第39話:虹炎相立たず

 結局双子のエルフはヘクトルの昔話をニコニコと楽しそうに聞いていた。

 そしてヴァネッサとエルクを応接室に連れて行くと、手を振って分かれたところで。


「はじめまして、ソルスキアの血の者よ。私はタルヴォという」


 双子と同じはちみつ色の髪をした優しげな青年風のエルフと。


「ヴァネッサですわ。こっちはエルク。はじめましてですの」


「どうも、エルクです」


「おいおいタルヴォ、勝手に話を進めるなよ。俺はテンキ。見ての通りのオーガだ」


 漆黒の髪と浅黒い肌をした、二本の巨大な角と犬歯が目立つ筋骨隆々の男性と。


「テンキさんも、はじめましてですわ」


 それぞれ握手を交わすと、話を始めた。


(ほんとこういう時のヴァネッサってカッコいいんですよねぇ)


(ん? なにか?)


(い、いえ)


 貴族らしさが染み付いた堂々とした彼女の横顔に。

 ぽわぽわと見とれていたエルクも咳払いをして、会話に加わっていく。

 少しだけこの王国での暮らしについて雑談すると、二人の亜人は満足したように日々を語った。

 ヘクトルもやるじゃないの。と人間の二人が王子を見直したところで。


「ったくソルスキアのやつ、俺らが暮らせるようになったら封印を解くって言ってた癖に、子供に伝え忘れてすぐ死にやがって……おかげで人間と大喧嘩しちまったじゃねぇか」


「君は血の気が多すぎるんだよテンキ。それでヴァネッサ、雑談は終わりにしよう。古炎龍の件だったね」


 オーガの酋長はぶーぶーと文句を言うと、エルフの族長は笑って話を進めた。

 すると酋長も笑いだして、彼女の前で拳を握る。


「そうだったな。ヴァネッサ、俺たちは喜んで力を貸すぜ」


「まぁ、そういうことだ。リベンジしてやらんとな、あの怪物に」


「あぁ! 今回は最初から支配の笛ドミナートルもあるからな!」


 二人を見ていて、きっと親友なんだろうなぁと。ヴァネッサもエルクもそう感じた。

 楽しそうに会話する二人がなんだか微笑ましくて、つられて笑顔で一礼して。


「ありがとうございますの! とは言ってもこの笛で……とても太刀打ちできるとは……」


「ん? 虹龍に聞いてるんじゃないのか? それ、そんなもんじゃないぞ」


「アウローラじゃ知らないよ。私たちの時代にはまだ幼体だった」


「それもそうだな……まぁいい。ちょっと貸せ」


 古炎龍の事を思い出しながら、なんとなく支配の笛を振ってみると、テンキが不思議そうな顔をして指をさす。

 タルヴォがさらっとフォローすると、鬼の酋長は笛を取り上げた。


「え? えぇ……どうぞ」


 強引ですわね? なんて首を傾げると、船で見たようにぺりぺりと白い鞘が剥がれて。

 虹色に輝く本体が顔を出して、慌ててヴァネッサが悲鳴を上げた。


「ちょちょちょ! 封印を解いたら……!」


 甲高い音がして、魔獣をおびき寄せてしまう。

 そう思ったのに、笛はテンキの手の中で静かに光り輝いていた。


「ど、どういうことですの!?」


「これはただ持ち主が笛を落とした時に見つけるための機能で、近くの人外に拾ってこさせるものだ。今は俺が持ってるから、これ以上何も起きないぞ」


「……え?」


 普通にさらっと言われた言葉に、彼女は目を点にして。

 え、そんなしょうもない便利機能のために? あの時クラーケン呼んだんですの? と目を白黒させていると、横に座っていたエルクが完全に脱力して崩れ落ちていた。


「私達の封印が解けたのは、単純にソルスキアの血が、この王国から消えたからだよ。貴殿の屋敷自体が支配の笛に紐づいた魔道具アーティファクトになっていて、封印の維持に使われていたからね」


