ファンタジーといえばやっぱり魔法だ!

「よーし、行くぞ……と、とととと。うわぁぁっ!」

「ふぎぎぎぎぎぎぎぎ……はぁ、はぁ……」

「んんんん――――っ! ぜぇ、ぜぇ」


 武器の適性検査は散々だった。片手剣は両手で持つのがやっとで振ろうとすると剣の重さに引っ張られてどこへ飛んでいくかわからなかった。両手剣はそもそも持ち上げることすらできなかった。弓も弦が固すぎて弓をつがえるに至らなかった。


「こちらではどうでしょうか?」

 そう言ってカーンが差し出したのは彼曰く、『ショートソード』。しかしどう見ても包丁だ。聞くところによると、王城にある武器のうち、最も軽いものらしい。


「……まあこれなら」

 釈然としない気持ちを抱きつつも、イリスはショートソードを受け取ってふんふんと振り回す。これが思わぬ攻撃力をもたらすということは――


 なかった。


 ガン。

 鈍い音と共にイリスは右腕を押さえてうずくまった。兵士が鍛錬で使用する木にロープを巻いた簡単な練習台に斬りかかったところ、ショートソードはロープに傷ひとつ付けることすらできず、逆にその反動はイリスにダメージを与え、ショートソードをその場に取り落としてうずくまってしまった。


「ま、まあ……魔法に特化した勇者様もおられますので。イリス様も魔法特化型なのかもしれません」


 カーンはうずくまるイリスの肩に手を当てて優しく声をかけた。それは事実なのかもしれなかったが、何の慰みにもならなかった。

 なぜなら、勇者とは剣も魔法も使えるものだと思うからだ。


 イリスはカーンに連れられて演習場の反対側へ移動した。そこでは残り数人となった勇者達が炎や氷、雷などの魔法を披露している。


「これだよこれ! ファンタジーといえばやっぱり魔法だ!」

 先ほどの不機嫌さはどこへやら、イリスのテンションはこの世界に来てから最大級に上がっていた。カーンのあとをスキップで魔法の演習場の方へと向かっていく。


「メラ!」

「ファイア!」

「アギ!」


 イリスの声がほとんど誰もいなくなった演習場に元気に響き渡る。


 魔法とは、この世界の大気中に豊富に存在する“マナ”と呼ばれる物質を取り込み、術者の魔力を燃料に術者のイマジネーションで発動させる現象である。


 わかりやすく自動車のエンジンに例えるなら、マナは空気中の酸素。これを取り込みガソリンに相当する魔力を混ぜ合わせてイマジネーションという火花で燃焼させて動力を得るということになる。


 魔法発動のトリガーは術者のイマジネーションに委ねられるため、魔法発動の際に声を出す必要は全くない。しかし、勇者達にとって馴染み深い魔法とはこれなので、だいたい皆似たようなかけ声になる。


「メラ! メラミ! メラゾーマ!」


 イリスが手をかざして呪文を唱えるが、手のひらからは炎はおろか、煙すら出てこない。イリスの顔が少しずつ険しくなってくる。


「くそっ、なんで出ない? 想像力が足りないのか?」

 イリスはゲームの中でキャラクター達が自在に操っていた派手な魔法の数々を思い出してみた。そして右手を目の前のマトに突き出し呪文を唱える。


「ファイア! ファイラ! ファイガ!」


 しかしやはり何も出ない。見かねたカーンが「得意属性があるかもしれませんね」と慰めなのかアドバイスなのかよくわからない発言をしてきたので、藁にもすがる気持ちで魔法を使ってみる。


「ヒャド! ヒャダルコ! ヒャダイン! マヒャド!」

「ブリザド! サンダー! フレア! メテオ! アルテ……げほげほっ……!」

 やたらめったら叫んだので咳き込んでしまった。


 結局、思いつく限りの魔法を唱えてみたが、発動することはただの一度もなく、結局喉を痛めるだけの結果に終わった。イリス以外勇者は誰もいなくなった夕暮れの演習場でカーンが哀れみの表情でただじっとこちらを見ているのがイリスの心をさらに抉った。

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