第144話 進まぬ討伐、消耗する討伐軍
☆
フリデール校長から非常事態を告げられた翌日。
ルーンフェルト魔術学校のあるポルタ島には、朝から次々と人と物資が送り込まれ始めていた。
「これは……まるで戦争ね」
島を発つ船の順番を待ちながら呟いた私に、隣のオリガが「当然よ」と答えた。
「暴走した迷宮の沈静化は、長いと二、三ヶ月かかることもあるわ。投入される人員も戦闘要員だけで数千人。それだけの人間が交代しながら昼夜休みなく討伐を続けるの。当然補給や医療に従事する人員も千人規模になる。––––言わば、迷宮相手の戦争ね」
「へえ……」
つまり討伐軍は、人員を交代させながら休みなく迷宮内に戦闘員を送り込み、魔物を、削って、削って、削りまくる。
迷宮核(ダンジョン・コア)による魔力供給が追いつかなくなるほどのスピードで。
そうして迷宮核ににじり寄り、暴走が沈静化すればそれでよし。
収まらなければ核を破壊してしまう、ということか。
「それに迷宮核の暴走は、周辺の迷宮を刺激することもあるわ。おそらく今頃、近隣の迷宮にも調査隊が入っているはずよ。もしそっちでも異常があれば、場合によっては複数迷宮の同時討伐もあり得る。そうなれば万を超える人員が動くことになるでしょう」
「万……か」
私は初めて聞く討伐戦の規模の大きさに、息を呑んだのだった。
☆
五日後の朝。
私とアンナはエーテルスタッドの公館前で、迎えに来たオリガの家の馬車に乗り込もうとしていた。
「あの、気をつけて下さいね」
心配そうに、そしてやや居心地悪そうに私たちを見送るリーネ。
そんな彼女に、私は微笑んでみせる。
「大丈夫よ。無理はしないから。それよりリーネも外出するときは気をつけて。よそからたくさん冒険者が集まってるみたいだし。––––留守をお願いね」
「はいっ。私も魔術の練習、頑張ります!」
こぶしを握りしめたリーネが頷く。
結局討伐には当初の話通り、オリガと私、アンナ、セオリクの四人で参加することになった。
リーネは公館の庭で魔術の練習を。
レナは孤児院に戻ってバイトに出ていると聞いた。
いよいよ今日から、ルーンフェルトの学生にも討伐参加が解禁される。
討伐そのものは私たちが学校を離れた日から始まっていたから、私たち学生に期待されているのは『残敵掃討と新たに出現した分の魔物を駆逐する役割』なのだとオリガが説明してくれた。
一人、学校が用意した宿で寝泊まりしているセオリクと船着場で待ち合わせ、船でポルタ島に向かう。
「お世辞にもいい天気……とは言えないわね」
「そうだな」
セオリクが頷く。
あいにくの曇天。
すでに十一月に入り、湖上を冷たい風が吹き抜けてゆく。
「これからどんどん寒くなるわ。半月もすれば雪の日の方が多くなるわよ」
オリガの言葉に、思わず苦い顔をしてしまう。
「なんとか冬休み前には授業を再開して欲しいところだけど……」
冬季休暇は、十二月中旬から二月の末までだ。
「微妙なところね」
首をすくめたオリガに、私はため息を返したのだった。
☆
船を降りた私たちは、島の波止場に漂う異様な雰囲気にのまれていた。
「これは……」
言葉につまる。
荷積み場に並んだ木棺の山。
傷つき項垂れた何組もの冒険者パーティー。
仲間の遺品らしきペンダントを握りしめる者。
座り込んでガタガタと震える者。
そこらじゅうから聞こえる嗚咽と呻き声。
––––負け戦。
そんな言葉が脳裏をよぎった。
「……行くぞ」
茫然と立ち尽くしていた私たちにセオリクが声をかけ、先導する。
そうして波止場を離れルーンフェルトの校舎まで来たとき、オリガが言った。
「詳しく話を聞く必要があるわね」
「同感だ」
即答するセオリク。
そうして私たちは、討伐軍の受付のある大ホールに向かったのだった。
「皆さんの進入許可エリアは、第一階層までとなります」
