第2話 追放されるTARO令嬢

 名も無き娘は自分の手にTORU力を示す杖が落ちてきた時、不意に、勃然と、はっきりと思い出したのだ。

 彼女はこの世に生まれ出る以前、やはり名も無き芸術家であったことを。

 一人の、不世出の、雄々しき芸術の巨人、岡本太郎を心の師と仰ぐ一人の芸術家であった前世で彼女は、作品制作の最中の、朦朧たる意識によって招かれたトラック事故によりその生を終えた。

 だが、岡本太郎のようにたゆまぬ挑戦に明け暮れた無名芸術家の魂は、幸か不幸かTAROの化身に昇華し、このTORU力によって調和した、すなわち停滞した世界での転生を果たしていたのだ。

 まさに転生という自己の破壊の先に生まれたTARO令嬢は、その全身から発散されているTARO力によって生命力に漲っていた。爆乳。

「ジョー・キン王子! この世界はTORU力によって衰退しています。私はTAROの化身としてこの世界を破壊します!」

「な、なんだって!?」

 騒然とする会場と王子を前に宣言するTARO令嬢は、それまで着ていた地味なドレスをやおら脱ぎ捨てた。

 ゆさゆさと躍動する肉体を包むカラフルなドレス。それを身に纏うTARO令嬢の眼差しは鋭く力強い。ジョー・キン王子は射竦められる視線に胸がドキリと鳴った。

「ジョー・キン王子! いいえ、ジョー・キン! 王家などという秩序の中から新しい繁栄は生まれないわ。あなたがこの国、この地の人たちの幸福を望んで行動するのなら、今すぐ王子の地位を捨てなさい!」

「なにを言ってるんだ! そんなことできるわけないだろう! これ以上の暴言はTORUへの反逆と見なすぞ」

 狼狽しながらジョー・キンは反論しますが、その目は生命力溢れる魅力に満ちたTARO令嬢に釘付けだ。

 TARO令嬢は慄きながら罵声を浴びせる周囲を後目に、つかつかと王子へと歩み寄ります。

「わかるわ。ジョー・キン。TORU力によって栄えた国の中で、王子としての役割を全うする自分こそ求められていると思っているのね。でも違うわ」

「な、何が」

「私、王子でもなんでもない、ただのジョー・キンとなら婚約してもいいわ」

 ジョー・キンは胸を打たれました。彼は心のどこかで、自分が将来、国を率いる存在になるから周りが付いてきていると言うことに気づいていました。だからこそ、この場には将来の妃になれるかもしれないと期待する沢山の淑女が集まっていたのですから。

 しかしTARO令嬢は、そんなものがない、ただのジョー・キンがいいと言ってくれたのです。

「あなたが少しでも、王子じゃない自分が欲しい、好きになりたいと思ったなら、今この場で言ってちょうだい」

「・・・・・・ぼ、僕は、王子としてずっと大事にされてきた。多分、これからも。・・・・・・でも、ずっと、死ぬまでそうなのかもしれないと思うと・・・・・・ただの、ジョー・キンになれないのかと思うと・・・・・・苦しくなってしまう。そうさ、僕はただのジョー・キンになりたかった」

「なれるわよ。いまからでも」

「この国のみんなはどうなる?」

「そんなものはどうでもいいのよ! 今、無条件にあなたは生きていいの! 精一杯、力一杯になれるように生きるの!」

「・・・・・・そうか、それでいいのか! それがTAROなんだね!」

 目を見開いたジョー・キン王子、いえ、ただのジョー・キンの瞳には、TARO令嬢と同様の激しい生命の輝きがみなぎっています。彼はその場にいるすべての人に聞こえるように言いました。

「皆、聞いてくれ! 僕はこのTARO令嬢を王国から追放する!」

 驚く声があがる中で、TARO令嬢はまんじりともしません。腕を組んで、胸にできた山の向こうからじっと耳を傾けています。

「そして、僕は王子をやめてこの国を出て行く! 彼女について行くことに決めた!」

 驚きの声が悲鳴に変わりました。

「そんな! どうしてそんな下品な女に!」

「考えを改めて下さい!」

「うるさい! 僕はもう決めたんだ! 行こう、TARO令嬢」

 と、振り返ると、TARO令嬢はわき目もふらずすたすたとその場から去っていきました。

「ああ! 待ってくれよー!」

 ジョー・キンが彼女の背中を追いかけて出て行くのを、周りの人間たちは止めることもできず眺めるだけでした。

 ただ、そうして悲しみと嘆きに沈んでいる娘たちの中で一人、静かな闘志を秘めた娘が二人を睨みつけています。

「許さないわ。TARO令嬢・・・・・・」

 彼女は真のTORU令嬢と覚醒した名も無き娘でした。

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