第41話:揺らぐ炎

「でっか」


 一言つぶやいて、ヴァネッサは言葉を失う。

 丸呑みされそうなほどの大きな嘴、使役テイムに逆らいギラギラと睨みつける瞳。

 不機嫌に逆立つ黄金の翼。今にも殺してやると地面を噛みしめる、巨大な鉤爪のついた四本の脚。

 キンググリフォンを見つめて、彼女は目が点になっていた。


「え、これほんとに乗るんですか?」


 エルクも巨獣を指さして目を見開き、操者テイマーたちに聞いた。


「こっちももう限界なんです!! 早くして!!」


「あっ、はい……」


 繋いだ手綱を必死に握る女性に、泣き言とも叱責ともつかない怒鳴り声を挙げられて。

 彼はとりあえず脚に取り付いて、なんとかよじ登った。


「あ、思ったよりもふもふしてる……ヴァネッサ! 使役テイム頼みますよ!」


「え、えぇ! 今乗りますわ!!」


 続けて彼女が震える脚を動かし踏み台を昇って、エルクに手を引かれて。

 彼の後ろに座って毛皮にしがみつくと、キンググリフォンの声が頭に響いた。


”こわいこわい殺すこわいこわいこわい殺す……”


 怖いから暴れようとしているんだ。と感じて。

 こんな巨獣でも怯えているのに、自分が怖いのなんて当たり前だろうと。

 むしろ開き直って勇気が湧いたヴァネッサは、力強く話しかけた。


「……大丈夫ですわ、グリちゃん!! 一緒に飛びましょう!!」


”ふざけるな、肉のくせに、はなせ、かえる”


 ぐりちゃん? と思わず振り返ったエルクを差し置いて、彼女は対話を試みる。

 喉を鳴らし唸る巨獣と、ヴァネッサの声。

 エルクや操者テイマーたちには巨獣の言葉は届かなかったが、彼女の言葉だけでなんとなく、この空の王者が逃げたがっているのが分かった。


「何をビビってんですの。貴方空の王者でしょう!?」


”あれ、むり、俺より、つよい”


「わたくしは、あのドラゴンを封印する人間ですわ。信じて下さいまし」


”ばか、人間、弱いだろ”


「でも人間に捕まったんでしょう? グリちゃんったら。それにほら」


”なんだ? えらそう、ムカつく”


 彼女は実に偉そうに、空を指差す。

 三銃士が創り出す虹の輪に、グリちゃんの目を向けさせて。


「あんな小さい子たちだって、ドラゴンに怯えずに戦ってますわよ」


”ぐるるるるる……お前、あとで食う”


 軽くおちょくってその気にさせると、優しく毛皮を撫でた。

 そして今度は真剣な声で、オイドマ・フォティアの方を指差す。


「グリちゃん。あの紅い方のドラゴン、見えますわよね」


”あれ、こわい……”


 改めて見据えると、真紅に煌めく鱗が炎を帯びて。

 ”揺らぐ炎オイドマ・フォティア"の名前の通りに、巨龍の放つ熱が光を捻じ曲げ、その姿がゆらゆらと揺れる。

 アウローラの巻き起こす暴風の中、古炎龍のいる場所だけはまるで台風の目のように晴れ渡っていた。

 その圧倒的な威圧感に、グリちゃんは思わず首を地面に降ろして、ガタガタと震え始め。


「あっちが勝ったら、貴方もわたくしたちも、みんな燃やされますわ。貴方とわたくしが今やらなきゃいけないのは、そっちの丸い方のドラゴンに、絶対勝つための作戦を伝えることですの」


 ヴァネッサはその姿を見てやっと、弱い所をみせるほど仲間扱いしてくれたんだと胸をなでおろした。


”……あれ、言葉、通じない”


「わたくしなら、できますわ。現に今、貴方と話してるでしょう?」


”おまえ、俺、なんで、人間、言葉、分かる?”


