第6話:本性
(くけけ……勝ちましたわ! ”21”でこのわたくしに勝負するなんて!!)
父に似て全く賭け事の才能がないヴァネッサには、これだけは得意だという物がある。
カードを1枚ずつ引いて、21に近づけていくこのゲーム。
王国のルールでは2~10の数字を8枚ずつ、1と11を4枚ずつ用意する。
一度の勝負のたびに引かれたカードは全て捨てられ、山札がなくなるまで続く。
つまり、捨てられたカードを全て覚えていれば。
後半になるほど、そこそこの確率で勝つことができるというわけで。
「最後の山札を引きますわ。……21。わたくしの勝ちですの」
父の借金を返すために、金の匂いのすることはだいたい全部やった。
そんな彼女は、努力で勝てる勝負にやたらと強い。
「やるな、嬢ちゃん……」
エルクから貰った煙草代が五倍に増えたところ。
ヴァネッサを誘った男が、額に脂汗を流す。
彼はちらっと両隣に座る男たちを見て、目線だけで合図をした。
「さて、仕切り直しだ。切り直すぜ」
「ええ。もう一度行きましょう」
ぐふふ。と彼女の頬が上がる。
ちょろいちょろいと慢心する彼女は、男が何枚かカードを袖に隠したことに気づかずに。
「……おっと悪いな。俺の勝ちだ」
「いやー、悪いねぇ。俺勝っちゃった」
「ツキが回ってきたらしい。悪いねぇ嬢ちゃん」
みるみるうちに小銭が消えてゆく。
「ちょちょちょっと、おかしくないですの? もう一文無しですの! 終わりですわ!!」
そして滝のように汗を流して、勝負を終えようと席を立とうとして。
「まーだ賭けるもん残ってるよなぁ。『美人』さん」
周りのならず者達に華奢な両肩を押さえつけられ、席に座り直させられて。
にやにや笑いで見つめる男に、いやいやいやいやと手を振った。
「……いやほんとに、お金はもう無いので!」
「その高そうな煙管に、いい服も着てる。まだまだ楽しもうじゃねぇか」
「こ、これはダメですの! 服も! 絶対嫌ですわ!!」
「なら身体で払えよ。てめぇのご主人、確かただのガキだったよなぁ。処女だろ?」
とんでもないところに来てしまったと。
慌てるヴァネッサの頬を、男が下品に撫でようして。
「……どうも。ただのガキです」
盛大に呆れた顔をしたエルクが、男の腕を掴んだ。
「エルクぅぅぅぅぅぅ!! 助けて下さいまし! こいつら絶対イカサマしてますわ!!」
「カウンティングもイカサマのうちですよ。ヴァネッサ。それでカジノ出禁になったでしょ」
飲み物を買って戻った時、ヴァネッサがガラの悪い男に囲まれているのを見た彼。
遠くからテーブルに置かれたカードと小銭、そして男たちの怪しげな動きを見て、イカサマにボコボコにされるのもいい薬だろうと見守っていたのだが。
手を出すのであれば、話は別。
涙目ですがりつく彼女の前で、エルクは怒る。
「おい、オッサン。誰の奴隷に手ェ出してると思ってんだ? あ?」
額に青筋を立て。
凶悪に犬歯をむき出して睨みつけ。
怒りとともに溢れた魔力で、周囲の空気がぱきぱきと音を立てて凍る。
「ガキが……! お前の女は賭けに負けたんだよ! 消えな!」
「そのイカ臭い手ェぶった切って、二度とカード触れないようにしてやろうかオッサン。あと周りのボケ共。覚悟しろや」
一触即発の空気が立ち込める。
エルクは予め数えていたならず者達の人数、持っている武器の種類を思い出し。
恐らく簡単な魔法しか使えない程度の雑魚であることを結論付けた。
「ヴァネッサ。さっさと逃げて下さいよ」
「言われなくてもですわ!!」
元気よく返した彼女の声を合図に、男の腕を凍らせる。
振るわれるナタをしゃがんで避けて、足を払う。
いいぞやれやれ! と騒ぎ出す他の客の喧騒に紛れていったヴァネッサの後ろ姿に安堵して。
投げる、殴る、跳ぶ、蹴り倒す。
「ぺっ……雑魚が」
まさに秒殺。
王国武闘会の、史上最年少準優勝者は格が違った。
「あれ、ヴァネッサ。煙管落ちてますよ」
気絶した男に唾を吐き捨て、埃を払った彼がふと気づく。
逃げる時に落とした煙管。彼は反射的にそれを拾い上げた。
「ありがとうございますわ! エルクは流石ですわねぇ……」
すんでのところで色々と救われた彼女が、笑顔でそれを受け取ろうとして。
エルクのものではない魔力を感じた。
「……エルク、きききき煙管が……」
「え?」
ぴしぴしと、真っ白な煙管の表面に亀裂が走る。
そしてぽろぽろと表面が剥がれだして、真珠色の光沢が
持ち主のヴァネッサでも感じたことのない、古龍の力を封じ込めた
その封印が解き放たれた。
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