ザワワ蠢動する

oxygendes

第1話 旅立ち

 旅立ちの朝、ニュースは世界の破滅のカウントダウンを喧伝していた。


「世界の破滅を食い止める手段はまだ見つかっておりません。このままでは、七日後に世界は破滅を迎えます」


俺はディスプレイを横目で見ながら、冷凍庫から朝食パウチを取り出し加温機に入れた。ボウルに水を張って乾燥ユーグレナボールを二つ入れ、テーブルの前の椅子に腰を下ろす。


「地球上の全てのインフィニティステーションが停止し、電力と食料素材の生産が絶えてから今日で三日になります。蓄電された電気が底をつけば、生活に必要な電気の供給が途絶えます。食料の生産や保存もできなくなります。蓄電残量はあと六日分、私たちの生存基盤は七日後に消滅してしまうのです」


 エネルギーと食料素材のインフィニティシステムへの全面依存は数十年続いてきた。突然のシステム停止により世界はあっけなく崩壊しようとしている。


「懸命の調査が行われていますが、システム停止の原因は未だ不明のままで再稼働の見通しは立っていません。本日、これまで未調査だった伊都岐いつきステーションの調査が行われます。その結果に期待がかかります」


 そして、俺の所までお鉢が回ってきた訳だ。電気が無くなれば生活を支える全てのインフラが使えなくなる。どう暮らしていけばいいのか見当もつかなかった。何としてもシステムを再稼働させなければならない。


 適温になった朝食をテーブルに置き、水を吸ったユーグレナボールを握って部屋を見回す。天井の隅にザワワが張り付いていたので声をかける。

「おはよう。ご飯だぞ」

足元にユーグレナボールを置くと、ザワワは這い寄ってきてかぶりついた。ザワワは遺伝子改造生物、鉄甲ムカデだ。全長は八十センチほど、多数の胴節と百対の歩脚を持ち、外殻には純鉄が積層析出している。本来は∞システムの一部になるべき生物だったが不具合があったため、俺が引き取って育てている。


「お前の兄弟たちは相変わらず不調のようだ」

 ザワワは俺の声に一瞬動きを止めたが、すぐに食事を再開した。自分も朝食を頬張りながらザワワに訊く。

「俺は今日調査に出かける。調査隊のメンバーに選ばれたんだ。お前はどうする? 一緒に来るか? 」

 ザワワは体の両側に並ぶ歩脚をざわざわと動かした。俺はそれをイエスと解釈する事にした。調査は何日かかるかわからない。部屋に置いていって、飢え死にさせる訳にはいかなかった。


 強化繊維製の野外活動服に着替え、右耳と手首に通信端末を装着、バッテリーをポケットに入れた。バックパックに三日分の糧食パウチを詰めた後、ザワワをどう運ぶかを考える。これまでザワワを外に連れ出した事はなかった。

「ザワワ、お前、バックパックの中でいいか?」

 ザワワは体の前半分を床から上げ、歩脚をざわざわと動かした。俺はバックパックから糧食パウチの半分を取り出した。かがみこんでザワワを抱えバックパックに入れる。頭節が開口部からはみ出す形になったが、この方が呼吸も楽そうなのでいい事にした。


 バックパックを背負い、高速エレベーターでピックアップ地点の住居棟屋上に向かう。エレベーターの扉を開けると青空が広がっていた。屋上に設えられた庭園を抜けて展望デッキに出る。周囲に立ち並ぶビル群やその間の高速交通帯に混乱や破滅を感じさせるものはなかった。世界が同時に滅びるのなら、どこかへ逃げても無意味という事なのだろう。


 上空に青紫の輝きが見えた。イオン揚羽あげはだ。通信端末から召喚音を出して呼び寄せる。イオン揚羽は滑空して近づいて来た。翅の差し渡しは1メートル程、これも遺伝子改造生物で、鱗粉に帯電させ小規模な電力配送に使われる。イオン揚羽は差し上げた俺の右手に留まり、六本の足から手首の端子を通じてバッテリーにチャージが行われた。チャージが終わると、イオン揚羽はそよ風を受けてふわりと浮き上がり、ゆっくりと羽ばたきながら空へ昇って行った。

 背中を引っ張られた感覚に首を巡らすと、ザワワがバックパックから体を乗り出して上空のイオン揚羽を見上げていた。初めて見たものへの好奇心か、美しい姿に見とれているのか、ザワワを見ていて小さい頃に教わった歌を思い出した。小さく口ずさむ。


『百足の娘がざわざわわ 叶わぬ恋にざわざわわ

百の手足でざわざわわ お百度参りをざわざわわ』


 ザワワが頭節をかしげて俺を見た。

「ばあちゃんに教わったわらべ唄さ。お前の名前もここから来ているんだぜ」


 『百の鳥居にざわざわわ

仲間の百足もざわざわわ 百匹一緒にざわざわわ』

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