第24話:くじ
「で、これ本当にクジなんですか」
ゴール地点に向かって行く、客を乗せた船を見送り。
なにかやってると見物しに来た野次馬の後ろで、エルクがヴァネッサに耳打ちした。
彼女の
そうでなくても魔獣の声を聴くことができるヴァネッサやアウローラからしたら、出走する子ザメを選んで番号を振り直すことで、結果をコントロールできるじゃないかと。
「……クジですのよ」
ジト目で見つめてくるエルクから目をそらして、彼女はボソッと呟いた。
特に生きが良くて負けん気が強く、支配の笛に機敏に反応してくれる三匹に名前をつけていたのは、なるべく自然な形で操作するため。
それがバレているとは言え、認めるわけにはいかなかった。
「ふーん。胴元が結果を操作できるのに。どうせ名前つけてた子たち、そのための手札でしょ」
「…………しませんわ」
なるべく。と顔に書いてあるヴァネッサに、彼は若干頭を抱えて。
ギャンブルが致命的に下手なんだから、無駄な商売っ気を出して失敗しなきゃいいけど。と首を振る。
「不自然にならなきゃいいんですけど」
「……」
考えていることを大体言い当てられて、ヴァネッサは黙る。
そんな様子に、エルクはため息をついた。
「はぁ。ほら、そろそろ始めるみたいですよ。実況行かなくていいんですか?」
「おおぅ。忘れてましたわ!」
レースの様子を実況して、ビーチにいる見物人の興味もひこう。
そんな事を言っていたなと思い出したエルクは、彼女の肩を軽く叩く。
我に返って、行こうとした彼女はふと彼の顔を見て。
「あ、エルク」
「なんです?」
「手伝ってくれてありがとう、ですわ」
はにかんだ顔で、そっと唇を重ねた。
「もう! そういうのは後でいいですよ後で!!」
顔を真赤にしてぶんぶんと手を振る。
そんな彼を、彼女はもう少しだけからかった。
「後ででしたら、もっと先まで行きますのに」
「あーもう!! はしたない!!」
耳まで真っ赤になって怒るエルクに微笑んで。
ヴァネッサはレースを盛り上げようと走っていった。
――
結局夕暮れまで稼いで家に帰り、今日の勘定を付ける。
じゅうじゅうとエルクの振るう鍋が音と香りを立てている後ろで、ヴァネッサはぐっと拳を握りしめ奇声を上げた。
「ひぃふぅ……おほぉぉぉぉぉぉ!! 銅貨60枚! 初日からギリ黒字ですわ!!」
手にしたペンで帳簿に数字を書き込み、満足そうににこにこと眺める。
そんな彼女を横でじっと見ていたアウローラが不思議そうに首を傾げた。
「ヴァネッサ。黒字? どういう意味ですか?」
「儲かった、ってことですのよアウローラ。この調子で行けば、もっと美味しいものが食べられると言う訳ですわ!!」
「なんと!! それは素晴らしいですね!!」
きゃっきゃと笑い合う二人に振り返るエルク。
彼は少しため息をついて、手にした大鍋をごとっと食卓に置いた。
「はい、ご飯ですよ。せっかく黒字だったのでおかずを一品増やしましたけど……母さんへのツケの話もありますし、もっと稼いでくださいね」
「分かってますのよ~。
「まぁ、人間の世界で暮らすには仕事があったほうがいいでしょうし……って、思いっきり労働力に使う気じゃないですか」
「働かざるもの食うべからず、と言いますわ。まぁ働かないと貴族でも取り潰しになりますし?」
「それ、笑えないんで止めてください」
わたくしの家みたいに。と悲しく微笑むヴァネッサに、エルクは苦笑いで返して。
ふとアウローラを見ると、彼女は晴れ晴れとした笑顔で食卓を見つめていた。
「お金儲け、と言うのはとても素晴らしいものですね!!」
「でしょう? なので貴女もぜひ労働の喜びを感じましょう」
「えぇ! もっと学びたいです!」
お金を稼げば食事が増えるという、非常にわかりやすいエサに釣られるアウローラ。
そして彼女をおだててのせて使おうとするヴァネッサ。
「まぁ、いいんですかねぇ。楽しそうだし」
まだ心配のタネは残っているけれど、ヴァネッサがなんとかこの暮らしに馴染んでくれたんだなと嬉しくなって。
ただアウローラにやたら俗っぽいことばかり教えている事にちょっとだけ心配になりつつ。
エルクは目を細めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます