第14話 真っ赤ににじんだ気持ち

【ゴッドアフロ ¥50000:今日は急用で行けなくてごめんなさい。これは今日のお詫びと、いままでのお礼です】


「えっ、」


 息が止まった。ガンと殴られたような衝撃が視界を揺らす。浮かれ気分だった脳みそからはするりと熱が引いていき、喉がひくつく。たまらず吐き出した空気は、みじめに震えていた。


 見開いた目が捉えた文字は、確かに待ち望んでいた彼女の名前だった。それなのに、身体を支配した感情は喜びとはかけ離れたものだった。

 あさがおに戻ってきてほしい。あっさりと願いが叶ったはずなのに、心臓が締め付けられたように痛い。激しい鼓動が、鼓膜を裏側からドクドクと叩いている。動き回っていたカーソルは、ぴたりと硬直していた。


 送り主の名前と五万円という数字が刻まれたコメントが、僕をねめつけるようにゆっくりと登っていく。白と黒で構成されたコメント欄で、それは明らかに異質だった。刺し傷からあふれる血の色のようなどす黒い赤が、彼女のコメントを禍々しく染め上げている。


 あさがおが送ったのはいわゆる投げ銭コメントだった。リスナーがお金を払ってコメントを送ることで、その金額の一部を配信者にプレゼントできるというシステムだ。その目的は様々で、自分のコメントを目立たせるためや配信者に対してのギフトとして使われることが多い。

 投げ銭コメントは送る金額に応じてその色が変わる。そして、その最上位は赤だ。限度額いっぱいの五万円を送ってきたあさがおのコメントの色は、当然赤ということになる。


 もうなにがなんだかわからなかった。思考はぐるぐると目まぐるしく回転しているのに、なにも引っかかる気配がない。空回りすればするほど、焦りだけが募っていく。身体が熱い。それなのに顔の表面は血が通ってないみたいに寒気がした。

 震える手でなんとかマウスを握る。ブレるカーソルを無理やり動かして、僕は逃げるように配信を切った。


 机の上に倒れそうになったところを、なんとか両肘で支えた。頭に添えた手のひらの奥で、こめかみがズキズキと脈を打っている。荒んだ息が床に落ち、足元を黒く染めた。

 あさがおはいったいどういうつもりで、この投げ銭を送ったのか。意図せず湧き上がる嫌な想像が、僕の首を絞める。いまだ思考はとっ散らかり、身体の節々は錆びついたように重かった。


 ただ、やるべきことだけは明確に定まった。たった数メートル先。あの閉じきったドアの向こうに、いますぐ僕は足を踏み出さなければならない。

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