永遠のニートになれなかったので、魔法学院の教師になりました。
卵の人
第1話 暫定無職
大体三千年程度昔、人は魔法を手にした。それにより、それまでは世界に跋扈する魔物達の恐怖に怯え、陰ながら生きていくしかなかった人間が堂々と表に出てこられるようになった。
それからというもの、かつては生きていくことさえ満足に行うことができなかった人間だが、魔法の発現と発展に従って徐々に人々の暮らしは向上していくこととなる。魔物から遠ざかれるような安全な国を作ったり、魔道具によって作業の効率化が進んだりと人間は魔法を使いこなしてきた。
しかし、そんな強く便利で頼れる魔法であったがいつも人のために使われるというわけではない。魔法は正しい者だけが使えるような不公平なものではなかったのだ。
魔法によって人々の暮らしは向上したのは素晴らしいことだろう。だが暮らしが向上し、魔物からの恐怖が薄らいでいくに従って人間に対する恐怖が徐々に増えていったのだ。
些細な犯罪に対する恐怖。それもあるだろう。だが一番の恐怖は略奪や侵略を目的とした戦争だった。
正しき魔導士は口々に叫ぶ。『魔法は正しく使わなければいずれ人を滅ぼす』と。
その教えを広め魔法を正しきことに使うという趣旨のもと、アレミラス魔法学院は建てられた。
◆
街を少し離れた森にそこそこ立派な家が建っていた。街の住民には普通に知られているので別に隠れて住んでいるというわけではない。家主がちょっとした引き籠りで他人の生活音が煩わしいと言った理由でそこに建っているだけだった。
時々街に降りて食料や生活用品を買い漁っていく使用人の少女によると、その家に住んでいるのは主人の男と使用人の少女だけらしい。
引き籠りで、あからさまな地雷男と大層可愛らしい年若い少女だけで暮らしていると聞いて街の男どもは発狂しているようだが大した問題ではないだろう。
要するに街から離れた家に男と少女が二人だけで暮らしているということだ。
◆
結構長いこと人として生きてきたがとうとう回避できぬ最悪の日を迎えてしまうこととなった。俺は見慣れた天井を仰いで溜息を吐く。
「よし、死のう」
貯蓄が遂に底をついてしまったのだ。これからを生きていくためには、どうやら労働をして金を稼がないといけないらしい。
全く、ふざけているとしか言いようがないな。どうして長年労働をしてこなかった俺が働かないといけないんだ。
「働かなくて良い方法……。よし、死ぬか」
縄を縛って天井からぶら下げる。これで準備は万端だ。
が、自殺を図るにはまだ準備が不足していた。
「私が存在する限り貴方が死ぬことは出来ませんよ。腕と脚を千切ってでも貴方を生かし続けますので」
言って少女が俺に包丁を見せつけてくる。この少女は俺と一緒に暮らしていて名をサナと言う。俺の金を使って俺の身の回りの世話をしているので使用人と言えるだろう。
結構長い付き合いで俺としては助かっているものの、今のように言葉遣いが酷くなっているのが玉に瑕だ。
俺の自殺を止めようとしている割に、手に持った包丁は俺の方を向いていて恐ろしい。
俺は駄々を捏ねた。
「えー、じゃあどうするんだよ。良いか? 人間社会で生きていくためには金が無いといけないんだ。だが俺には無い。なら死ぬしかないだろ?」
「知ってはいましたが筋金入りのバカでしたか。普通に働くという選択肢は無いのですか?」
あるわけがないだろ。俺は産まれてこの方一度たりとも労働者に身を落としたことが無いんだぞ。
ここまでくれば俺という存在は最も労働から縁遠くなければならないと言っても過言じゃないな。その旨をサナに伝えるとサナは呆れを取り越してゴミを見る目で俺を蔑む。
「その頭を勝ち割って中身を変えたほうが良さそうですね」
「待て待て! 悪かったって! 分かったよ、サナの言い分は最もだ。何とかするからその包丁は下ろしてくれよ」
「……改善する意志はあるようですね。具体的には何をする予定で?」
はて、何をすればいいんだ?
