第2話 伊都岐島へ
歌は降下してきたイオノクラフトにより中断させられた。十人乗りの小型機だ。バイオ樹脂で作られた機体はイオン揚羽と同じ青紫色をしている。機体全てがバッテリーなのだ。
屋上に着陸したイオノクラフトの扉が開き、中からの声で搭乗を促された。
搭乗した俺を調査隊のメンバーが立ち上がって出迎えた。大柄な男性が一歩前に出る。
「伊都岐ステーションリモート管理センターの三沢さんですね。調査隊へのご参加ありがとうございます。私は隊長を務める村松です。政府の危機管理官をしています」
危機管理官がどんな役職が知らないが、真っすぐに伸びた背筋から現場の最前線に立つ人のように感じられた。
「メンバーを紹介します。大野さんと宮内さんはご存知ですよね」
大野主任と宮内さんは管理センターの同僚で、俺と同じように調査隊のメンバーに選ばれたのだ。大野主任はひょいと手を上げ、宮内さんははにかむように微笑んできた。
「佐々木教授はバイオ工学の工学博士、結城さんは情報アナリストです」
瘦身の男性が片方の眉をぴくりと上げ、訝しげに俺を見た。その横の小太りな男性は右手を耳の通信端末に当て、頷く様に会釈してきた。
「こちらの佐倉さんは生物学の
長髪の女性は二本の指を伸ばして右手を上げた。何故か目を瞬かせている。
「遠藤さんはメカトロニックエンジニアです。今は操縦をしてもらっています」
操縦席の短髪の男性がこちらに振り向いて片手を上げた。
「三沢さんを含めこの八名で調査隊を結成します」
予想より少人数の構成だった。少数精鋭と言う事なのだろうか。
「三沢です。よろしくお願いします。そしてこれは……」
バックパックを下ろし、開口部を広げて前に差し出した。
「鉄甲ムカデのザワワです。一緒に暮らしています」
誰かが小さな悲鳴を上げた。メンバーの多くが不快そうな目を向ける中、ドクター佐倉が目を輝かせて近づいて来た。
「その子は成体なの?」
「まだ若い個体です」
彼女はザワワの前にしゃがみこんだ。
「綺麗な目をしているわ」
「そうでしょ」
「どうして一緒に暮らしているの?」
ザワワを見つめたまま聞いてくる。
「一緒に生まれた多くの個体の中で、こいつだけはリングでの同調行進ができなかったんです。ステーションに入れる訳にはいかなかったので、俺が引き取って育てています」
「ふうん」
彼女は立ち上がって俺に視線を向けた。
「少しばかり変わっているようね」
「それでも……」
「興味深いね」
声をかけてきたのはバイオ工学博士の佐々木教授だった。
「遺伝子改造生物が設計外の行動を取るとはね。機会があれば研究対象にしたいところだよ」
答えかねていると村松隊長が割り込んで来た。
「すぐに出発したい。その鉄甲ムカデは人を咬んだりはしないのかね?」
「もちろんです。同じ部屋で暮らしてきて危害を加えられた事はありません」
「それでは連れて行こう。君に管理してもらうが、危険と判断したらサンプル移送用のケージにいれる事でいいかね?」
「はい」
「では、出発だ。遠藤さん、頼む」
イオノクラフトは浮上し、伊都岐ステーションに向け進路をとった。
洋梨形のキャビンの壁沿いに内側に向けて座席が設置されていた。着席した隊員に村松隊長が話し始める。
「今回の調査について説明します。まず∞ステーションの構造から」
村松隊長は手首の通信端末から中空に立体映像を投射した。∞ステーションの模式図だ。
「∞ステーションは上層下層の二層の円筒形の部分とそれを取り巻く外縁リングで構成されます。その形はハンバーガーにたとえられます。直径は八キロメートルもあるのですがね。
原動力となるのは、融合ユーグリナ、鉄甲ムカデ、ゴリアテの三種類の遺伝子改造生物です。融合ユーグリナは、本来、単細胞生物であるユーグレナに数百万個単位で合体する能力と細胞間を結ぶ疑似血管を持たせて直径十センチほどの融合体にしたもの、鉄甲ムカデはオオムカデを大型化し、摂取した鉄イオンを胴節に積層析出する能力、体が分断されても再生復元する組織再成力、群れの行動への同調性質を持たせたもの、ゴリアテはゴライアスガエルを体長一メートルほどに大型化したものです。
