第2話:『暴君』と会う
「えっ? シンシア様は私のことを覚えていてくださったのですか?」
シンシア様は野盗のクレイグ隊長のことを御存知のようです。
隊長と話をしたいとのことで、馬に騎乗しながらの道のりとなりました。
最近あまり見せなくなった、シンシア様のお転婆な一面です。
「ええ。私が六歳の頃でしたか。公爵領で魔獣が出た時に応援でいらしてくれたでしょう? ヘイワード子爵家三男のクレイグ様」
「驚いた……。いえ、敬称は要りません。我々はシンシア様の家臣です」
「ではシンシア様は、クレイグさん達がただの野盗でないことに初めから気付いておられたのですか?」
「先制の利を生かさない野盗はおりませんよ。確信したのはクレイグの顔を見てですが」
シンシア様のスペックはムダに高いです。
お可愛らしい顔に似合わず記憶力洞察力胆力に優れており、この子が男だったらとお父君の公爵様が嘆くのを何度も耳にしております。
「……シンシア様が我らを拾われたのには、深謀がおありですか?」
「というほどのものではありませんが……まずは情報が欲しいです」
「情報、ですか」
「はい。パメライデス戦については、巷に流布している話以上のことは知らないのですよ」
当たり前と言えば当たり前です。
戦争には機密も多いですので、いかに高位とはいえ貴族の令嬢の知り得る情報など限られています。
「なるほど。シンシア様にとってパメライデスを知ることは重要ですな」
「それよりもクレイグ自身のことを教えてくださいな。その方ほどの騎士が野盗に身を落としていたのは何故なのです?」
苦々しげな顔になるクレイグさん。
「ツィートリア軍が撤退する際、我らの隊は殿軍を仰せつかりました」
「まあ、殿軍を」
殿軍は自らが犠牲になって逃げる他隊を生かす役割です。
生還を期しがたい危険で重要な役目ですが……。
「パメライデス軍にかなりの損害を与え、味方の退却に大いに貢献したと自負しております」
「クレイグなら当然ですわね」
「しかしいざ停戦交渉となると、憎き我が隊を差し出せという話になるでしょう? ツィートリアはそれを断れない」
頷くシンシア様。
「我らは死を恐れはしません。しかし名誉を汚されることを恐れた。国を恨みたくもなかった」
「クレイグにはそういう考えがあったのですね。それで騎士団に戻らなかったのですか」
「はい。死に場所を与えてくださったシンシア様には感謝いたしております。パメライデスがシンシア様を侮るようなことがあれば、一暴れしてくれます!」
言い様は威勢がいいですけれど、装備すらロクに揃っていないですよ。
しかしシンシア様はにっこりです。
「パメライデスは……『暴君』と呼ばれたあの方は、クレイグ隊を引き渡せなんて仰いませんでしたよ」
「そうでしたか」
「大丈夫です。クレイグの懸念しているようなことにはなりませんから」
シンシア様は自信がおありのようです。
国境まであと二日。
◇
――――――――――パメライデス連邦帝国皇太子『暴君』ハバネロ視点。
オレがこんな国境の村までわざわざ足を運んだのは理由がある。
楽しみだったからだ。
美姫が? そうではない。
ツィートリアにオレの意図を汲み取ることのできる知恵者がいるかどうかだ。
ツィートリアの護衛の騎士達を労って帰国させた。
が、こちらの落ち武者だか山賊だかは何だ?
いい目をしているが……。
「その方達は?」
「シンシア様の臣である」
「臣?」
誰も連れて来る必要がないくらいだ。
側仕えならともかく、何故武官が必要なのだ?
しかもこのようなみすぼらしい格好の……。
いや、この者どこかで……。
「……貴殿、ひょっとしてクレイグ・ヘイワード大佐か? 先の戦争でツィートリア軍の殿軍を務めた?」
「さようだ」
「おお、そうだったか! 戦場の勇士に会えて嬉しい!」
思わず握手を求めてしまった。
粘り強くけれん味のない用兵には手を焼かされた。
ツィートリア軍の中で評価できる、数少ない騎士だ。
「しかし、貴殿はツィートリアの臣であろう? シンシア嬢の臣とはどういうことだ?」
「シンシア様に拾っていただいた身の上ゆえ」
「は?」
拾われた?
これほど有能な指揮官をツィートリアは捨てたというのか?
