。


「はぁ、第四層魔法もまだ使えないしお父様に何て言えば良いの……」


 呟いてアイネは丁度俺が見えない位置に座った。あれ、俺に用があって来たのかと思ったけど違うみたいだな。もしかして俺みたいにだらけに来たのか? まあこの辺は人が来ないみたいだしお嬢様が気を休めるには丁度いい場所だもんな。


 俺は気にする必要もないかと目を閉じ無視することにした。


「ちょっと才能があるからって学院に入れられたけど、ここには私程度の才能なんて最低ラインでしかない。なのにお父様もお母様も私に期待してしまってるなんて。ほんと嫌になるわ。……でもそんなこと言ってられないしできるようになるしかないか」


 音が聞こえる。ボウボウと燃えるような音だ。俺の場所からは見えはしないが恐らく炎の魔法を使っているのだろう。休み時間までも修練に使うとは素晴らしい心構えと言える。俺はそれから数分の間アイネが行使する魔法の音を黙って聞いていた。


 ……ああ、耳障りだ。ことごとくが不均一で締まりがなければ始まりすらあやふや。おおよそ神秘と言われることもある魔法とはどうあがいても呼べない。はぁ、まさかこんなに不格好で澱んだ魔法を使うものがこの学院にいるとは思ってなかった。腕が無い以前にやる気が感じられない。


 聞いてるだけで虫唾が走るような音にしびれを切らして俺は立ち上がった。別に教師として魔法の扱いを教えてあげるわけじゃない。つーか俺がそんな善人みたいなことするわけないぞ。俺はいつだって面倒くさがりなんだからさ。


「ヨハン、先生……。いらしたんですね」


 無理して先生って呼ばなくていいのに律儀なものだ。いや、外に居るから猫を被ってるのか。意外に常識あるんだな。


「ああ、俺は別のところに行くから好きに練習してていいぞ」


「先生、少しよろしいでしょうか」


 ダメだ。俺は軽く手を振って無視する。


「先生にとって魔法とは何ですか?」


 俺は脚を止めた。


 考えたこともなかったな。俺にとっての魔法の存在とは何なのか。

 まあ、考えたことが無いってことは考えるまでもないってことか。


「あって当然のものって感じかな。言うなれば手足みたいなものだ。魔法がなくなったら多分俺は生きていけないから、多分そういう認識であってるんだと思う」


 恐らく魔法がなくなったら俺は生きていけないだろうな。

 魔法以外で腕や足をくっつける方法を知らないし。


「それは、手足のように魔法を使いこなせると解釈してもよろしいですか?」


 何を考えているのか読めないな。


 さっきの授業までは俺にガーガー喚いていた癖に急によそよそしく聞いてくる。何が目的だ?って考えてもどうせ意味はないか。


 俺は面倒ごとが嫌だ。適当にあしらうことにした。


「どう解釈してくれても構わない。ただ、俺は忙しいからな。お前が何を考えていても手を貸すことはできないぞ」


 サナ曰く、教師とは忙しいものらしい。俺はまだ教師生活を始めて一日目だから実感はないが、いや、これは嘘だ。ニート生活と比べると恐ろしいほどに忙しい。


 今すぐ帰宅せねば。帰宅してゴロゴロせねば。


 そのためにはサナに新たな住処の場所を教えてもらわなければならない。ああ、めんどくせぇな。


 アイネは自信なさ気だった。初対面が強烈だっただけで本当はこっちが素なのかもしれない。才能が云々と言っていたのも気にかかる。


 でも、俺からしたらどうでも良いことだったので、今日はその場を退散した。


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