第2話 魔法学院
アレミラス魔法学院は創立から300年を経たかなりの古株だ。そのため多種多様な分野に精通する魔導士を多く輩出してきた。多種多様というと魔法を使うことだけに留まらないという意味だ。学院で魔法を学ぶ場合多くの中からいくつかの分野を選択しそれらに特化した魔法を学ぶことになっている。
アレミラス魔法学院は魔法の発展のために日々魔法陣の研究をしたり、人々の暮らしを向上させるための魔道具を開発したり、魔物との戦闘において有利に行動できるような研究などなど、他にも多数の分野を持つ。その数の多さから他国を凌いで魔導士の最先端を先導している学院と言って差し障りない。
それほどまでに多くの分野を持つが故に学内は広大だ。北から南までが一つの街程もあり、誇張なく魔法のためだけの土地となっている。施設から講師の質まで全てにおいてアレミラス魔法学院は一級品だ。
そんな由緒正しき最強の学院でなぜか、なぜか一般に向けて講師の求人が行われた。
本来は絶対にありえないはずがなぜか。
◆
魔法学院敷地前。
久しぶりに外に出た。最後に外に出たのは一体いつだっけか。一年前だっけ? まあ、確かそのぐらいだ。偶には外に出て日光を浴びないとうつ病になるとか言われて無理やり外に出されて。そうそう、あの時は腕も足も落とされたし、俺が外に出ないことをサナは相当に怒っていたんだよな。
「だらしがないですよ。ここは家の中ではないのでしっかり歩いてください」
「はぁ。長いこと外出を控えていたエリートニートは歩くだけでも大変なんだよ。こんな遠い場所まで来れただけで俺は一生分歩いたね」
俺の職場は距離にして馬車で三日はかかる場所にあるらしい。既に目的地に着いているのに「らしい」というのはおかしいかもしれないがどうでも良いだろう。
「何を言ってるんですか。転移魔法で飛んできたので一歩すらも歩いてないはずです。やはり脳に異常があるようですね」
サナが何故か持ってきていた愛用の包丁を手にする。相変わらず俺の扱いが酷いものだ。とはいえ、外であるにもかかわらず包丁を取り出すとはサナもやはり完璧ではないようだ。
ふっ、俺がいるところは全て家であり好き勝手にしても問題ないというその思考は危険だぞ。
例え少女であったとしても往来で包丁を持つ者が野放しにされることはない。
「そこのダラダラしてる人、逃げてください!! あの人は私が止めますから!!」
「はい?」
俺達の周囲に居た少女が鬼気迫る表情でサナを睨みつけていた。真新しい制服を来ているのを見るに彼女は恐らく学院の生徒だろう。制服のスカートがめくれていてパンツが見えているのが愛らしい。縞パンとはまた定番な。いや、定番ゆえに魅力的ともいえるか。
サナはその可愛らしくも勇気のある少女に首をかしげる。この使用人、本気で何が起きているのか理解できていないらしい。
滑稽すぎて笑える。普段から自分が常識人と思ってるから気付かねぇんだよなぁ。傑作すぎて後が楽しみだわ。
「何を惚けているんですか!? あとそこのダラダラしてる人は早く逃げてください!!」
「あの、何のことを仰っているのですか? 私に説明してくださらないとわかりませんが……」
周囲の生徒達が何だ何だと群がってきた。そしてサナを見て次々と杖を構える。対し、サナはおろおろと辺りを見渡すばかりだ。
俺はと言うと緊迫した場を壊さないため笑わないようにするので必死だった。いやあ、まさかこんなに面白いことになるとは思ってなかったな。まさかサナが変人の仲間入りすることになるとは。
とはいえ、ずっと腹を抱えているわけにもいかない。俺は戸惑うサナに耳打ちした。
「包丁」
「包丁が……どうかしましたか? 今日も普段使いのよく切れると有名な鍛冶師の包丁ですが……」