「……は? じゃ、じゃあわたくし、何もしてない……ってことですの!?」


「ヘクトルや国王に、その話をしたら顎が外れるほど驚いていたよ。今の貴殿のようにね。はっはっは」


 そしてエルフの族長が続けて高笑いすると、ヴァネッサも一緒に崩れ落ちた。


「たった五百年ぽっちで忘れる人間もどうかと思うけどなぁ」


「私達より短命なのだ。仕方ないよテンキ。それで、その笛はどうだ?」


「全然分からん……本当にできるのか?」


「我らが友ソルスキアが嘘を言うとは思えないが。ちょっと私にも貸せ」


 崩れ落ちた二人に笑いかけた古の時代の証人たちは、改めて支配の笛を見て。

 あーでもないこーでもないと暫く弄ったり魔法を唱えたりして。

 多分、こうだろ? と首を傾げ、ヴァネッサに返却した。


「な、なんかすっごい重たい? ですの?」


「……ヴァネッサ。ほんとにそうとしか感じないんですか?」


 渡された彼女は、感じた異常な重さに思わず取り落とす。

 慌てて拾って、首枷に付けられた袋にしまうと。

 支配の笛は前みたいに白く濁らず、真珠のような柔らかな光をたたえていた。


「それ、一体何なんですか」


 強大な力に気づき、慌てて起き上がったエルクは引き攣った顔で笛を指さして。

 自分の魔法や、アステリア女王の結界なんかより、よっぽど高密度で莫大な魔力が溢れていると言うと、彼女は首を傾げた。


「ちょっとピンとこないですのよ?」


「力が大きすぎるからですよ! それにヴァネッサ魔法ヘタですし操れてないから、魔力がバラけて把握しきれてないんです」


「下手な自覚はありますけど、そこまで言わなくても……」


「おふたりとも、これ、何をしたんですか?」


 彼女よりも遥かに優秀な魔導師であるエルクは、支配の笛に起こった異変にすぐに気づいた。

 今までヴァネッサが使ってきた、彼女自身の魔力をドラゴンの魔法で増幅させたものとは全く別物で。

 非常に多くの人間の魔力をより合わせた全く異質な力だと。

 それを聞くと、タルヴォとテンキは揃って首を傾げた。


「……ソルスキアから聞いたんだよ。”オイドマ・フォティアが次に起きるまで子孫の魔力を貯めとくから、それ使ってなんとかしてくれ”って。開放する手順は聞いてたからね」


「あぁ。それしか聞いてないが、まぁ五百年分の人間の魔力だろうな、それ」


 なるほど。とエルクは理解した。

 そして目をぱちくりさせて理解できていない素振りのヴァネッサに。


「まぁとにかく、支配の笛ドミナートルをソルスキア家が封印してきたっていうのは嘘で、この笛に代々魔力を溜め込んできたんですよ」


 そう要約すると、彼女は真っ赤になって叫んだ。


「はぁぁぁぁぁ!? この笛の使い方も、封印し続けろって使命も、勝手に頭に流れ込んできましたのよ!?」


「おー、流石だなソルスキア。ちゃんと安全装置セーフティ付けてたのか」


「そういう問題じゃないですわ!!」


「まぁ、そこは君のご先祖様のさじ加減だから、私達が何か言うことはないけども」


 ご先祖に騙されたと怒るヴァネッサに向かって。

 嬉しそうに手をたたくテンキと、バツが悪そうに目をそらすタルヴォ。

 怒りのあまり魔力が暴走しても困るしなぁと、エルクが口を挟み。


「ヴァネッサ、借金返すチャンスだったの思い出してください。これで完済できますよ」


「た、確かに……! そうと決まれば行きますわ!!」


 彼女の意識を借金に向けた。


「よーし、では共に行こう。ヴァネッサでは人間を封印することは出来ないが、私達を魔道具アーティファクトに封印して運ぶことは出来る。兵士たちを連れてくるから頼むぞ」


 そして、会談が終わったヘクトルやアルゲニブたちと合流し、エルフとオーガたちを魔道具アーティファクトに封印して。またエリトリアへ戻る船の上。

 あと一日もあれば着くだろうというところまで来て、慌てて出港してきた多くの船とすれ違い。

 嫌な予感がする中、ヴァネッサとエルクがエリトリアの方角に目を向けると。


「ヴァネッサ!! あれは……アウローラさんと……」


「オイドマ・フォティア……!! エルク、アルゲニブに急げと伝えなさい!」


 島ほどはある球体の虹色の龍アウローラが浮かび、昔話に出てくるような巨大な真紅の龍オイドマ・フォティアが羽ばたき。


”ここは私の縄張りですよ。フォティア”


”いいやアウローラ、ここは我のものだ”


 互いに、一触即発の様相で睨み合っていた。

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