第37話:結局、力で

「全くフォティアと来たらいつまでも強情で! 五百年前だって! あら?」


「虹龍様、そのお話は五十年前にも……」


 お菓子を頬張りながらミラに向かって延々と愚痴っていたアウローラが、ふと顔を上げた。


「おかえりなさいヴァネッサ、エルクさん。どうでした?」


 やっと解放されたとホッとしたような笑顔を浮かべる巫女の横で、ドラゴンは穏やかに微笑む。

 ヴァネッサとエルクはなんとなく愛想笑いをして、言葉を返した。


「うーん、別に悪いドラゴンって感じはしませんでしたわね」


「同意見です。まぁ僕たちとは相性悪いと思いますけど」


 率直な感想としては、そうだった。

 オイドマ・フォティアに悪意や敵意はなく、ただの生存競争でしか無いと考えていたし。

 それは一応人間に取っても同じなのだが、とても困る。


「実際、封印解けたらどうなるんでしょうねぇ」


 少し難しい顔をしたヴァネッサが誰とはなく聞くと、アウローラが答えた。


「数日でこの大陸くらいは火の海にしますよ。五百年前は、かろうじて生き残ったエルフやオーガたちも逃げるしかなくなりましたし。フォティアを止められなければ、同じことになるでしょうね」


「やっぱりそうなりますわよねぇ……ということで皆さん。ちょっと考えがあるのですが」


 ドラゴン同士の冷静な分析を聞いて、彼女は唇をへの字に曲げて。

 とりあえず思いついたことを。


「封印が解ける前に大陸の先住民たちを呼び戻し、あとなるべくたくさん強力な魔獣を味方にして、戦いましょう。弱らせればこの支配の笛ドミナートルも通用するはずですし」


「僕も、それしか思いつきませんでした。マルカブ殿下や国王陛下にも相談しましょうよ」


 エルクも続いて、彼女の考えを補足して。

 やれやれとため息をついたアウローラと、困ったように眉尻を下げるミラに向かって言った。


「それしかない、と言うのはありますね。ミラ、人間としての貴女の意見は?」


「えぇ、虹龍様。実際に戦い、古代遺跡を作り上げた先住民たちの協力が仰げれば……って、五百年前ということはとっくに滅んでいるのでは?」


「あー、それがですわね……」


 賛同してくれたふたり。

 しかし巫女は不思議そうな顔をして聞くと、ヴァネッサは苦笑いをして、首から繋がった支配の笛ドミナートルを指した。


「これで魔道具アーティファクトに封印してたみたいだったのですが、ちょっとしたアクシデントで出てきてしまったようで」


「……えぇ……? ま、まぁ都合がいいなら良かったです。マルカブ殿下にもお話しましょう」


 こうして、他に縋るものもない人間たちは。

 あらゆる手段を使って、あらゆる魔獣とも手を取って。

 古炎龍オイドマ・フォティアとの縄張り争いに挑むことになった。



―― 一週間ほどして



 あれからマルカブに神殿での出来事を話し、アルゲニブにも嫌々報告し。

 エリトリアの国民たちが知らないところで、オイドマ・フォティアから大陸を救う戦いの準備が進められていく。

 神殿に残ったアウローラは封印の維持に手を貸し、ヴァネッサとエルクはヘクトルに助力を請うために一度王国へ戻ろうと。

 エリトリア海軍の高速魔法船に乗り込んだところで。


「ヴァネッサちゃん!! 俺の部屋空いてるよ!!」


「うーわ面倒くさいの来ましたわね。エルク、行きますわよ」


 国外追放されているヴァネッサを使節団の一員としてくれた、アルゲニブに出くわしていた。

 彼も彼なりに、すぐにマルカブやエリトリア軍、更に魔導師組合メイジギルドなどに命令を下し、国を挙げて戦うぞという気運を作っていたのだが。


「国家反逆罪にするぞ少年! ってのは冗談だ。国外追放とは聞いているが、わざわざ着いてきてもらってすまないな。ふたりとも」


「僕は追放されてないんですけどね」


「そうなのか? まぁいい。マルカブが今、国中の操者テイマーを動員して魔獣モンスターの捕獲をさせている。その間に我らで……」


 ヘクトルに頭を下げると、目を伏せて唇を震わせる。

 相変わらず塩対応のヴァネッサは、その顔を見て首を傾げると、なんとなく聞いた。


「気が進まないようですわね」


「そりゃそうだろ! ヴァネッサちゃんの元婚約者だろ!? もう寝てると思うと気が気ではないし腹が立つわ!」


 く、下らない……と呆れた彼女と、そうなの? と顔を赤らめて見るエルク。

 ここで適当にごまかして、ヘクトルに助力を請えないことが一番悪い、と考えた彼女は仕方なく口を動かし。


「王国貴族、婚前交渉は禁止なので」


「何だって!? じゃあ、じゃあヴァネッサちゃんは……しょ」


 言うと思っていた。とばかりに国王の顔面を思い切りビンタした。


「黙れボケ、ですの。というか演技ヘタですわよ。本当は祖国が心配でビビってるのを、ごまかしてるだけでしょうに」


「……当たり前だ。いくら朕が出向いて助力を請うべき状況だと分かっていても、国を離れるべき時なのか……もし奴が早く出てきて、俺だけ生き残ってしまったら申し訳が立たんし……そもそもヘクトルの奴だって、他国の事情に首を突っ込んでくれるか……」


 その美しい頬に真っ赤な手形を付けて。

 アルゲニブは珍しく声のトーンを下げて、歯を食いしばり拳を握る。

 震える彼に向かって、ヴァネッサは大きくため息をつくと。


「最悪の事態を考えてもしょうがないですわ、アルゲニブ。国王でしょう貴方」


 少しだけ微笑んでやって、檄を飛ばした。


「お母様……じゃなかったヴァネッサちゃああああああああん!!」


「ちょっと陛下。いい加減にしてくれませんか。彼女、僕の恋人なんで」


 するといきなり抱きつこうとしてきたので。

 いい加減腹が立ってきたエルクが、ガシッとその腕を掴んだ。


「そういうことですの。アルゲニブ、真面目にしてればお世辞抜きに世界一カッコいい王様なんですから、少しは自省することですわ」


 ふふっと恋人の頭を撫でて。

 そっと手を引き剥がすと、ヴァネッサはふたりに背を向けて歩き出す。

 男二人は思わず顔を見合わせると、アルゲニブがやれやれとため息をつき。


「……そばに居て欲しい女ってのは、いつも遠いんだよな少年。ヴァネッサちゃん泣かせたらマジで国家反逆罪にするから覚えとけよ」


「泣かせるとしたら陛下の方だと思いますけどね」


「貴様マジで処刑してやろうか……いや、いい。今のうちに英気を養っておけよ」


 とても悲しそうに目尻を拭うと、ぽんぽんとエルクの肩を叩いて去っていった。


――


 なんだか疲れた。と、アルゲニブと相対してげっそりした二人は、狭い船室で食事を終えて。

 ぐわんぐわんと揺れを背中に感じながら、一つのベッドで横になっていた。


「さて、エルク。向こうまでは時間ありますしぃ」


 ふと、雑誌を読んでゴロゴロしていたヴァネッサが恋人の背中に抱きついて。


「……い、いきなり、なんですか?」


「”あんなこと”言いましたけど、もう王国民じゃないですしね」


 最近はふたりきりの時間もなかったなと、急に熱くなる彼の耳を優しく噛んだ。

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