わけがわからん。
「それ以上のことは、シンシア様に直接お聞きくだされ」
「ふむ、では馬車に案内してもらおう」
控えめで話していて気分が良い。
好感の持てる騎士だな。
ふむ、これがシンシア嬢の乗る馬車か。
さすがに美しいな。
ツィートリアの威信を懸けた装飾だろう。
「パメライデス皇太子のハバネロだ。シンシア嬢にお目にかかりたい」
反応なし。
どういうことだ? 事故か?
クレイグと頷き合い、馬車の戸を開ける。
「失礼!」
「あっ!」
何でもないではないか。
侍女と、もう一人の令嬢は寝ている。
「静かにしてくださいませ。シンシア様はお疲れなのです」
「申し訳なかった。それにしても見事な鼻ちょうちんだ」
高位貴族令嬢の鼻ちょうちんなど、滅多に見る機会はないなあ。
大慌ての侍女。
「こ、これはあれです! シンシア様は魔力が高いですので、鼻から漏れて……」
「どんな言い訳だ」
実に面白い。
「侍女、少々話を聞きたいので、シンシア嬢を寝かせこちらに来てくれまいか」
「はい、今すぐ」
さて、何から聞こうか。
「クレイグ・ヘイワード大佐以下の騎士がシンシア嬢の配下とはどういうことだ? 機密があるのなら話せるところまででいいから聞かせよ」
「機密など何も。クレイグさん達は野盗として襲ってきたのです。それをシンシア様が口先で降して」
「は?」
サッパリわからん。
シンシア嬢に聞けと言っていたクレイグも苦笑しながら口を開く。
我が軍に大きな損害を与えたヘイワード隊に出頭しろと言われることを恐れた?
そしてシンシア嬢がパメライデスへ送られるのも阻止しようとした?
「何をバカな!」
「今から考えるとそうでしたな」
「いや、わからなくもないな」
自分の異名を思い出す。
極悪非道の『暴君』だった。
意図してそう振舞っているが、弊害もあるな。
「それでどうして貴殿はノコノコここまでついてきたのだ?」
「シンシア様は我が主君でありますから。主の望みであるからにはどこまででもお供いたします」
「天晴れな忠義であるな。しかしその格好は主の恥になるとは思わなかったのか?」
「思いました。しかしシンシア様は仰いました。ハバネロ殿下は宝石を宝石として扱うだろうと。たとえそれがボロ袋に包まれていたとしても」
「……」
その通りだ。
小癪な鼻ちょうちん令嬢め。
シンシア嬢はオレのことをよく調べているようだ。
「そもそもシンシア嬢が送られてきたのはどうしてだ? 二人の王女の内どちらかが来るだろうと予想していたのだが」
「シンシア様が最もお美しいですからな」
「立候補ですよ」
「「立候補?」」
この件はクレイグも知らんのか。
当然といえば当然だが。
「王女お二方はツィートリアの安定のためにあるべきだと、シンシア様は仰っていました」
「ツィートリアの安定のために……なるほど、道理だ」
国内の有力貴族との政略結婚で足元を固めろということか。
視野が広い。
「それで自らが犠牲になろうとしたのか?」
「シンシア様はお喜びでしたよ。乞われて行くのだからと」
「しかし、ツィートリアではドナドナ令嬢と嘆かれていたろう?」
「ドナドナ令嬢? それは存じませんでした」
楽天家なのだろうか?
状況分析が的確であるだけの?
それとも先の先まで見通している?
「……シンシア嬢の性格がよく出ていると思われるようなエピソードがあったら教えてもらいたい」
「エピソードですか?」
曖昧な言い方だったろうか?
シンシア嬢の人物が知りたい。
しかし人を通しての評価だとバイアスがかかるだろう。
エピソードならば……。
「シンシア様は孤児院をよく訪れるんですよ。孤児の教育に力を入れているんです」
「慈悲深いということか?」
「それもそうなんですけれどもね。ただで使える人材が大勢いるじゃないの、育てないのは損だわと仰るのです」
「えっ?」
意表を突かれた。
孤児を可愛そうな金食い虫ではなくて、磨けば光る人材と見るのか。
「……そういえば一〇年以上前になりますか。ロットパトリック公爵家領を訪れた時に、当時六歳のシンシア様に言われました。こうりつてきにてきやまものをたおしたい、そうすればぐんにおかねをかけなくてもいい、と。あれは驚きましたな」
楽天家なんかじゃない。
シンシア嬢は徹底的なリアリストだ!
となるとパメライデスへ来た目的は……。
「大佐、ここから馬車で三日の位置にバルという大きな町がある。そこでしばらく滞在しよう。プリンセスガードにふさわしい身なりを整えようじゃないか。なに、オレは気にしないが、ボロ袋に包まれていると宝石だと気付かない愚か者も多いからな」
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