「「えっ???」」
受付の女性の言葉に、私たちは思わず声をあげた。
今の私たちにとって、第一階層の魔物は格下だ。
足を止める必要もなく倒してまわれるだろう。
それに第一階層であれば学生の討伐参加者も多いはず。
他の学生に私たちの戦い方を見られる可能性を考えると、できれば第二階層以上で戦いたい。
「あの、でも私たち、第二階層までの探索試験に合格しているんですけど……」
私がそう言うと、女性は目を細めて私たちを見た。
「現在第二階層以上に進入できるのは、軍の部隊とB級以上の冒険者パーティーとなります」
「B級? 第二階層が?? ルーンフェルトの二年生が普通に潜る階層なのに???」
聞き返したオリガに、受付の人は「少しお待ち下さい」と言って席を立つと、奥の人からなにやら紙を受け取ってきて机の上に広げた。
それは、何かの表だった。
「昨日までに第二階層に入ったB級冒険者の方は、三百パーティー、約千二百名です。その中で帰還報告があった方が九百名。死亡報告があった方が百名。行方不明者が二百名となっています」
「つまり、たった五日間で四分の一が損耗したということか?」
身を乗り出したセオリクに、女性が頷く。
「はい。ご参考までに、第一階層でのC級の方の死亡率、行方不明者の比率がほぼ同程度です」
「C級って……」
「ルーンフェルトの卒業レベルがほぼその辺りよ」
呟いた私にオリガがフォローを入れる。
最後に受付の人は、声を落として言った。
「本当は募集側の私が言ってはいけないことなのでしょうが……よほど腕に覚えがないのであれば、やめておくことをお勧めします。命あっての物種ですよ」
☆
「何よこれ。ずっと討伐が続いてるのに、なんでこんなに敵が湧いてるのよ」
氷槍を連射し、三体の水棲ゴブリンを串刺しにしたオリガが吐き捨てるように呟く。
「この数だと、生半可なパーティーは全滅するだろうな」
セオリクが言いながら二体を斬り捨てる。
「新手です! 三体っ!!」
後ろから響くアンナの声。
––––が、敵はすでに目の前。
「『部分防御(パルト・ディフェンシア)』!!」
間一髪。
私とクマたちは防御膜を通路いっぱいに展開する。
防御膜で絡め取った敵にセオリクがとどめを刺す。
(厳しいな……)
レナの代わりにアンナが探知役(サーチャー)を引き受けてくれているけれど、やはり遅い。
あと、初撃の火力が足りない。
リーネがいなくて敵前衛が崩れないまま突っ込んでくるから、どうしても押し込まれる。
「この戦闘が一区切りついたら、一度戻りましょう!」
「おう!」 「「はいっ」」
私の言葉に、皆が頷く。
余裕がなさすぎて、精神がガリガリ削られる。
このままじゃ、集中力が続かない。
こうして私たちはその日、一時間ほど第一階層に潜っただけで地上に戻ったのだった。
☆
それから三日が過ぎた。
進まない討伐。
消耗する討伐軍。
リタイアする冒険者たち。
冒険者だけじゃない。
騎士団の騎士たちの表情からも、彼らが相当に消耗していることが見てとれた。
そうして私たちが討伐に参加し始めて四日目。
『ひょっとしたら』と思っていたことが起こった。
その日、いつものように討伐の申し込みに訪れた私たちに受付の女性が渡してくれたのは、校長先生……フリデール先生からの招待状だった。
『相談したいことがある。明日の十時、パーティーメンバー全員で校長室に来て欲しい』
☆
7月16日発売のコミックス1巻の特典情報が発表になりました!
https://hifumi.co.jp/lineup/9784824202680/
尚、二八乃は特典コンプのため書店をハシゴする予定です。
引き続き本作を応援よろしくお願い致します☆
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