ドナドナ令嬢と暴君皇子の複雑な恋愛事情

uribou

第1話:『ドナドナ令嬢』と呼ばれて

「ひやあああああ!」

「姫様! 馬車から出てはなりませぬ!」


 急停車した馬車の外から護衛騎士の声がかかります。

 まさか野盗?

 こんな緊急事態に遭ってさえ、私の主人シンシア・ロットパトリック公爵令嬢は隣で眠りこけているのです。


          ◇


 『ツィートリアの真珠』『解語の花』『チャーミングビューティー』等々。

 シンシア様の美しさを称える異名はいくつもあるのですが、最近はこう呼ばれているらしいのです。

 『ドナドナ令嬢』と。


 ツィートリア王国と隣国パメライデス連邦帝国との戦争は、我が国劣勢のまま和睦に至りました。

 その時出された屈辱的な条件の一つが、『ツィートリア最高の美姫を差し出せ』というものでした。


 世論は沸騰しました。

 バカにしてるのか。

 パメライデスを怒らせてはならぬ。

 美しければ良いのか?

 我が国が侮られるような令嬢は出せぬ。


 ツィートリア最高の美姫を差し出せと言ったのは、パメライデス軍の総司令官で『暴君』とも呼ばれるハバネロ皇太子本人であるそうです。

 寡兵でありながら対ツィートリア戦を優位に展開した用兵巧者として名高い一方で、皇太子の座を巡る暗闘では非情なまでの粛清を強いたと言います。

 『暴君』たる所以です。


 我が国の解釈も試されていました。

 美姫というからには、少なくとも高位貴族以上の令嬢が求められているのでしょう。

 数人の名が候補者として挙げられ、そして……。


「私がまいります」

「し、シンシア嬢。よろしいのか?」

「はい、もちろんでございます」


 後ろで控えていた私がビックリなんですが。

 聞いてないですよ!

 宰相閣下にシンシア様が説明します。


「私には婚約者がおりませんし、ロットパトリック公爵家は兄が継ぐため婿を取る必要もありません」

「二人の王女殿下のどちらかが行くべきだという意見も強いのだが」

「お二方はツィートリアの安定のためにあるべきだと愚考いたします」


 頷く宰相閣下。


 パメライデス戦の失策は王家の求心力を低下させています。

 王家を支えるために、王女殿下は有力貴族に降嫁させるのがいいという意味だと思います。


「英雄たるハバネロ様に求められて行くのです。名誉なことですわ」

「名誉なこと……ですか」


 完璧な淑女の微笑みに隠されたシンシア様の本当の心情は、宰相閣下にはおわかりにならないでしょう。

 しかし長年シンシア様に仕えてきた私の目は誤魔化せません。

 微妙に肩をそびやかしたあの姿勢は……楽しんでいらっしゃる?


 沈痛な表情の宰相閣下。


「……確かに求められて行く、と言えばその通りですが、相手は『暴君』ですぞ」


 事実上の敗戦国であるツィートリアから愛妾を得る、というのが普通の考え方でしょうか?

 パメライデスの国内事情によっては石もて追われたり、最悪処刑されることだってあり得るのです。

 シンシア様はどう考えておられるのかわかりませんが、朗らかな声を響かせます。


「いずれにせよ誰かが行かねばなりません。条件としては私が適しているでしょう?他に希望者がいるなら別ですが」

「いやいや、希望者など……」

「ですから私がまいります」

「わかりました。シンシア嬢の気高い精神を、ツィートリア国民は忘れませんぞ」

「宰相様ったら大げさですよ……遅くなるほど彼の国の我が国に対する印象が悪くなります。早急に準備を整えてください。我が国が侮られぬ準備を」

「は」


 この宰相閣下との会談から六日後にはパメライデスへ旅立つこととなりました。

 シンシア様が終始笑顔の中、見送る群衆は涙を見せる者も多かったです。

 けなげに故郷を後にするシンシア様が『ドナドナ令嬢』と呼ばれていた、というのは後になってから知りました。


          ◇


 涙の旅立ちから一〇日後、野盗に襲撃されているのです。←今ココ。

 そっと戸を開けて外を見ようとしたら、頭のすぐ横に矢が突き刺さりました。

 ひい、腰抜けた。


「むう……」

「し、シンシア様! 目を覚まされましたか?」

「何ですの? アン。神経の太いあなたらしくもない」


 思わず目が点になります。

 シンシア様に神経が太いなどと言われる日が到来しようとは!


「この馬車は囲まれています! 野盗だと思います!」

「ほう、そうでしたか」


 シンシア様の目が細くなります。


「アンが野盗だと判断した根拠は?」

「チラッと戸を開けて外を見たんです。みすぼらしい格好でしたし、装備もバラバラです!」

「なるほど、人数は?」

「わかりません。見えたところでは護衛騎士と同じくらいかと思いましたが……」

「まあ襲う側の方が少ないなんてことはあり得ませんわね。睨み合いになっているのでしょう。急がないと」

「えっ?」


 シンシア様が立ち上がり戸を大きく開け放ちます。

 何をしておいでで?


「静まりなさい。我が名はシンシア・ロットパトリック! 国王陛下の要請によって隣国パメライデス連邦帝国にまいるところです。それを妨害せんとするその方どもの意図は何か、説明しなさい!」


 ほ、惚れ惚れするような声ですが、それはアリですか?

 護衛騎士達も驚愕して動けていませんけど?

 野盗の親玉らしき男が言います。


「はっ、盗賊行為に理由が必要なのかい?」

「目的は金品ですか。ならば初撃で戦力を減らそうとしなかったのは何故なのです?」


 そう、それは不思議です。

 不意打ちするのが当たり前だと思いますが……。


「それは……」

「私をパメライデスに渡さないことが目的だからでしょう!」

「……そうだ! 我々はシンシア様をパメライデスの贄とすることに耐えられない。ツィートリアの恥である! シンシア様を害するつもりなどない。黙って王都に帰還してくれ!」


 にっこり微笑むシンシア様。


「忠義の者達よ。その気持ち、私は嬉しく思います。まずは双方、武器を収めなさい」


 剣は血を吸うことなく鞘に戻されます。

 助かった! さすがシンシア様!

 皆がシンシア様の次の言葉を待っています。


「しかし、私はパメライデスへ行かねばなりません」

「……」


 手で制し、それ以上の反論を許さないシンシア様。


「我が国とパメライデスとの間で決まったことです。履行を怠ったとなれば、それは我が国の瑕疵となります。彼の国に付け入る隙を与えてはなりません」

「シンシア様は御立派でございます。だからこそ虜囚も同然の扱いに我慢がならんのです!」

「ならばあなた達は私の臣となりなさい」

「は?」


 何ですか? 臣?


「護衛騎士達は私をパメライデスに送り届けるのが任務で、その後は帰国する運びとなっています」

「それはそうでしょうが……」

「パメライデスで私の手足となる臣がいないのです。忠義心あるその方らこそ我が臣にふさわしい」

「おお……」


 感動! シンシア様格好いい!


「私とともにパメライデスへ行く気はありますか?」

「もちろんです! クレイグ・ヘイワード以下一四名、シンシア様に命を捧げます!」

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