現状で困っているのは金だ。次に金だ。その次にもやはり金だ。んで、金を手に入れる方法は一つしかない。労働だ。
………………考えろ。労働をしなくても金を稼ぐ方法はあるはずだ。
「何を黙ってるんですか?」
ニコッと可愛らしい微笑みが飛んでくる。サナはまだ若い少女だが男の扱いが分かっているようだ。
はぁ、これで目も笑ってたら秘蔵の酒を上げたのに。……安酒すらも手元に残ってないけどね。
「……働きたくないでござる」
――ザシュ。
俺の右腕が宙を舞った。真っ赤な鮮血が室内に飛び散り床を染める。
「次は足を逝っちゃいましょうか?」
うーん……。ここいらが潮時か……。
「分かったよ。しゃーねーな、何とかして働き口を探すよ」
腕や脚は切られても再生できるが、だからと言ってサナに迷惑をかけ続けるのは俺個人として好ましくない。
俺は渋々、止むを得ず、不承不承と重たい腰を上げ、数秒経たずに腰を下ろした。
――ザシュ。
今度は俺の左足が宙を舞う。
「ふふ、次はどうなるんでしょうね?」
本当にどうなるんでしょうね。
完全に逃げ場を失った俺は血で塗れた床に頭をくっつけて平伏した。本気で働く所存であります。
「よろしい。今日の私はとっても優しいので今回はそのなけなしの労働意欲で勘弁してあげます。ですがしっかりと働いてくださいね」
はい。全力で取り組む所存でございます。
俺は長年のニート生活を取り上げられ、不本意ながら労働者になるのだった。
◆
労働を決心したのは良いが、いや良い訳が無いが、それはそうと何処で働くかはまだ決まっていない。なので仕事を探すため俺は渋々腰を上げ外に出ることにした。
ハッ、歴戦のニートなら楽な仕事を探してくるなど朝飯前よ。給金が安かろうが働けば良いと言ったのは向こうだからな。俺が楽な仕事を取ってくるのを震えて待ってろ。
因みにサナに切り落とされた腕と脚は魔法によって再生させているので外に出ても問題ない。
「あ、ちょっと待ってください」
「まだ何かあるのか?」
面倒ごとは一つにまとめてから言って欲しいな。それ以前に持ち込まないでくれると有難いが。
「こうなると予想して予め職場は決めておいたんです。面倒くさがりの貴方には丁度良いでしょうと思って」
は? 今何と?
仕事を決めておいた? サナが独断で仕事を持ってきた?
「と、取り敢えず見せてくれ」
嫌な予感に声が震える。この先、俺がするであろう仕事内容が既に決まっているとあれば恐怖するのは当然だろう。もしこの仕事が面倒かつ拘束時間の長いものであった場合、十中八九俺はサナに殺されることになるのだから。
頼むッッ!! どうか我が母よ、不肖なる我に幸を……!!
などと俺が柄にもなく祈る最中、
「喜んでくださいね! とっても給金が良くて地位も高いような職業が見つかったんですよ! 私嬉しくて、声がかかった瞬間即決しちゃいました!」
サナが珍しく屈託のない笑みを浮かべている。反面、僅かな希望すらも失った俺の顔は既に死んでいた。
給金が良い。地位が高い。なるほど、社会で生きる人間にとってこれほど素晴らしい職業はないだろう。だがしかし、俺は社会から外れたニートなのだ。
そんなものはいらんから怠けさせろ。
「奇跡よ……」
開封して中身を取り出す。せめて楽のできる仕事でありますようにと祈り俺は中に入っていた紙を開いた。
えーっとなになに……。ほうほう。
……世界は俺の敵に回ったか。よろしいならば戦争だ。手始めに職場は壊しておくのが精神安定上必須だな。
「どうですか!? 労働環境でこれ以上を求めるのは不可能だと自負できるほど自身があります!!」
可愛いほどに自信満々だ。重犯罪を企む俺に向けられるには勿体ない。とはいえ勿体ないが俺は甘んじて受け入れる。俺はずっとサナから与えられる不釣り合いなまでの善意を受け取り続けたのだ。少しぐらいはカッコいい所をみせてやりたい。
しょうがない。退屈にも飽きてきてた頃だしそろそろ真面目に働きますか。
人間は食って働いて寝る生物だという。ならばそれに則ってみるのも悪くはないかもしれない。例え、魔法学院の教師という何とも面倒そうな仕事だとしてもそれは変わらないだろう。
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