005

その数日後のこと。


夏菜からの電話を受けた私は、意味がわからなくて目をぱちくりさせた。


「……は?」


「だから、うちの会社で働かない?」


「ちょ、ちょっと待って。うちの会社って、どこのことを言ってる?」


「うちの父が経営してる会社」


「えっ、ええ~!」


「この前、雇ってって言ってたじゃない」


「言ってたけど、まさかそんな本当に話がくるなんて……」


信じられない。だって冗談で言ったし(いや、半分本気だったけど)、夏菜だって呆れてたのに。


夏菜ったら、そっけないふりして聞いてくれたんだ……。

なんて感動していると、「でも……」と歯切れの悪い答えが返ってくる。


「父の会社だけど、働くのはお兄の秘書ね」


「お、お兄さん?!」


「そう、この話を持ってきたのはお兄だから」


とたんに、心臓がドッドッと悲鳴を上げた。


夏菜のお兄さんである一成さんには、高校生のときに告白して玉砕している。そんないわく付きの一成さんの元で働くだなんて。


「いやぁ、ダメ元で、千咲働かせてくれない?って聞いたらさ、ちょうど秘書が辞めたばっかりで困ってるって言うからさぁ」


「ひ、秘書?!」


「千咲、秘書検定持ってたでしょ?」


「いや、うん、持ってるけど、でも二級だよ?」


「いいんじゃない?」


「い、いやいやいや……」


「そうよね、うちのお兄の下では働きたくないよね。それは非常によくわかる。あんな無愛想なやつ、そうそういないもの」


「いや、そういう意味じゃなくてっ……」


「うん?」


「一成さんって管理職なの?」


「管理職?」


「だって、一成さんの秘書なんだよね?」


一成さんは私より五歳上だから今は二十七歳だと思うんだけど、そんな歳で秘書を付けるって一体どんな仕事をしているのだろう。


ぐるぐると想像を巡らせていると、夏菜はあっけらかんと言った。


「お兄は副社長だよ」


「……意味わかんない」


私の呟きに、夏菜は「だよねー」と可笑しそうに同意した。その同意が、私と同じ気持ちだったとはとうてい思えないけど。

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