006



着なれたリクルートスーツに袖を通し、派遣会社の営業担当に連れられてやってきた会社のビルを前にして、私は開いた口が塞がらないでいた。


「あ、あの、ここですか?」


「そうですよ。あれ?事前に会社名お伝えしましたよね?」


「は、はい」


都内一等地に悠々とそびえ立つ高層ビル。

ここが私の働く場所、株式会社塚本屋。


結局、就活に疲れきった私は、夏菜から提示された案件に泣きついた。


いや、正確には親に散々罵られたから……が一番の理由かもしれない。


――お姉ちゃんは立派に働いているのに、本当に情けない

――大学も中途半端なレベルだもの、お姉ちゃんみたいにはいかないわよねぇ?


昔から、なんでも器用にこなす姉と比べられてきた。

「お姉ちゃんはできるのに」

「お姉ちゃんはすごい」

「千咲はできないの?」


私も、姉のことはそれなりに尊敬している。本当にそつなく何でもできてしまうし、私なんか足元にも及ばないことはわかっているのだ。


だけどそれを両親から責められるのは何だか納得いかない。特別に虐げられているわけじゃないけど、両親の何気ない一言がグサグサと私の心を刺していく。


私だって本当はお姉ちゃんみたいにそつなく何でもこなしたいよ。そうやって生きていきたいと思っているけど、どうしても上手くいかないのだ。


私はブンブンと頭を振る。

今はそんなことを考えている場合ではない。


これから副社長、一成さんの元へ行くのだから。

平常心、平常心。

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