おまけ
――――――――――侍女アン視点。
故国の名『ツィートリア』とは、春先に花を咲かせる木の名前です。
シンシア様は鼻炎の原因になると嫌っておりましたが。
鼻炎回避がパメライデスに輿入れする一つの理由になったものですから、何が起こるかわからないものです。
ハバネロ殿下が陛下となられて一年になります。
先帝陛下が崩御され、二人の弟殿下のクーデター未遂事件が相次いで起こるなど、まさに激動の一年でしたが、終わってみれば早かったというのが正直な感想です。
妊娠中のシンシア様を獅子奮迅の武勇で守護し通したクレイグ様は、中将に二階級特進されました。
今後はプリンセスガードを離れ、国軍に身を置くそうです。
寂しくなりますねえ。
「アン殿」
「あらクレイグ様、いらっしゃいませ」
クレイグ様が緊張気味のお顔をしていらっしゃいます。
職場が変わるため挨拶にまいられたのでしょう。
「シンシア様と両殿下は恙ないか?」
「シンシア様も双子ちゃんも元気ですよ」
「それは重畳」
シンシア様は双子の皇子を御出産されました。
二人の弟殿下が処刑され、皇位継承権を持つ者が一人もいなくなった直後の朗報に、パメライデス・ツィートリア両国で大変に祝福されました。
「シンシア様に会っていかれますか」
「ハハッ、ハバネロ陛下とシンシア様の子だろう? やんちゃの二乗で大忙しに違いない。遠慮しておこう」
双子ちゃんがやんちゃで目を離せないというのは当たっています。
でもシンシア様と双子ちゃんを溺愛する陛下が、子育て担当の乳母と女官を大増員してくださいましたので、全然大変ではないんですけどね。
「アン殿」
「はい」
クレイグ様どうしたんだろう?
難しい顔をされていますね。
「……これはまだ機密なのだが、遠くない未来にハバネロ様は大陸征服に乗り出すらしい」
「まあ」
「私の中将昇進も、前線指揮官として働けというお考えのようだ」
「……」
クレイグ様が危険な戦線に……。
いえ、プリンセスガードも危険でしたが。
「御心配召されるな。シンシア様の護衛には信頼できる者を残しておきますからな」
「そうではないのです。クレイグ様が心配なのです」
つい、声に出てしまいました。
だってずっと私達を守って下さった偉大な騎士様ですから。
「あー、それについてだが」
困ったような顔をするクレイグ様。
「ハバネロ陛下が、私も結婚しておけと言うのだ」
「はい、私はクレイグ様が大好きです!」
「えっ?」
「結婚してください!」
絶妙のタイミングで言った。
私偉い。
クレイグ様のことは、野盗の格好で現れた時からずっと気になっておりました。
プリンセスガードの制服に身を包んでからはずっとときめいておりました。
そしてずっとシンシア様にからかわれてもおりました。
告白しないの、と。
困惑気味のクレイグ様。
「よ、よいのか?」
「もちろんですとも!」
「ありがとう」
クレイグ様の大きな両腕に抱きしめられる。
「一生幸せにすると誓おう」
「あら、私こそクレイグ様を幸せにいたしますわ」
だって私はこの四年間幸せだったもの。
クレイグ様が守って下さった幸せだもの。
「あらあら、仲が良いこと」
「「シンシア様!」」
見られていた。
こんな時ばかり間が悪いんですから!
「おめでとう。クレイグ、アン」
「ありがとうございます」
「子作りは早めの方がいいわ」
「「は?」」
唐突に何なの?
至極真面目な顔で言うシンシア様。
「子を授かるか授からないかは神様の思し召しだわ。でも努力はしなければならないでしょう?」
「それはそうですね」
知ってた。
私の主人はリアリストです。
「期待しておりますわ」
クスクスと笑いながら去るシンシア様を見送った後、不意にクレイグ様と目が合い、慌てて顔を伏せるのでした。
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