第3話:『美姫を差し出せ』の意味

 ――――――――――シンシア視点。


「ハバネロ様、ありがとうございます。クレイグも少しは格好がつくと思いますわ」

「む? 勇将クレイグ・ヘイワードを伴ってくれたのだからな。これくらいは当たり前だ」


 パメライデス東方の中核都市バルで小休止しています。

 クレイグ以下一四名の装備を整えるためです。

 ですが……。


「よろしいのですか? 帝都を空ける時間がそれだけ長くなるでしょう?」

「どういう意味かな? シンシア嬢」


 ハバネロ様に反対する派閥が跋扈しませんか、という意味です。

 それ以上言いませんけど。

 軽く口角を上げるハバネロ様。

 楽しそうに見えますね。


「私の立場としては、美姫を差し出せという約定をツィートリアが遅延なく履行したと示したいと言いますか」


 一見無礼な停戦条件はあなたが仰ったことですよ。

 少しは恥じてくださいませ。

 しかし何でもないようにハバネロ様は言います。


「ほう、シンシア嬢は御自身の美しさに相当自信があるとみえる」

「うふふっ、ハバネロ様に気に入っていただけると嬉しいですけれど」


 もう少し内容のある会話をしたいものですが。

 会話らしい会話は今日が初めてですから、仕方ないでしょうかね。


「帝都を空ける、と言ったな?」


 やや目付きが鋭くなるハバネロ様。


「それはオレの事情で、シンシア嬢には関係のないことだ。何を気にしている?」


 来た。

 どこまで踏み込むのが正解かしら?


「……皇太子であるハバネロ様に婚約者がいない理由、でしょうか?」


 誤魔化せるギリギリのライン。どうでしょう? 愉快そうに笑うハバネロ様。


「ハハハ、シンシア嬢こそ婚約者がおらぬではないか。セイバーヘーゲン侯やマクベス伯の御子息との話はあったらしいが」

「お詳しいですのね」

「何、ツィートリア最高の美姫のことを調べるのは当然だろう?」


 おどけたように言うハバネロ様。

 正直驚きました。

 パメライデスへ送られる有力な候補だった二人の王女殿下のことはともかく、私のことを調査させる時間などないと思っていたのに。

 ハバネロ様はツィートリアの内情を知るのにかなりの力を割いておられる。


 ということは間違いない。

 私の見込み通り、ハバネロ様は二人の弟殿下に対抗するため、ツィートリアの力を必要としている。


「シンシア嬢は立候補してパメライデスへ来てくれたと、そなたの侍女から聞いた」

「はい、その通りでございます」

「……二人の王女をツィートリア国内の支持固めに使えという政略については、確かな見識だと思う」

「ありがとうございます」

「どうしてパメライデスへ来たのか。避ける手段はいくらでもあったはずだ。シンシア嬢本人の思惑が知りたい」

「私の思惑ですか? そうですね、いくつかあるのですが」

「ほう?」


 興味はあるようですね。


「私、季節性の鼻炎持ちなのです。ちょうど今の時期に咲くある種の植物の花粉によるようで、パメライデスではその植物が少ないと聞いております。こちらでは症状が楽になるかなあと、とっても期待しているのです」


 ハバネロ様の点になった目、おかしいです。

 ニマニマしてしまいます。


「……あの鼻ちょうちんの伏線を今になって回収してくるとは。やるな、シンシア嬢」

「嫌ですわ、恥ずかしい」

「あんな見事な鼻ちょうちんは初めて見た」


 反撃の仕方が子供っぽいですね。

 負けず嫌いなのでしょうか。


「シンシア嬢は実に面白いな。無論、それだけが理由ではないのだろう?」

「ええ。パメライデスは連邦の名の通り個性豊かな地方からなります。各地の珍しい産物が集まるそうではないですか。楽しみですわ」

「他には?」

「皇太子であるハバネロ様は独身ですものね。興味がないというのはウソになりますわ」

「わかったわかった、降参だ」


 ハバネロ様が両手を上げます。

 探り合いはここまでですかね。

 少し突っ込んだ話ができそうです。

 でも私の方から差し出がましい口を利くのは不躾ですので、ハバネロ様の言葉を待ちます。


「先の戦争についてだが」


 あれ、この期に及んでマウント取ろうとしてきますか?

