第3話 TORU令嬢と対決、そして勝つTARO令嬢


 ジョー・キン王子がTARO令嬢を見つけると、彼女は部屋の片隅に置かれたピアノに向かい、一心不乱に何かの曲を弾いていました。

 激しくも力強い曲に感心する王子でしたが、次の瞬間、衝撃を受けます。

 TARO令嬢が弾くピアノの音に併せて、真っ白なピアノの表面に無数の色が広がったのです。その色はやがてピアノから床や壁、天井へと広がっていきました。

「これは! この色彩は!?」

 衝撃に身をすくませる王子の足下まで色が広がってきた時、TARO令嬢は演奏を止めました。

「これこそTARO力・・・・・・世界に向かって意志を示す、行動を示すことで広がっていくもの。調和を破壊するものよ。それでもあなたは私に付いてくるの? ジョー・キン」

「なるほど。たしかにこの色彩はTORUの概念で調整されたこの宮殿の調和を破壊している。さっきの音楽も、そうだ。・・・・・・でも、僕はこれを美しいと思う」

 それに君も、と言おうとしたところで、TARO令嬢は立ち上がると、ジョー・キンへぐっと身を乗り出した。こぼれそう。

「そう! でも私はもっともっと、TAROの信念とともにこの世界を埋め尽くしていくわ。手助けがいるかも、ね?」

「そ、そうかい。なら僕は君を助けることにするよ」

 ジョー・キンは自分の前に差し出された、TARO令嬢の腕を取って、宮殿の出口へと案内します。

 広がる宮殿の通廊には様々な姿の鎧や、獣の顔を模した仮面や塑像が並んでいましたが、生き物の姿はまったくありません。

「誰もいないのね」

「ここはTORUが降臨した聖所へ通じているから普段は人が近づかないんだ。でもここから外に出るのが一番近いよ」

 歩く中、ジョー・キンは令嬢からTORU力の意味を聞くことができた。それは一瞬一瞬に自分の生命を燃やすように力を尽くして生きる、ということだと知りました。

 その概念が生む激しいエネルギーをTARO令嬢の全身から感じました。二の腕に当たる柔らかさ。

(これはTORUの示す、単純シンプルだが調和された不変な物を目指す概念とは真逆のものだ・・・・・・でも)


「TORUより」

「え?」

「TORUより、TAROの概念の方が僕は美しいと思う」

「あら、美しさに序列はないわ。単にそこにあるだけ」

 こともなげに言ってみせたTARO令嬢ですが、その時彼女は自分たちに迫る意志の接近を感じました。

 それはちょうど、二人が聖所の深奥とも呼べる一本の大樹の前に近づいた時です。

「止まって、ジョー・キン。誰かいるわ」

「でもここは王家に認められた者以外入ってこれないはず・・・・・・それこそTORUに溢れたものでないと」

「まさに、私はTORUに選ばれた者ですよ、王子」

 声の主は大樹の陰から音もなく現れ手二人の前に立ちました。その姿は緋色と白銀で色分けされた凹凸のないドレスに包まれていて、柔和な微笑みを浮かべた表情には得も言われぬ神々しさが発揮されていました。

 すらりとした美しさはまさにTORUの象徴です。彼女はTARO令嬢を闘志漲る目で見据えて言いました。

「私こそ、この世界の美と正義、調和を示すTORUの力を一心に受けたTORU令嬢です。さぁ、王子。本来あなたと結ばれるべき女は私なんですよ。そこのいかがわしい女のことは忘れて、私の手をお取りになって」

「断る。僕は一人の男として彼女に惚れたんだ。TORUとは違うけど、僕はこっちがいい」

「そんなの許されないわ!」

 TORU令嬢は平坦な身体の前で両腕を交差させる。するとその一点へ、聖所に漂っているTORUの力が集中するのがわかりました。

「消えなさい! TARO令嬢! この世界のために!」

「危ない!」

 ジョー・キンはTARO令嬢の前に立ち塞がって彼女を守ろうとします。が、TARO令嬢はそんな彼を押しやると、自分の前に両手を掲げて叫ぶ。

「TORU令嬢! 正義だの調和だの言ってる美の世界なんておもしろくも何ともないわ! 全部とっぱらった一人の女として勝負できないの?」

「お黙り! この世界ではTORUの美術概念がすべてなのよー!」

 叫びとともにTORU令嬢の腕から光線が発射される。

 果たしてこのままTARO令嬢は、TORU概念光線によって跡形もなく消え去ってしまうのか。

 だが、そうではなかった!