まじか。ここまで来て気付かないとかこいつは大物だな。
「街中で意味もなく包丁を出してたら警戒されるに決まってるだろ。サナにしては抜けてるぞ」
「あ……。はい、そう……でした」
ははは、と乾いた笑みを零す。サナは周囲の反応を伺いながらひっそりと包丁をカバンの中に戻した。
とはいえこれで一件落着となるはずもない。
「えっと……、貴方達は一体どういった関係で?」
訳が分からないのも無理ない。なんせ彼女からしてみれば男が少女に包丁で襲われているのを助けに入ったら、実は襲われていませんでしたーということなのだ。意味が分からない。
百歩譲って男と少女が知り合いだったと仮定しても包丁でじゃれ合うなどという危険なことは確実に有り得ない。きっと彼女の頭の中は見聞きしたことのない歪な関係性に混乱していることだろう。
「失礼しました。私はこの馬鹿の召使を仰せつかっているものでありまして……。先程のはちょっとばかし躾が過激化してしまっただけです。迷惑かけました程を謝罪します」
いけしゃあしゃあと定型文を垂れ流しぺこりと頭を下げるさまは見ていて気分が良い。普段から俺にきつく当たっているのが裏目に出たな。
ん、もしかすると実は俺の方が人間的な行動ができちゃったりするのでは? だとすると今後の生活が楽しみだな。今まで切られた腕の返しをしてやるぜ。
「そう……。そういった躾はよく聞くけど、人目に付くところでするのは良くないと思います。今度からは注意してくださいね」
嫌な反応だ。過度な躾を糾弾されることもなく人目に付かないところなら当たり前と言ってのける。おまけに他の生徒も似たようなことを言いたげな顔をする。
ここって平和を実現するための魔法学院って聞いたんだが違ったか? 闇盛り盛りで水面下に沈んでるようにしか見えないぞ。ま、俺には関係ないか。
俺は面倒なことには首を突っ込まず安寧を求めて日々を無為に過ごす者。無駄に時間と精神を割くなど馬鹿げている。
俺は頭を空っぽにして告げた。
「パンツ、見えてるぞ」
子供らしいピンクと白の縞縞がバッチリと。
「な!!」
驚きつつもそんなことあるわけがないだろうとゆっくり見下ろす。
「あ……」
残念、本当なんだよね。外に出るときは身だしなみぐらいしっかりしようぜ。あんた多分貴族なんだろうしさ。
「覚えてなさい!! この屈辱はいつか晴らすわ!!」
俺関係ねーだろ。パンツ丸出しだったのもパンツ丸出しで人助けしようとしてたのもお前の特性で合って俺の意図したものじゃない。気付いたまま直ぐに注意のは悪いと思わなくないけど些細なことだろ。
「へーへー」
だいぶ時間を使ってしまった。なんだかんだ長いこと時間を使ってられる程暇じゃない。俺は適当に流してサナを連れてダッシュで逃げることにした。
◆
俺が担当する講義には当然だが前任者がいる。どうやら俺が雇われる発端となった原因はそこにあるらしいので、取り敢えず俺は仕事道具を取りに俺に与えられた研究室に向かった。
その間にサナは俺を置いて学院長に会って無事に到着したことを報告するという。全く馬鹿なものだ。外で俺を一人にしたら何をしでかすか知ったものではないぞ。現に俺自身ですら何が起こるか見当がつかんからな。
メモ通りに通りを歩く。にしても広い土地だ。実験することが多かったり生徒数が多かったりで一つの街程も大きいとは聞いていたが誇張ではなかったのか。正直デカすぎて不便だ。だがまあ金があることを証明するのに手っ取り早いと言われれば頷かざるを得ないか。
……いやぁ、やっぱ不便だわ。
メモを片手に俺は数十分も敷地内をさまようこととなった。おのれアレミラス魔法学院。
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