おまけその2
僕の名はアレクシス・テルフォード。
ツィートリアの第三王子だ。
現在、パメライデス連邦帝国へ至る街道の途上にある。
「その昔、絶世の美姫と呼ばれたシンシア様は『ドナドナ令嬢』と呼ばれ、虜囚同然にパメライデスに引かれていったそうだが」
「ややオーバーですが、実態はそうでしたな。殿下はよく御存知ですね」
この護衛騎士の隊長は、今や世界最大の帝国であるパメライデスの皇妃であるシンシア様が彼の国へ行く際、護衛騎士として同行したのだそうだ。
「当時パメライデスは敵国で、何を考えているのかなど全然わからなかったのです。でありながらその美貌でハバネロ陛下の愛を勝ち取ったシンシア様はすごい、と言われていました」
そういった風説がまことしやかに流れているのは知っている。
しかし事実は風説ほどロマンチックなものではないらしい。
「要するにハバネロ帝が、後見としてのツィートリアを求めたということなのだろう?」
「学者どもの見解はそうですな。シンシア様がそのように動き、ハバネロ陛下の躍進とパメライデスの覇権に繋がったのは疑いようのないことです」
「うん、僕もこの三〇年のパメライデスの歩みはよく調べた。……我が国ツィートリアのことも」
「は」
護衛隊長はあえて何も言わないようだ。
三〇年前、ツィートリアの国力はパメライデスに勝っていたか、少なくとも互角だった。
その後両国の間に戦争が起き、ハバネロ帝が即位した時点の国力を比較しても同様だと思う。
何故、どこで差がついたのか?
ツィートリアの王子として忸怩たる思いがある。
「ハバネロ帝の治世初期には確かにツィートリアの影響力は大きかった。しかし『栄光の覇道』では全く存在感がなかっただろう?」
「仰せの通り」
『栄光の覇道』とはダルメシア併合に端を発する、ハバネロ帝によるローリング大陸の征服過程のことだ。
一五年という短期間で二〇にも及ぶ国々を歴史上の存在にしてしまったことには、正直驚きを禁じ得ない。
ツィートリアはその間何をしていたのか?
シンシア様が嫁がれて以来親パメライデスであったが、その急激な拡張を脅威に感じる者が出始めた。
王家は方針を一本化できなかった。
「バカげた話だ。パメライデスの遠征を支援するか、さもなくば西方諸国と組んでパメライデスに反旗を翻すか。選択肢などその二つしかなかったではないか。内部で分裂するなど、愚の骨頂だ!」
「ハハハ、その通りでありますな」
ツィートリアは瓦解しかけた。
すかさず反パメライデス派にシンシア様の切り崩し工作が入り、ツィートリア王家は親パメライデス派を軸に何とか求心力を取り戻した。
「美貌ほど知られておりませんが、シンシア様は相当な才女でございましたから」
「才女と言っても……」
程度があるだろう。
仮に調略を行うだけの才能があったとしても、実行するにはハバネロ帝からそれだけの信頼を勝ち得ていなければならない。
ハバネロ帝とシンシア様は政略結婚だったのだろう?
どうして旧敵国出身の皇妃にそれほどの信頼が?
「シンシア様は自ら望んでパメライデスに赴いたという、かなり信頼できる話があるのです」
「何? 初耳だ」
いや、シンシア様が自らとハバネロ帝の才を正しく把握していればあり得る、のか?
ハバネロ帝の将来性を買って、自分と勇将クレイグ・ヘイワードを売り込んだ?
となるとその後の展開も納得できないことはないが。
「ハバネロ帝とシンシア様の関係は、君主と臣下に近いのか?」
「さあ、どうでしょうな。ハバネロ陛下はシンシア様を大層愛されているそうではないですか」
「ただの噂ではないか」
「側室を置いておらず、つい先日年齢の離れた次女殿下がお生まれになったというのは事実ですよ」
ぐうの音も出ない。
結論として、ハバネロ帝はシンシア様にメロメロということだ。
その美貌にも才能にも!
「アレクシス様は未来に目を向けねばなりませんが」
「そうだな」
僕はパメライデス第一皇女パメラ殿下の婿にと望まれているのだ。
パメラ殿下とは何度か会ったことがある。
ハバネロ帝の燃えるような赤髪とシンシア様の美しさを具えた魅力的な少女だ。
何より話していてウマが合う。
「……パメラ殿下は、次期パメライデス帝になるのではないかという観測がある」
「ふむ、双子の兄皇子よりカリスマ性がありますからな。とても印象的な皇女殿下だと思います」
能力に差がなさそうな双子皇子が皇位を争うと国が割れるという事情もあるんだろう。
パメラ殿下が次期皇帝というのは信憑性がある。
「僕は皇配になるかもしれないのか」
「今の時点ではただの可能性です。しかしそのお覚悟は必要でしょうな」
「その場合、ツィートリアはパメライデスに吸収されるという見方もある」
「よいではありませんか」
いいのか?
ツィートリアが滅びてしまうということだぞ?
「いえいえ、アレクシス様の子がローリング大陸全土に君臨するということです。ツィートリア王家の血は連綿と続くのですぞ」
「そう、か」
兄上達でなく、三男である僕がパメラ殿下の婿に望まれるというのも引っかかる要因ではある。
ツィートリア王国が続くのならば、どちらかの兄が継ぐから当たり前なのだが。
「パメラとは、『愛』を意味する古語だそうですぞ」
「愛、か」
「アレクシス様はパメラ様をお好みではありませんか?」
思わず顔が赤くなるのを自覚する。
……実は前回ツィートリア王宮で会った時に、本人から直接婚約者になってくれと言われた。
あんなに可愛らしい子にそんなこと言われたら、好きになっちゃうに決まってる。
「いい風ですな」
何とわざとらしく話題を変えるのだ。
恥ずかしいじゃないか。
「あと三日で国境です」
「うむ」
「シンシア様がパメライデスへ赴かれた時、当時のハバネロ皇太子は国境までいらっしゃってたんですよ」
「何、そうなのか?」
「はい、あれには驚きました」
ではパメラ嬢も国境まで来ているかもしれない?
「楽しみですか?」
「えっ? ああ、まあな」
嫌らしいやつめ。
しかしパメラ嬢にもうすぐ会えるかもしれないと思うと、胸が高鳴るというものだ。
気持ちを押さえつつ、ウマの歩を進める。
ドナドナ令嬢と暴君皇子の複雑な恋愛事情 uribou @asobigokoro
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