さて、∞ステーションの構造です。上層は融合ユーグリナの培養槽です。日光を受けて融合ユーグリナが増殖し、容量を超えた部分がはみ出して外縁リングにこぼれ落ちます。外縁リングは中空で内側に螺旋状の溝が作ってあります。ここに無数の鉄甲ムカデが封じ込まれ、餌である融合ユーグリナを求めて動くのですが、螺旋と行動同調により螺旋に沿った一体的な高速行進になります。外縁リングには螺旋に沿って磁心が設置してあり、胴節に鉄層を持つ無数の鉄甲ムカデが高速移動する事で電磁誘導により発電されます。下層は食料素材の生産エリアです。ここにはゴリアテが生息し、外縁リングから流れてきた食べ残しの融合ユーグリナや行進から外れて落ちてきた鉄甲ムカデを餌として繁殖します。そこから一定数をAI制御の収穫マシンにより食料素材として回収するのです。
そして今回の事態です。三日前、地球上に百一基ある∞ステーション全てが停止しました。各∞ステーションで調査が行われましたが、原因はわかっていません。我々は伊都岐ステーションへ調査に向かいます」
「わかっていないと言うが、」
大野主任が口をはさんだ。
「これまで様々な調査が行われたはずだ。結果はどうだったんだ?」
いらだった表情で村松隊長に詰め寄る。
「調査隊が誰一人帰ってこないのです」
村松隊長は淡々と答えた。
「複数の∞ステーションで調査が行われました。機能は停止していましたが、外壁や食料素材の送出設備に異常は無かったそうです。調査隊は下層の送出口から中へ入って行き、消息を絶ちました」
「え?」
「後から送り込まれた捜索隊も同じ結果になりました。ですので、今回の調査では、手掛かりを発見し持ち帰る事が最大のミッションと考えています。念のため、身を守る武器も持って来ました」
「いったい中で何が……」
「ひとつだけ情報があります。結城さん、お願いします」
「はい」
情報アナリストの結城さんが説明を引き継いだ。
「これをご覧ください」
中空にオシログラフが現れた。不規則な脈動を表示している。
「∞ステーションから送電される電流に現れたノイズです。鉄甲ムカデの同調行進で発電される電流は均一で、これまでこうしたものは現れませんでした。十日ほど前からいくつかの∞ステーションからの送電にこのノイズが現れ、徐々に数を増やしていきました。全ての∞ステーションに広がった次の日、あの一斉停止が起こったのです。ノイズを音に変換するとこんな感じです」
ザッザッザザザ
耳障りな音が右耳の通信端末から流れた。
「あたし、これを聞いた事があります」
宮内さんが声を上げた。
「発電電力を周波モニタリングしていた時に何度か聞きました。確か、二週間くらい前だったと思います」
「だとすれば、伊都岐ステーションは最も早くノイズが現れた∞ステーションのひとつという事ですね」
「でも、これは何なのかしら」
「わかりません。仮説として唱えられているのは、外縁リングを周回する無数の鉄甲ムカデそれぞれが持つ電位が集合する事によってひとつの意思が形成されているのでないかというものです」
「意思?」
「私たち人間の意識は脳内のニューロンを流れる電気信号の集合です。同じ事が外縁リングで起こったのでないかと」
「興味深い仮説だ。でも、それが全ての∞ステーションで起こったのはどういう事だね?」
問いかけたのは佐々木教授だ。
「仮説では、最初に生まれた意思が送電ネットワークを通じて他の∞ステーションの外縁リングと共鳴し、自我領域を広げていったのでないかとしています」
「だとしたら、我々のこの会話もそこの鉄甲ムカデ君を通じて共鳴自我とやらに筒抜けという事かな」
全員の視線が、俺の席の横に置かれたバックパックから頭節を出しているザワワに向けられた。
「単体はいわば脳細胞一つですので、そうした共鳴は不可能と思います」
「ふむ、なら安心だな」
「結城さんの話はひとつの仮説にすぎません。伊都岐ステーションで実際の現場を見るのが一番重要です」
村松隊長が討議を締めくくった。
伊都岐ステーションは瀬戸内海の伊都岐島に設置されている。イオノクラフトは海上に出て、あちこちに島が散らばる穏やかな海の上を飛翔していった。一時間ほどで伊都岐島に接近し、島全体を覆う∞ステーションが見えてきた。隊員はみな立ち上がり、展望窓越しに島に目を凝らす。しかし……
「話が違うじゃない」
宮内さんが呟く。
巨大な天蓋は透明素材とフラクタルな形状の枠組みで構成され、その周囲を外縁リングが取り囲んでいる。下層の壁面は半透明の素材で作られているのだが、送出設備の近くの壁面がめくり上げるように壊れ、大きな穴が開いている。
「設備は無傷のはずじゃなかったんですか?」
「ここは状況が違うようですね。念のため少し離れた場所に着陸し、歩いて現場に向かいましょう」
村松隊長は外壁の穴を睨みつけた。
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