第4話:わかりにくい愛の結末

 皇太子妃を迎えたいと、バカ正直にツィートリアに伝えることはできなかったでしょう。

 戦争をパメライデス優位に終結させながら、弱みを見せることになりますから。

 つまり皇太子としての立場の危うさとパメライデス国内の綻びをツィートリアに晒してしまう。

 同時にパメライデス国内では、ツィートリアに媚を売る姿勢が責められるに違いありません。


 美姫を差し出せという、一見傍若無人にも見える条件は、その意図を正確に読み取ることのできるパートナーを探しているとのメッセージに違いありません。


「もし目的に合致しない御令嬢がドナドナされてきたら、どうされるつもりだったんですか?」

「そりゃもちろん笑い者になってもらったさ。敗戦国ツィートリアからやって来た哀れな道化として、国民の鬱憤を晴らす材料にしたろうな」

「ひどい人」

「褒め言葉かな? オレは少しでも支持を得なければならんのでね。見世物しか務まらないならば、その役を振るのは当然だ」

「私は合格ですか?」

「さてどうかな?」


 意地悪ですね。

 急に表情の引き締まるハバネロ様。


「……二人の王女のどちらかを送り込んできたら、妃として迎え入れようと思ってたんだ」

「そうでしょうね。ツィートリアでも当然それは検討されておりました。しかし王女殿下がいなくなると、ツィートリア国内がまとまらなくなりそうなんですよ」

「……うむ」


 二人の王女殿下は美しく聡明な方です。

 御自分の役割を理解されているはずです。

 おそらくは年回りの合う侯爵令息と辺境伯令息に嫁ぎ、勢力バランスを王家側に傾けて国内の結束を高めることでしょう。


 ……ハバネロ様は、現段階でツィートリアの国力が落ちることを望んでいないに違いありません。

 何故なら自分のバックとしてある程度の存在感が欲しいから。


「公爵令嬢では重みが足りないと思ったのは事実なんだ」

「それは実は……私もなのです」

「ところが君はドナドナ令嬢として、ツィートリア国民の同情を一身に集めてきたろう?」

「計算外でした」

「おまけに勇将クレイグ・ヘイワードを引き連れてきた」

「それも計算外でした」

「ではシンシア嬢は運がいいんだな。オレはその運を……」


 あれ、そこで切るセンテンスじゃないでしょう?

 ハバネロ様どこを見てらっしゃるんです?

 私の後ろのアン?


「侍女、直答を許す。何が言いたい?」

「もうお二人はくっついてしまえばいいと思いますよ」

「「な?」」


 まさかの直球!

 アン、あなた何を?


「シンシア様は英雄皇子にお会いするのをとっても楽しみにしていたんですよ。そして今も楽しそうです」

「何故わかる?」

「シンシア様は話がつまらないと、さりげなく切り上げてしまいますから。ムダなことはしたくないそうで」

「ほう?」


 アン! ああ、アン!

 どうしてバラすの!

 恥ずかしいではないですか!


「殿下。シンシア様が度胸・胆力・ずうずうしさにおいてツィートリア最高の貴族令嬢であることは、近侍するこの私が保証いたしますよ」

「もっと他に褒めるところがあるでしょう!」

「ふむ、似た者主従であることは理解した」

「いえいえ、私には野盗に襲われながら鼻ちょうちんを膨らませるほどのふてぶてしさはありません」

「アン!」


 もう、何なの?

 ハバネロ様はハバネロ様で御機嫌のようですし。

 私としては自分が道化になるような展開はごめんなのですが。


「気に入った。シンシア嬢、オレの妃となってくれ」

「喜んでお受けいたします」


 思いの外、素直に言葉が出てきたことに私自身が驚きました。

 私はこの『暴君』と呼ばれた男に魅かれているのだ。

 自分の気持ちを反芻して理解するとともに、顔が赤くなるのを感じます。


「ハハハ、存外シンシア嬢も可愛いところがあるな」

「シンシア様はツィートリア一可愛らしいですよ」

「もう知りません!」

「バルにはしばらく滞在する。ゆるりと愛を深めようではないか」


          ◇


 一年後、ハバネロ・スコヴィル・パメライデスとシンシア・ロットパトリックは結婚する。

 披露宴にはツィートリアから驚くほど多くの王侯貴族が参列し、パメライデス国民を驚かせた。

 皇太子に軸足を移し、誼を通じようとするパメライデス貴族が増えたのはこの時からだ。


 三年後、皇帝崩御に伴いハバネロは皇位を継承し、ジョロキア第二皇子とリーパー第三皇子並びに彼らに与する貴族を大量粛清する。

 人々が『暴君』の異名を思い出した瞬間であった。

 しかしハバネロの果断な措置とシンシア新皇妃の要請によるツィートリア軍の介入により、混乱は最小限に抑えられた。


 五年後、後にハバネロ自身がラッキーだったと話す出来事が起こる。

 隣国ダルメシアの大貴族が帰属を申し出てきたのだ。

 ハバネロはこれを奇貨として、ダルメシア国全体をパメライデス連邦帝国に併合することに成功した。

 ハバネロ征服帝の進撃が始まる。


 二〇年後、ハバネロ征服帝はツィートリアを除くローリング大陸の全てを傘下に収めた。

 ツィートリアをも滅ぼした方が後顧の憂いがないとの進言も多かったが、ハバネロが聞き入れることはなかった。

 友邦であり、妃の故国だからというのがその理由であった。


          ◇


「シンシア」

「何ですか? あなた」

「次代のパメライデス皇帝は誰にすべきだと思う?」


 ハバネロとシンシアは二男一女に恵まれた。


「あらあら、色気のない話ですのね」

「許せ」

「パメラがよろしいと思いますわ」


 シンシアの挙げた一六歳の長女の名にハバネロも頷く。


「やはりそなたもそう思うか。パメラはそなたによく似ておる」


 シンシアは苦笑する。

 パメラはハバネロにこそ似ていると思っていたからだ。

 パメラはハバネロの決断力とシンシアの柔軟性を併せ持つ皇女だった。


「……すまんな」

「何がですの?」

「どうも甘い雰囲気というのが苦手なのだ」

「うふふ。あなたにも苦手なことがあるんですのね」

「茶化すな。その口を塞ぐぞ」

「……私は強引なのは苦手かもしれません。嫌いじゃないですけど」

「いつまでもそなたは可愛いな」


 ハバネロはシンシアをゆっくりと抱き寄せた。


 一年後、二人の間に年の離れた次女が生まれる。

 両親からも兄姉からも溺愛された彼女は、後にツィートリアに嫁ぎ、ローリング大陸の平和統一の架け橋となった。


 ハバネロ帝と皇妃シンシアが甘々だったことを知る数少ない人物の一人、皇妃付き筆頭侍女アンは言う。


「お二人は小難しいことを話していてもラブラブなんですよ。爆発すればいいと思います」


 また連邦帝国の守護神と称えられたクレイグ・ヘイワード終身元帥は語る。


「陛下と皇妃様が仲違いされたら、どちらに味方するかですか? はてさて、考えたくもないことで。万が一にもないことですから、想像するのは楽しいのかもしれませんな」


 後の史書はこう記す。


『ハバネロ征服帝とその妃シンシアは究極の政略結婚であった。しかし最高の恋愛結婚であったこともまた事実なのだ。『不朽の愛』を意味するパメライデス、その皇帝夫妻に相応しいとも言える。二人は寿命で分かたれるまで仲睦まじく賢明であり、恩恵はローリング大陸全土に長く及んだ』と。




 ――――――――――おしまい。

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