「美とは! 芸術とは! 世界とは! ば く は つ よ !」

 迫る光線に対してTARO令嬢の手のひらに、燃える太陽の紋様が刻まれた小像が現れました。

 その像から発散されるTARO概念の波とTORU概念が打ち消しあう、べらぼうな衝撃が空間を満たしました。

「おお、なんだこれは! これがTARO!」

 内蔵を打ち振るわせるような衝撃に、ジョー・キンは感動しました。

 一方、TORU令嬢は精魂尽き果て、がっくりとその場にうなだれてしまいました。

「はぁ、はぁ、そんな、TORU概念が・・・・・・ああ!」

 TORU令嬢は悲鳴を上げました。彼女が聖所に溜まっていたTORU力を消費し尽くしてしまったため、部屋を支える壁や柱、それに聳える大樹までもがバラバラと崩れ始めていました。

「TORUの力が失われてはもう終わりよ。この世界は崩壊して生まれ変わるわ。見てなさい、これがTARO!」

 TARO令嬢は小像を朽ち折れていく大樹に向かって投げました。すると小像はずんずんと巨大化し、大樹を飲み込んでいきました。

「そんなでたらめな!」

「いいえ! まだまだこれからよ!」

 巨大化した像、それは太陽をいただく巨大な塔として世界へTARO概念を発散させながら光り輝きます。

 三人の目の前で、TORU概念で調和された世界がどんどんと変化していくのが見えました。それはジョー・キンが最初見た、TARO力のそれと同じものでした。

 色彩が広がります。調和が壊れ、そこから炎のように燃え上がる生命力が叫びを上げていました。

 は、と気が付くと、三人はだだっ広い、緑の広がる公園のような場所に立っていました。そこには先ほどの巨大化した太陽の塔があり、一面を力強い色彩と造形で飾られた建造物や彫刻、それにその間で飛び跳ねている人々で賑わっているのでした。

「ああ、TORUの力が無くなってしまった・・・・・・」

 呆然として打ちのめされているTORU令嬢へ、TARO令嬢は近寄りました。

「・・・・・・TARO令嬢、さぞ楽しいでしょうね。こうして世界をひっくりかえして、でたらめな色と形で埋め尽くして、せっかく長い年月を掛けて成田「やかましいわー!」ぎゃー!」

 TARO令嬢は、手に残っていたTORU力を示す杖の欠片をTORU令嬢の胸へ突き刺していました。

「うだうだ文句いうくらいなら、あなたも精一杯自分の信念を掲げて挑戦しなさいよ! それとも何、あんたは既に出来上がってる秩序を維持することがTORU美術概念って奴だというの」

「うう、でも私ひとりだけじゃTORUを復活させることはできないわ、王子はこの世界に概念を普及させるための大切な「いいわけが多いわー!」ぎゃー!」

 TARO令嬢はTORU令嬢にサミングを決めて言いました。

「うだうだ条件付けているんじゃないわよ! そこでそうしていつまでもいじけているといいわ。じゃあね」

「ああ、待ってくれTARO令嬢! どこへいくんだい?」

「まだこの世界には爆発が足りないわ」

「爆発?! ・・・・・・ああ、あの、ばーってやつだね」

「そうよ。まだまだこの世界に爆発させていくわ」

 TARO令嬢の瞳は、やはり漲っていました。

 そしてジョー・キンには既に理解していました。世界には色々な理由で息詰まり、凝り固まっている人や物がある。それをTARO令嬢は爆発させるのだと言っているのです。

「僕も行くよ」

「どこかであなたを捨てるかもしれないわ」

「そんなことは問題じゃないよ。僕も全身全霊で爆発していくんだ。君のように・・・・・・」

 ジョー・キンの言葉に、TARO令嬢はじっと聞き入ると、やおら彼を抱きしめてキスしました。

 もっちり。

「・・・・・・わぁー!?」

「はははは。気に入った。ますます気に入ったわ。ジョー・キン、いいでしょ。あなたを連れて行ってあげる」

「ど、どこへ?」

「ははははは! そんなことは問題じゃないのよ!」

「そんなでたらめな!」

 あはははは、とTARO令嬢は笑いながら彼の腕を引っ張って行きました。

 ジョー・キンは困惑しながらも、そこに一抹の幸福を覚え、彼女の歩に併せて歩くのでした。

 

 TARO令嬢と元王子ジョー・キンがその後、どうなったのかは定かではありません。

 ただ、世界はそれ以前よりも、元気で、でたらめで、べらぼうな何かに変わったことは確かでしょう。

 ただ一人、TORU令嬢を除いては。

「おのれTARO令嬢ー! いつか、いつかリベンジしてやるんだからー!」

 

 おしまい。

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TARO令嬢 VS TORU令嬢 きばとり 紅 @kibatori

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