第23話:ゴーストシャークレーシング
あれから三日ほど。
早朝からごそごそじゃぶじゃぶと浅瀬をかき分けて、ヴァネッサが滴る汗を拭う。
ビーチの一角にアウローラに頼んで魔除けの結界を張ってもらい占領し、浮きをつけた網とロープを張って、それを固定する杭を打ち付けた場所。
その中に幽霊鮫の子どもたちを集めていた。
「……よし。アトス、ポルトス、アラミス。貴方達が最初のスターですわ……!」
「ごはん!?」「ごはん!」「ごはん!!」
特に元気よくピチピチと跳ね回る三匹の子ザメに、名前を刺繍したリボンをつける。
そんな謎の作業をしていたところに、朝の仕事を切り上げたエルクがやってきた。
「ヴァネッサ。色々買ってきましたよ」
「おおぅエルク。今日は早いですわね」
大きな荷車に、大量の袋。
砂浜に氷のレールを作ってごろごろと転がしてきた彼は、やる気を出したヴァネッサのために。
「母さんに頭下げたんで、ちゃんと成功させて下さいよ」
彼女が考えた幽霊鮫レース――アウローラの魔法結界の中に作ったコースで子ザメを競争させて、順位を当てたら景品が貰えるというクジの景品を、母から仕入れてきた。
頭を下げるのは本当に嫌だったのだが、母ライラはヴァネッサがちゃんとした事業を始めると来て喜び、ビーチの一角の使用権とツノマリちゃんグッズの在庫をくれた。
その景品を車からおろした彼は砂浜に腰掛けると、ピチピチと跳ねる子ザメを見てつぶやく。
「しっかし、こんな子ザメ使って人気出るんですかねぇ」
「最初は子どもたち相手の商売からですわ。親御さんがリヴァイアサンウォッチングに行っている間の、ちょっとしたクジとしてですわね。いずれ規模が大きくなったら、人が乗れるサイズの魔獣を使ったレースもやりたいですわねぇ」
そんな彼に、ヴァネッサは自信満々に計画を話す。
子ザメを使役するのは簡単だし、極論ゴールの方から
最も、リヴァイアサンウォッチングはそこそこ値が張るし時間もかかるので、金持ちの子供の小遣いを使わせようという下心が一番強かったのだが。
「ちゃんと考えてるんならいいんですけど……」
「腐っても大貴族。要は経営者でしたのよ。うまいことやりますわ」
そんな風に作り上げたレース会場。
「ヴァネッサさ~ん。こっちも出来ましたよ~」
真っ白なワンピースを着て、満面の笑みのアウローラが手を振る。
彼女はヘクトルがくれたという上質な絹の服をいたく気に入ったようで、丁寧に洗いながら毎日着ているのだが、それはそれとして。
”ゴーストシャークレース会場はこちら!”
そう書かれた看板を、圧倒的な腕力で砂浜に深々と突き刺していた。
「いや、こう埋めこむんでなくて……看板をくぐる感じにと……」
「あら?」
「ま、まぁいいですの。操者互助組合から人を呼んでいますので、昼には営業を始められますわね!」
腰に手を当てて胸を張るヴァネッサは、開業前の最後の準備をせこせこと進めていた。
――
「さあさあ! よってらっしゃいみてらっしゃいですわ!! 順位を当てたらツノマリちゃんグッズをもらえましてよ!!」
リヴァイアサンウォッチングの船着き場の横。
看板とぬいぐるみを持ったエルクの隣で、ヴァネッサが声を張る。
小さな子どもたちや、船が苦手なご婦人たちが彼女の方を興味深そうに見た。
「お父さんが戻ってくるまで、見ていきましょうか?」
「うん、あのぬいぐるみ欲しい!!」
キラキラとした視線に、ヴァネッサは思いっきり営業スマイルを向けて。
「お目が高いお子さんですわ! この色違いツノマリちゃんぬいぐるみは限定商品ですの! 他にも巨大ぬいぐるみや、ツノマリちゃんメモ帳とかグッズを用意しておりますのでぜひぜひですわ!!」
ぐふふ。釣れてますわね?
なんてにやにやと笑いそうになるのを笑顔の裏に隠したヴァネッサは、ぞろぞろとお客を連れて歩いて行く。
「さてさて、ルールを説明しますわね~。今このスタート地点から、番号の書かれたリボンの付いた子ザメたちが出発しますの! それで向こうのゴール地点に到着する順番を当てるだけですわ!」
お腹にリボンを巻いた子ザメの一匹を持ち上げて説明して、ゴールの小舟に乗る操者(テイマー)とアウローラを指差す。
そして目線をお客たちに戻して、景品を広げた。
「一位から三位までを当てたら、色違いツノマリちゃんぬいぐるみを差し上げますの! 全部外れても、このアディル村ポストカードをプレゼントしますわ!」
興味深そうにふんふんと聞く客を相手に、彼女は小さな紙片を配る。
「聞いていただいてありがとうございますの、実に運がいいお客様の皆さん!! 今回が初めての開催なので、最初の予想は無料にさせていただきますわ!! 追加の券は一枚あたり銅貨一枚で、あちらの少年からご購入下さいまし~!」
そしてエルクを指さして、彼に説明を引き渡す。
「では皆さん。そこの生け簀を見てもらって、勝てそうな子を見極めてくださいね」
彼も続けて客を促すと、わらわらと子ザメの生け簀に群がった。
口々に何番が元気だとか、強そうだとか。楽しそうに予想する客の後ろで、小さな箱を持ったエルクが歩く。
「レースは予想が終わったらすぐ開催ですよー。数字と、お客さんの名前を書いたらこの箱に入れてくださーい。景品をお渡しするのに必要ですから、名前を忘れないようにお願いしまーす。文字が書けない方は、代わりに書きますよー」
そう言って客から紙片を集めて。
追加で予想したいと言う客には紙を売り。
「エルク? 回収終わりましたの?」
「大丈夫です。〆ましょうか」
「おほん! では皆様! 記念すべき第一回幽霊鮫レースの開催ですわ!!」
ヴァネッサが、ゴールで待つ小舟に向かって手を振ると。
いよいよ最初のレースが始まった。
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