第38話:すっかり様変わりした故郷
「ほんと悪いんだけどさ。あんまり壁厚くないんだよこの船。声抑えてくれ」
いよいよいよと互いの吐息が重なった頃に、壁の向こうからアルゲニブの声がして、二人は慌てて声を殺す。
いやまぁ確かに被害者の立場だと不快なのは知っているけれど、直接怒らなくたっていいじゃないと思いつつ。
「
「まぁ乗り心地は最悪だけどな。それで”そっち”の乗り心地はどうだったんだね少年」
そして降りるなりニヤニヤと最低最悪な発言をした国王に、エルクは無言で剣を突きつけて。
王家のマントにぴきぴきと氷が張ると、セクハラの主は焦ったように手を振った。
「おいおい、冗談だよ?」
「冗談と言って許されないですわよ。あら、ヘクト……ル?」
全く男って下らない。とさっさと降りたヴァネッサの目の前に、なんか同じ顔をした薄着の女の子ふたりに囲まれる、筋肉ダルマの幼馴染が居た。
「ヘクトルさまぁ♡」
「所構わず抱きつくな貴殿らは!」
「そうは言いましてもぉ。我ら双子、貴方様に心を奪われてしまいましてぇ~♡」
「俺は仕事なんだよ!」
「あぁん何処にでも着いていきますぅ♡」
あー。この子達がエルフってやつね。と、人間とは違う長く尖った耳と、強い魔力を感じる風体。そして人間より少し青白い肌と、ふわふわの蜂蜜色な髪をした美少女ふたり。
そんな子達にべたべたと張り付かれて、困ったように大声を上げるヘクトルに、ヴァネッサは呆れた声で言った。
「……やれやれ、随分おモテになりますわね。わたくしの元婚約者様は」
「ヴァ、ヴァネッサ! 違う! これはそういうのでは……」
「どういうのだよ、ですわ。わたくしに言い訳してどうするのです」
王子も慌てて取り繕ったが、彼女は少し喜んでいた。
ヘクトルが新しい恋人を見つけられて、自分の人生を歩んでいっていて。
幼馴染として、少し嬉しく感じた。
「あれ、アルゲニブ陛下は食いつかないんですね」
「エルフとかいうの、ちょっとスレンダーすぎるし朕の好みではないな。少年も同じだろ?」
「ぼ、僕はそもそもヴァネッサだけです!」
「正直になってもいいと思うぞ?」
「こ、凍らせますよ!!」
「ふはは、朕はあのアステリア女王の息子だぞ。簡単に食らうと思うのか」
「やってやろうじゃねぇかこの野郎……!」
そんな姿を見て、エルクとアルゲニブもコソコソじゃれ合っていると。
ヘクトルがアルゲニブに向かって、おもむろに声を掛けた。
「久しぶりだなアルゲニブ、相変わらずとんでもない美形だなぁほんと」
「男に褒められても嬉しくないが、まぁ礼は言っとくよ。んで、先に手紙は届いてると思うんだが……」
国王は申し訳無さそうに返事をして、不安そうに聞く。
すると王子は力強く笑顔を浮かべた。
「古炎龍の件だろ。父上的には嫌だそうだが、俺としては手を貸したい」
「!! いいのか?」
そしてちらっとヴァネッサとエルクを見て、少しだけはにかんだ。
「まぁ、二人がそっちに住んでるしな。それに
「ありがとう……!!」
「泣くなよ国王だろ。まぁ話はこれから詰めるとして……ヴァネッサ、エルク」
「へ?」
そのまま二人に向けて、大きく手を広げて。
ベタベタと張り付くエルフの双子に、彼女が例のアレだ。と小さく耳打ちした。
「
「ひぇっ……こ、殺されたりは……」
「何を警戒してるんだか知らんが、勇者ソルスキアの子孫に五百年前の礼と言っていたぞ」
確かにエリトリア大陸から亜人を逃したとは聞いているが、封印しっぱなしだったことに対するお叱りかなと。
少し青くなったヴァネッサに、ヘクトルは苦笑いで首を横に振った。
そしてエルフの女の子の肩を叩くと、ふたりはヴァネッサの方を向き。
「その通りです、ソルスキアの末裔の方」「族長と
双子らしく息のあった声で続けて話すと、ヴァネッサに深々と礼をした。
「族長って、この子達のお父上のことな。まぁ見分けつかんだろうが、ヘレナとヘリヤだ」
「ほっ……よろしくお願いしますわ!」
「よかった……」
心から魂が漏れるようにため息をついて。
二人はヘレナとヘリヤに連れられて。ヘクトルはアルゲニブを連れて行った。
「なんか随分変わりましたわね、王国」
「ですねぇ……あ、あれが
てくてくと王城まで歩いていく途中、かつて人間しか居なかった街並みは随分変わっていて。
小さな
皆穏やかに生活を送っているようで、ほんの一年も離れていないのにと、二人は本当に不思議な感覚を覚えていた。
「私達が目覚めた時、少し行き違いで戦ってしまいましたが……今では仲良くさせていただいています。それはもう仲良く♡」
「えぇ、ヘクトルさまのおかげで。あの方、本当にかっこいい♡」
「あはは……ま、まぁあいつはいい男ですし。良くお似合いだと思いますわ」
両手に花とはいいご身分だこと……まぁ王子だけど。とヴァネッサは、惚気ける双子に呆れた顔をして。
「それには同意ですよ。ほらヴァネッサ、王子の昔話してあげたらいいんじゃないですか?」
せっかくだし打ち解けておきましょうよと、エルクが促すと。
王城までの少しの間、彼女はエルフの双子になんとなく昔話をしてあげた。
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