第2話
俺たちはスマートフォンの懐中電灯を起動させ、現在の駅の反対側にある旧熊谷村駅に向かっていた。
熊谷村(くまがやむら)は合併され、現在は別の地名になっている。
1990年に廃線になっており、今から30年前だ。
俺が子供の頃、祖母の家に遊びに来た時に、雑草が生えた廃線路で遊んだ事がある。
現在ある駅の南口側にある、お寺の近くで、小川沿いだったと思う。
記憶を頼りに歩いていくと、田んぼの風景の中にぽつんと、トタン屋根の古屋が見えた。
妹が指を差す。
「あれじゃない?」
「そうだな」
俺たちは田んぼの間を走ると、少し広い畦道に出る。畦道はずっと一本道で横に続いている。
トタン屋根の古屋のある場所だけ、コンクリートの段があり、高くなっている。
プラレールの線路を一個だけ残したみたいなっている。取り壊すのが面倒だったのだろうか。
ドアの無いぼろぼろの古屋を覗くと、赤い革が張ってある長椅子と、木の台があり、分厚い電話帳、今は廃止された、虫食いだらけのタウンページと、公衆電話が置かれていた。
ここが旧熊谷村駅で間違いなさそうだ。
俺と妹は誰も居ない朽ちたホームで、電車を待った。
雲の無い西の空が、鮮やかなオレンジ色に染まっている。
藍色の夜空と境界線が溶けて、瞬きをする間にも、世界は夜へと近づいていく。
星が綺麗だ。
電車よりも猫バスが来そうだ。
妹と俺は待ち続けた。
人は目に見えないと信じない。
だから考えた事が無かったのだ、本当に幽霊がいる事も、お盆にご先祖様が帰ってくることも。
火のない所に煙は立たない。
俺は切符を持ち、きさらぎ行きの電車を待ち続けた。
山の稜線に夕陽が落ちて、妹の顔が逆光で見えなくなった頃、眩い光が遠くからやって来た。
妹が腕にしがみ付いてくる。
意識が取られ、前を向いた瞬間、周囲の風景が変わっていた。
左右に長くホームが続いていて、天井に屋根がついている。斜め後ろには水色のベンチ、柱には、【熊谷村】と書いてある。
振り向くと、熊谷村の看板がホームにあった。
電車はゆっくりと速度を落として、俺たちの目の前に停止した。
短く木の階段があって、慎重に上り、乗車する。
乗車するとドアの近くに駅員さんがいて、白い手袋の手を差し出され、チケットを促される。
切符を渡すと、カチッとホッチキスみたいな物で切符を挟んで俺に返した。
切れ込みが入っている。
妹が固まっている。
どうしたのかと見ると、駅員の顔がのっぺらぼうだった。
俺は妹の手にあるチケットを駅員に出す。駅員は妹の分を俺に返した。
シュー、という音を立てながら、ゆっくりとドアが閉まる。
赤い革の長椅子が向かい合うようにある。
俺と妹はドア側にあった、空いている席に座った。
ふつうに乗客がいる。
妹が震えている。
俺は頭の中でモノローグを続け、平静を装った。
左にいるのは、のっぺらぼうの白いワンピースを着た女性だ。
向かいの席には、化け物が乗っている。
茶色い獣の毛皮を頭から被っていて、鹿みたいなツノが生えている。足はなく、腕は骨のように細くて短いものが付いている。
その隣にはのっぺらぼうがいて、その隣には黒い影が座っていた。その隣には、二頭身の小さな白い毛皮みたいなのが、積み重なるみたいに乗っている。
俺は額に手を当てた。
頭がおかしくなりそうだ。
俺は妹は、とにかく六個目の駅まで辛抱した。
アナウンスなどは一切ない。当然だが、モニターも無いので、窓から見える駅の名前と個数を数えた。
揺れは本当の電車にとても似ている。
一駅の間隔も、そこまで長くない。体感で10分あるか無いか、位。
駅に停止すると、乗車してくるお客さんが数人いた。のっぺらぼうの人間の時もあれば、奇々怪々な化け物の時もある。
四番目の駅で、のっぺらぼうが乗車してきた。少し白髪の混じった黒髪のショートカットで、ワイシャツを着ているから、たぶん男性だ。
座る場所が無かったのか、俺たちの前に来て、吊り革に掴まった。
妹がビクリと身体を震えさせる。
見ると、男性は片足が無かった。
厳密に言えば、太もも辺りから透けるように消えている。
ドアが閉まり、電車が発進する。
男性は吊り革に掴まっているが、ゆらゆらと不安定に揺れていて、どこか大変そうな気がした。
