最終章:大好きな人
第40話:吹き荒れる嵐の中
エリトリアに近づくに連れ波が荒れ、暴風と大雨が吹き付ける。
転覆しそうになる船をなんとか港につけて降り。ヘクトルとアルゲニブは兵士を連れて、民間人の避難誘導に向かう。
人でごった返す港の端っこで、炎の巫女ミラが天を見上げて祈っていた。
「なんでもう戦ってんですの?」
「虹龍様が毎日口喧嘩しに行ってらしたんですが、ついに双方本気で怒ったようで……」
ヴァネッサが聞くと、彼女はため息交じりに答える。
アステリア女王が死んだことに一度落ち込んでいた古炎龍だったが、日に日に募るアウローラへの怒りが頂点に達したようで。
つい先程封印をぶち破り、決闘だと言って空に飛び立ったと、そう告げた。
「私も眷属の端くれ、貴女が貸してくれた使い魔さんたちと全力で障壁を張っているのですが、それでもこんなに暴風なんです」
船が転覆しない程度で済んでいるのは彼女のお陰のようだった。
よく目を凝らすと、空ではアトス・ポルトス・アラミスの子竜三匹が円を描くように飛び回り、彼らから虹色の結界が発生しているのが見える。
それがあまりに綺麗だと思ってしまったヴァネッサは、ぶんぶんと首を振ってその不謹慎を追い出し、
「
そして封印から開放した、龍との戦いの経験者二人に聞いてみる。
「まぁ、そういうとこはあるね。アウローラの母親もそうだった」
「しっかし、まだ成体じゃないのにオイドマ・フォティアと互角か。虹龍種ってのは格が違うな」
やれやれといった風に、タルヴォとテンキは空を見上げて答えた。
「ん!? アウローラってまだ子供なんですの!?」
「そうだよ。虹龍の成体はもっとこう、蛇みたいなスリムな龍だし。多分そろそろ脱皮して成体になる頃だとは思うけど」
ヴァネッサがその返答に驚くと、エルフの族長はアウローラを指さし、穏やかに笑い。
「……あんなに美味しそうに僕の料理食べてましたし、優しかったのに……」
「道行く蟻に喧嘩を売る人が居ないのと同じ。
「俺たちはそういうものだと理解しているんでな。さてタルヴォ。
「あぁ。まだ使えるといいんだけどなぁ」
呆然としたエルクがぽつりと零した言葉に無慈悲な返答をすると、”龍との戦いには慣れている”と言わんばかりに、不穏な固有名詞を呟いて、自信満々に歩いていった。
「行っちゃいましたわね……」
「僕たちはどうすればいいんですかねこれ?」
最初に古炎龍を任されたのはわたくしなのに……となんとなく悲しくなったヴァネッサ。
エルクもどうしようと考え込んでいると、そこにマルカブが大雨の中遠くから走ってきた。
「ぅおおおおおい!! やっと帰って来たかヴァネッサ殿!!」
「んぇ、マルカブ殿下?」
「ミラに全部聞いたが、あの龍は貴殿の結界術士だろう!? どうにかして作戦を伝えてくれ!!」
彼はヴァネッサの腕を掴み、船着き場の小屋に連れ込む。
エルクも一緒について行って見守る中、びしょ濡れの羊皮紙をテーブルに広げ、彼は話しだした。
「相槌は要らない、質問は最後にしてくれ。まずこれがエリトリアの地図だ。ここが炎の遺跡で、今国中の
急ぐ様子に、二人は黙って地図を見つめる。
書き記された沢山の印の中に、ひときわ大きく赤いバツ印。
そこが炎の遺跡だと言って、彼は続ける。
「兄上もヘクトル殿も、民間人の避難が終わったらそこに軍を移動して、古炎龍を迎え撃ち、徹底的に叩きのめす算段にした」
人間と魔獣と、ついでにエルフと鬼の援軍と。
皆で立ち向かおうと言って、彼は窓を指さした。
「丸い方の龍にこの作戦を伝えて、なんとかして古炎龍を連れてきて欲しい」
「空でも飛べないと厳しいですわよ?」
「無論、その手段は用意している。エルク殿、馬は乗れるな?」
ヴァネッサが聞くと彼は頷き、エルクを指さして聞く。
空を飛ぶ馬と聞いて、ペガサスみたいなキラキラした魔獣を思い浮かべた彼女の前で、エルクは違う名前を口に出した。
「そりゃあ得意ですけど……まさか、グリフォンですか?」
空の王者、嵐と共に産まれると言われる飛行能力は、魔獣でも屈指のもの。
しかし空では最も凶暴で獰猛だと言われるその名前を、恐る恐る出すと。
「キンググリフォン……大嵐の中で飛べるのはそれだけだ。エルク殿は御すのに集中して、ヴァネッサ殿は
マルカブはより凶悪な魔獣の名前を出して、エルクもヴァネッサも一瞬引き攣った顔をした。
「
「ダメだ。無駄に笛の魔力を使って、古炎龍の封印に足りなかったら終わりだぞ」
いやでも余裕でしたわ? と表情を戻した彼女に、マルカブが釘を刺す。
ミラから笛について少しだけ聞いていた彼は、それがなくてもヴァネッサは天才だと考えていた。
だからこそ、今キンググリフォンを扱えるのは彼女しか居ないと、真っ直ぐ見つめる。
「確かに。ヴァネッサだってもう魔力取られなくなったんですし、普通に
エルクもその意見に同意し、頷いた。
今までロクに使ってこなかったから魔法が下手なだけで、魔力自体は勇者ソルスキアの血筋に相応しく膨大だと考えていた彼も、彼女を真剣な眼差しで見つめて。
二人に見つめられた彼女は途端に不安になって、思わず震えだした膝を押さえて返事をした。
「……できますの」
「目が泳いでいるし、めちゃくちゃ自信なさそうだな……仕方ない、私とエルク殿で……」
だから自信は全く無いけれど、エルクの命を預かることになるなら。
「やりますわ!!」
自分でやるしかない。と、思いっきり自分の頬をひっぱたいて気合を入れて。
愛する恋人の瞳を見つめた。
「信じてますよ。ヴァネッサ」
「あ、当たり前ですの! いつだってわたくしは、貴方の主人ですからね!!」
「そこは恋人って言ってほしかったですよ?」
嬉しかったのに、と彼は苦笑して。
マルカブの方を向いて言った。
「じゃあ殿下。僕たち行ってきますね」
「……頼んだぞ。今連れてくる」
王子は二人の肩をたたいて、吹きすさぶ暴風の中駆け出していって。
「ひえっ……」
「うわっ……」
代わりに、
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