「やっと気付いたんですの? それは、わたくしがヴァネッサだからですわ!!」


 そういえば話が通じる。人間のくせに。と彼は驚いて、ぐるんと振り返ってヴァネッサの顔を見つめる。

 何言ってんだろうこの人……。と周りの人間達は彼女を見て首を傾げていたが。

 何故かキンググリフォンは納得したように、嘴をカチカチと鳴らした。


”わからない、けど、おまえ、すき……”


「わたくしも貴方みたいなもふもふ、大好きですわ! 行きましょう!!」


 彼女が威勢よく叫ぶと、グリちゃんは自分を鼓舞するような雄叫びを上げて。

 勢いよく地面を蹴り、嵐の空へと羽ばたく。

 落ちる落ちると二人が慌てて毛皮を掴んで、エルクが怒鳴った。


「うぉっとおおおおおお!! ヴァネッサ、僕の言う事聞けって!! 伝えて下さい!!」


「あわわ……グリちゃん、もう一人乗ってるの分かりますわよね!? この人間が、わたくしの代わりに貴方を手伝いますわ!! 従って下さる!?」


”それ、きらい、でも、ヴァネッサ、いうなら”


 彼の言葉を上手いこと伝えると、機嫌良さそうに目を細めたグリちゃん。


「いい子ですよ、グリちゃん!! 僕たちを落とさないでくださいねっとぉぉぉ!!」


”お前、おとす。ヴァネッサ、のこす”


 しかし力強く手綱を引いたのが良くなかったようで。

 若干怒った巨獣は小さく振り返り、エルクを睨みつけた。


「なんて言ったんですか今?」


「……ちょっと翻訳できませんわね……」


「怖すぎるんですけど」


 嵐に乗って、キンググリフォンに乗った二人は飛ぶ。

 それを見た子竜三銃士達は楽しそうに、結界を張りながら周りを飛んだ。


「グリフォンだ!」「かっこいい!」「すごい!!!」


”うるさい、殺す”


「グリちゃん、この子達は味方ですわ……」


 ちょろちょろと飛ぶ三匹に怒る巨獣をどうどうとなだめて、アウローラの所へ。

 近づくに連れて息もできないほどの暴風が吹き荒れる中、エルクの目に紅い閃光が見えた。


”羽虫が。我の前を飛ぶな”


「あっっっぶね!!」


 反射的に手綱を手前にひっぱり、大きく上昇させる。

 その直後、強烈な熱線が突き抜け嵐に穴が空き、真紅の龍の顔が覗いた。


”上手く避けたようだが。消えろ”


 今のがオイドマ・フォティアのブレスだと彼は一瞬で判断し、ヴァネッサに振り返り怒鳴った。


「ジグザグに飛びます!! 指示するって、グリちゃんに伝えて!!」


「わかりましたわ!!」


”こわいこわいこわいこわい……”


「グリちゃん、がんばってくださいまし!! エルクが引っ張る通りに飛べば、絶対当たりませんの!!」


”たのむ”


 キンググリフォンにはもう、考えるほどの余裕はなく。

 もうこの人間達の指示に従った方が安全だと直感して、諦めた。

 そして、飛び交う熱線をひらひらと回避して、嵐の中心に浮かぶアウローラに近づこうと羽ばたいたのだが。


「全然近づけませんのぉぉぉぉ!?」


 空の王者の翼でも、虹龍の巻き起こす嵐には敵わずに。

 グリちゃんが疲れてくるに従って、回避もギリギリになっていた。

 そんな中、次はどう狙ってくるかと集中して考えていたエルクが、ふと思いつく。


「ブレスで嵐に穴開けてもらうんで、その時に突っ込みます」


「ふぁっ」


 それだけ説明して、返答も待たずに手綱を引いて。

 オイドマ・フォティアとアウローラの間に割って入り。


「どうしたんだ? 古炎龍様のくせに、羽虫一匹落せねぇじゃねぇか!!」


「えええええエルク!?」


「そのブレスは飾りかよ!! ザコドラゴン!! 人間に負ける程度のカス!! ばーかばーか!!」


 疲労困憊で考える頭もなく、子供っぽい悪口で煽り散らすと、イライラしていた古炎龍は言葉を交わすのすら止めて。


”……”


 大きく口を開いて、鱗が太陽のように輝くと。

 街一つは飲み込むかと思うほどの火球が現れた。


「やりすぎたかな……?」


「避けれますの?」


「いやむしろ、余裕です」


 それが口を離れる瞬間、エルクはグリちゃんの頭を掴んで。

 全力で下に向かって押し付け、一気に急降下した。


「ぎゃああああああああああああ!!!」


「舌噛みますよ!!」


 海に向かって落ちていく二人と一頭の後ろで、爆発音が空を揺らした。

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