 貴族の子女風情では詳しい事情はわかりかねるのですが。


「ハバネロ様の見事な作戦指揮については噂に聞いております」

「いや、そういうことではなくて、オレの立ち位置をどう思う?」


 先の戦争について……ハバネロ様の立ち位置……。

 そういうことですか。

 本題ですね。


「ロクに実戦経験もない皇太子殿下が総司令官ですよね? しかも十分な数の兵を揃えてもらえず。どれだけジョロキア第二皇子派リーパー第三皇子派に嫌われているのかと」

「やはりツィートリアからはそう見えるか」

「当然でございましょう?」

「……当時、北方の蛮族どもが蠢動していてな。ツィートリア戦に投入できる戦力は限られていたのだ」

「ツィートリアは実、北の異民族は虚でございましょう? 虚に脅えて実を疎かにするなどあり得ぬことでございます」

「うむ……」


 苦々しげなのか面白がってるのか、測りがたい表情です。


「ちなみにシンシア嬢がパメライデスの最高権力者ならどう采配した?」

「当然ツィートリアには経験豊かな司令官と十分な兵力をもって当たります。北へはまず使者を送りますね」

「オレが総司令官では力不足だったか?」

「勝つべきに勝つ状況を作り出すのが戦略です。ハバネロ様の実際の指揮能力統率力とは関係がありません」


 用兵巧者の声望を確立している今だったら、ハバネロ様が総司令官たることは第一選択でしょう。

 しかし戦いの始まった二年前、ハバネロ様はまだ十代で、その軍事的天才は知られていませんでした。

 信頼できない司令官を戴いたパメライデス兵の士気低下はいかほどだったでしょうか?


「シンシア嬢は美しいな」

「は?」


 いきなり何でしょう?

 あまりにも唐突です。


「歳は一七だったか?」

「さようです」

「ツィートリアでは評判の美人令嬢とのことではないか。婚約者がいないのは何故なのだ?」

「父の納得する令息がいなかったということもありますが……」


 戦争初期には既に、パメライデスを圧倒することができないという認識がありました。

 そしてパメライデスの皇子達はどなたも婚姻していなかった。

 パメライデスの皇子妃として送り込むということが検討されていたのです。

 私以外に二人の王女殿下も同じ事情で、婚約者を定めておりませんでした。


「ほう。ツィートリアから仕掛けてきた戦だろうに、かなり早い内に出口を模索していたのだな。強かなことだ」

「愚かな戦でした。しかしパメライデスがツィートリアに勝っていたのは、ハバネロ様の戦闘指揮能力だけでしたよ」

「……うむ」


 兵数、武器弾薬、兵糧、本国のバックアップの全てにおいて、ツィートリアがパメライデスを凌駕していました。

 情報と個々の武勇においては、あるいはパメライデスは自軍の優位を誇ったかもしれませんが、資料を見る限り互角だと思います。

 つまりツィートリアは、ハバネロ様一人に主導権を握られたと言っていいのです。


「ハバネロ様こそ婚約者がおられないではないですか。何故なのです?」

「シンシア嬢ならばわかるであろう?」

「……想像は付きますが」


 皇太子に立てられる際にもかなりのドロドロした争いがあり、幾人かの有力者が処刑されたと聞きます。

 その後母の正妃様とその父公爵を相次いで亡くし、ハバネロ様は後ろ盾を失ったのです。

 側室腹であるジョロキア第二皇子とリーパー第三皇子の勢力が日の出の勢いであったろうことは想像に難くなく、誰が好き好んで落ち目のハバネロ様の婚約者になりたがるでありましょうか?


 ツィートリア戦で総司令官に任命されたのも、死んでこいという意味だったでしょう。

 ところがハバネロ様は想定外の功績を挙げてしまった。


「だから後ろ盾をツィートリアに求めた。違いますか?」

「違わない」

「敵国に助けを求めるなんて非常識ですよ」

「ハハッ。その敵国と戦ってる間に、国内の有力貴族は弟どものどちらかに与してしまった者が多くてな。軍の士官や市民の支持はあるんだが」

「救国の英雄ですからね」


 つまり戦争を優勢に進めながら、その助力を必要としたためツィートリアを追い詰め過ぎることをしなかったということです。

 完全に戦況をコントロールしてるじゃないですか。

 しかも理解されにくい。

 一つ間違えれば利敵行為にも通じるのですから。


「正直、期待はしていなかった」

「それで美姫を差し出せという表現になったのですね?」

「そうだ」

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