改造転生

漣タモト

第1話「新しい人生」

「【設定=初期化】」

声が聞こえる。

「初期化するのか?」

別の声。いや、同じ声かもしれない。正確には、それも違う。言葉が頭の中に弾けるだけで、実際には声などないのだから。

「どういう意味?」

「聞いただけだ。他意はない。ただ」

「ただ?」

間があった。静けさと同時に、闇が滲み降りてくる。

沈みそうになるところ、後頭部辺りを切り開くような刺激で、再び声が閃いた。

「あなたが罪悪感を覚える必要はないわ。でも、居心地が悪いというなら、断片的に記憶を残しておくこともできる。そうする?」

沈黙。

「【選択削除】」

―――

「【再起動】。さあ、目を開けて」

促されて、瞼を持ち上げる。光に目が眩んだが、瞬きをするうち、徐々に世界の輪郭が見えてきた。

人間が目の前に存在する。女性だ。何となく、自分よりも年上だと感じた。化粧気の無い肌は黄系の白で、額に下ろした黒い前髪が鮮やかに映えている。幅広の二重、鼻筋が通り、薄い両唇、ほっそりした顎。手にペンダントライトを構えて、左右に振って見せた。思わず、海色のマニキュアが塗られている指先を目で追っていると、彼女が言った。

「生体反応、異常を認めず。おはよう。気分はどうかしら?」

「…あ…!」

掠れた声が出たことに、自分でもびっくりしてしまった。気分は、どうなのだろう。自覚すると、最悪のような。頭の内側で、靄が晴れていく感じ。同時に吐き気がする。

「あまりよくなさそうねぇ、いいのよ、横になっていて。慣れれば――状況が分かれば、きっと落ち着く。今は不安よね? いいわ、ゆっくり説明するから、聞いていて。そのままで」

宥める声色は、あの時に聞いた、頭の中で弾けていたものと同じように思われた。起こしかけた上半身を、再びベッドの上に預ける。敷かれたブランケットの毛が耳元に触れるのを感じた。

「覚えている? あなたはトラックにひかれたのよ」

天井の蛍光灯を見つめながら、彼女の話を聞く。何の事かはよく分からなかったが、だとすればここは病室なのか。

「一度死んだの」

では、霊安室?

「でも、あなたが助けてくれた男の子のおかげで、あなたは《新しく生き返った》。変な言い方だけど――」彼女の手が右肩に触れた。「その、言いにくいけど、身体はそのままでは使えなかった。だから『彼』のものを一部再利用したの。でもあなたの意思でも動くから不自由はないはず。ほら、動かしてみて」

言われて、右手の肘から先を持ち上げてみた。重い。痛みはなかったが、酷い状態を想像しながら、恐々目の前に持ってきた。が、傷も包帯もない、剥き出しの腕だった。重みで震えてはいるものの、動かすのに比べると、見る分には何の違和感も無い。

「安心して。形や印象は、元のあなたに近づけたつもりだから。後で、鏡も見せるわね。顔は違いが出やすいから、もう少し落ち着いてからにしましょう。申し遅れたけど、私は、日留女十祈子と言います」

「ヒ、ル、メ、さん」

「ええ。あなたの前世の名前は分からないの。というか、たぶん、知らない方がいい。今からの人生があなたのものだから。これから、前以上に幸せになるためにもね」

不思議と、思い当たる節があるような気がした。何だか辛かったような…? ――クラスの男子が腐っていて、女子も助けてくれなくて。担任は知っていたのか、いなかったのか。いや、でもあの「前の夕方」に、お母さんが電話したんだった。そんなことしても何も変わらないからって止めたのに。喧嘩になっちゃった。おかげで「その日」のお弁当は白ご飯だけだったな。アキカゼ先生だけは優しくて、絵を描くことだけが私の生きる証だった――

「思い出しちゃった? 忘れていいのよ。あなたは新しい身体で、新しい名前で、新しい世界を生きるの。『彼』と共に」

頬を伝った涙を、彼女の指先が拭った。頭を持ち上げようとした私を覗き込むように顔を近づけて、彼女は私の額に触った。

「サナ、自己紹介して」

刹那、私の右手がふわりと持ち上がった。意図せず、額に置かれた彼女の手を払い除けている。

《いつまでも寝てられちゃ、困るんだが》

右耳のすぐ近くで、低い声がしたようだった。それにしては囁きに伴う息遣いが感じられないが、声が耳の中に入ってくるようなおぞましさを覚えて、堪らず身をよじってしまう。

《あのな…人を蚊か何かみたいに言うなよ》

――私の考えが、読まれている?

《まあな。それに関しては、とりあえず慣れろ。仕事上、どうしても不都合が出てくれば対処法を考える》

「何て言ってる? 彼」

ヒルメさんが聞いた。

「あの、仕事がどうとか――」

「それは後で。サナ、自己紹介をしなさい」

《製造番号208021837、移植型人工知能、通称「サナ」》

「サ、ナ、さん」

「デリカシーはないけど、悪い子じゃないから。仲良くしてあげてね」

「…何か、怒ってるみたいです」

「私には聞こえないからね~」

「黙っちゃいました」

「あら、拗ねちゃった?」

悪戯っぽい笑みを浮かべて、ヒルメさん。

「まだよく分からなくて怖いだろうけど、本当に大丈夫だからね。楽しくなるから。幸せになれるから。その代わりと言っては何だけど、あなたに手伝ってほしいことがあるの」

「はい…?」

「まあ、追々話すわね。今は身体と心を休めて、適応させる時間を作って頂戴」

ヒルメさんが差し出した左手に応じようと、重たい右手を持ち上げる。震える私の手をしっかりと両の掌で包みながら、彼女は呟いた。

「新しい人生、おめでとう」

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