俺は迷った末、立ち上がり、手で席を示した。
怖くて声は出なかった。
(どうぞ)
片足の無い男性は、俺を見た後、小さく頭を下げて席に座った。
たぶん、この電車に乗ってくるのは、亡くなった人だろう。
電車くらい楽に座って欲しい。
五番目の駅に着く。
妹と視線を交わす。
次の駅だ。
六個目の駅に停止し、ドアが開いた瞬間、青緑色をした甲殻類っぽい二足歩行の化け物が、大量に乗り込んできた。
人間の髪みたいな黒い毛が頭にザーっと生えている。不可解な見た目すぎて、思わず観察すると、毛の隙間から、逆さになった人間の顔が見え、俺は悲鳴を上げそうになった。
足が竦んだ瞬間、化け物が大量に乗車してきた勢いでドアから離されてしまった。
ぎゅうぎゅう詰めで進めない。
やばい。
ドアが閉まってしまう。
せめて妹だけでも。
俺は妹を抱いて無理やり前方へ押し込める。
片手で化け物を掻き分け、力付くで押すと、何とか妹だけは間に合いそうだった。
妹が俺に手を伸ばす。
「お兄ちゃん!!」
扉が閉まる寸前、席を譲ったあの片足の男性が、駅員の肩を叩いた。
駅員は首を動かし、ゆっくりと俺を見る。
閉まりかけたドアが開く。
俺は急いで電車を降りた。
背後でドアが閉まる。
振り返り、俺が電車を見ると、助けてくれた片足の男性がこちらを見ていた。
俺が頭を下げると、男性はゆっくりと手を挙げて、応えてくれた。
電車が行き、俺たちは一息ついて、駅を確認した。
大きく看板がある。
『きさらぎ駅』
「本当にあるんだ‥‥」
周囲は霧が濃くて、視界が悪いが、遠くに山が見えた。
その時、身体が急に冷たくなった。
黒い影がスッと身体から離れて目の前に現れた。
黒い影は俺たちから離れると、青いベンチに向かって移動し、腰を下ろした。
もしかして、電車を待っているのだろうか。
妹と顔を見合わせて、時刻表を確認してみたが、10分刻みで時間が書かれていた。
影は、もう俺たちに付いてこようとはしなかった。
俺と妹はそのあと、線路を歩いて帰った。
足の感覚が無くなるくらい歩き続けて、ようやく俺たちは、元の廃線されたホームに辿り着いた。
黄昏時と同じ、暗闇に沈みかけるオレンジ色が幻想的だった。
ポケットに入れていたスマートフォンは、同じ日付、同じ時刻を指しており、時間が経過していない事が分かる。
電車に乗って、明らかに何時間も向こうにいたのに、おかしい。
だが、それをおかしいと言うには、他のものが不可解過ぎて、俺たちは疑問を追求する気も起きなかった。
あれから現実で幽霊が出てくることはなくなり、無事、俺達は幽霊を送り返すことが出来たのだった。
991:たばた:22/09/01 03:29
お盆には本当に先祖が帰ってくるし、幽霊も見えないだけでいる。
親切心は必ずしも良い事になるとは限らないけど、いつか自分にも返ってくる。
それから、きさらぎ駅は実在した。
993 :名無しさん:22/09/01 03:30
もし席を譲ってなかったら、死んでた?
994 :名無しさん:22/09/01 03:30
993>>たぶん
995 :名無しさん:22/09/01 03:31
良い教訓だな
996 :たばた:22/09/01 03:31
995>>憑かれる原因となったから微妙だけど、この体験があって、行事の大切さとか、家族の有難みとかが分かった。
997 :名無しさん:22/09/01 03:31
生きてて何より
998 :名無しさん:22/09/01 03:31
一番のホラーは曾祖母
999 :たばた:22/09/01 03:32
998>>帰ってきて、曾祖母に話したけど、幽霊騒動は完全に忘れてて、今日の夕飯は何が良い?って聞かれた。
ちなみにまだ生きてる。
1000 :名無しさん:22/09/01 03:33
きさらぎ駅は、あなたの電車にも…
1001 :1001 :Over 1000 Thread
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きさらぎ駅 白雪ひめ @shirayuki_hime1212
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