とてもかわいらしいですよ

 次の日。部屋に運ばれてきた朝食、いや昼食――ゲーマーは夜型なのだ――を済ませると、幾人かのメイドがやってきた。旅立ちにあたって王宮から支給された品を届けてくれたらしい。


 昨日演習場で渡された包丁みたいなショートソード、冒険者然とした布の服、それにイリスの小さな手のひらよりふたまわりほど大きい小さな壺。何かの比喩ではなく、まるっきり壺なのだ。


「何これ?」


 渡された壺をまじまじと見つめながらメイドに聞くと、メイドのリーダーらしき人が目を伏せたまま答えてくれた。ちなみに、イリスとは一度も目を合わせていない。そういう風に教育されているのかもしれない。


「『冒険の壺』でございます。この中に当面の資金と食料、それに旅に必要なものを入れさせていただきました」

「へぇ……。四次元的なポケットみたいなもんか」


 そして説明されるままに壺に手を入れてみる。すると何かが手に収まったような感触があったので、そのまま壺から手を出した。


「なんじゃこりゃ……? 毛布?」

 イリスが掴んだ布をずるずると引っ張り出すと、壺の大きさには明らかにそぐわない大きさの毛布が出てきた。


 なるほどこういうことかと納得した。これならばショートソードしか装備できないイリスであっても持ち運べそうだ。


「勇者さま、お着替えを」

 どうやら、勇者は支給された服を着なければならないらしい。見た感じ普段着とほとんど変わらないような服でも加護が施してあるので雀の涙ほどではあるが防御効果を発揮するらしい。


 メイド達が服を脱がせようとしてくるので、庶民であるイリスは「自分でできるから」と断ったものの、メイド達は「そうせよと命じられておりますので」の一点張りで応じようとしない。やる、やらないの押し問答が何度か行われたが、やがて面倒くさくなってイリスが折れた。


「……………………」


 されるがまま服に袖を通しながらなんとはなく部屋の中の鏡を見た。

 そこに映っていたのは黒い髪に黒い瞳、さらさらの髪が肩より長く無造作に伸ばされている幼女。これが今の自分の姿であると認識した。


「十歳児相当ということです」

 昨日のカーンの言葉が思い出される。そこに映っているのは十歳児、幼女以外の何物でもない。


「あの、クソ神……」

 魔王を倒して欲しいと言ったくせに幼女の身体を与えたあの神を名乗る老人に対する悪態を口の中に放ったが、それは口の外に出ていくことはなかった。


「おお! よくお似合いです! とてもかわいらしいですよ」

 着替えが終わってメイド達が退出するのと入れ替わるようにカーンがやってきて心にもない言葉を放った。


 いや、カーンは思ったまま褒めているのかもしれない。イリスがそれを認められないだけで。


 何せ今のイリスは白いブラウスに水色の膝丈のスカート、黒いタイツと白い麦わら帽のコントラストがまぶしい、どこに出しても恥ずかしくないほど立派な幼女だったからだ。


「はぁ……。で? オレはこれから何をすればいい?」

 嫌みったらしくため息をついたが、カーンはそれを気にするそぶりは全くなく、携えていた紙束のうちの一枚を差し出し、その一点を指さした。


「まずはこの王都より北、国境の町カールトンに向かってください。その先の平原に魔王軍が集結しつつあるという情報が入っています」


 カーンが見せたのはこの国の地図だった。南北に長く、いくつか描かれている都市のイラストのうち、最も北にあるものを指さしていた。


「ここが今勇者様がおられる王都ルーシェス。街道沿いに二週間ほど馬を走らせると見えてくるはずです。イリス様には馬でなく馬車を用意しましたので、もう少しかかるかと思います」


 イリスは前日の乗馬テストでもあぶみに脚が届かないという至極まっとうな理由で使用不可判定を受けたことを思い出した。


「いやでも、馬車の運転なんて知らないけど。車の免許だって持ってないのに」

「そのあたりは抜かりありません。冒険の仲間として、馬車の運転ができる者を用立てております」


「冒険の仲間、ねぇ……」


 聞くところによると、勇者は冒険の仲間三人と旅に出る習わしになっているらしい。だからイリスの旅立ちにあたっても三人の仲間を用意したということだ。

 四人パーティーなんていかにもゲームっぽいが、あの神はゲームではないと言っていた。


 これからその三人との顔合わせがあるとのことだが、人見知りのイリスにはどうにも気が重い。


「さあ、準備は整っています。いざ冒険の旅へ」

 イリスのそんな心中を察することもなく、カーンはイリスを半ば引っ張り出すように控え室から連れ出していくのであった。

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