第143話 非常事態宣言



 ☆



 桟橋にいたケガ人は、ルーンフェルトの教師陣と、冒険者たちだった。


 三十人はいるだろうか。


「男連中は手を貸せ! 街の治療院にケガ人を運ぶぞ!!」


 そう叫んだバリエンダール先生自身、腕に巻いた包帯に血が滲んでいる。


「一体、何があったんでしょう?」


 茫然として呟くリーネ。

 オリガが桟橋を見つめながら目を細める。


「確か今日は、バリエンダール教諭が仰っていた迷宮核(ダンジョンコア)の調査日よね。––––そこで何かあったのかしら」


 湖中迷宮の迷宮核は、第四階層にあると授業で聞いた。


 生徒が入れるのは、第三階層まで。


 第四階層には先生方が冒険者ギルドから派遣された高レベル冒険者たちとパーティーを組み、年に二回、夏と冬の長期休みに掃討に入っている。


 ルーンフェルト魔術学校はこれまで、そうして湖中迷宮の総魔力量を調整し、迷宮核の成長をコントロールしてきた。


 ところが今回は、校長先生の指示で急に調査が行われることになったという。




「そういえばこの間の試験の帰り、フリデール先生の様子がおかしかったよね」


 私の言葉に、アンナが頷く。


「何か、引っかかっておられるようでした」


「校長の勘はどうやら正しかったようだな」


 セオリクの視線の先には、混乱の中で矢継ぎ早に指示を出しているフリデール先生の姿があった。


「第四階層で何かあったんでしょうね。……この感じじゃ、当分の間は湖中迷宮は立ち入り禁止ね」


 オリガがため息を吐き、私たちは言いしれぬ不安を抱えたまま寮に戻ることになった。


 間違いなく授業に影響がでるだろう。

 なにせ、教師にもケガ人が出ているのだ。


 幾つかの授業は休講になるだろうし、オリガが言ったように、迷宮での実習は当分の間中止され自主練習も禁止されるだろう。



 ところが事態は、私たちが思っていた以上の速さと規模で拡大していくことになる。




 ☆




 翌朝。


 大ホールに集められた私たち生徒は、湖中迷宮が立ち入り禁止になることを校長先生から告げられた。


「すでに耳にした者もいるだろう。私らの足もと、湖中迷宮の深部で異常が起こってるのさ。魔物の異常増殖と変異種の発生、迷宮構造の変化と拡張も確認された。––––おそらく迷宮核(ダンジョンコア)が暴走してるんだろう。放っておけば地上まで魔物が溢れ出すのも時間の問題だ」


 どよめく生徒たち。


 校長先生は手でそれを制すと、皆を見渡しこう言った。



「この異変に対し、ルーンフェルト魔術学校はノルドラント王国と全ての関係者に対し『非常事態』を宣言することになった。


 当分の間、学校は休校。全生徒は明日正午までにポルタ島から退去し、エーテルスタッドまたは王都で公報での指示があるまで待機するように。


 もちろん宿泊先については、学校が国と協力して十分な数を確保する。自宅待機する者はその旨を申告するように」



 フリデール先生はそこでひと息つくと、再び話し始めた。


「諸君への指示は以上だが……最後に一つ、話しておかないといけないことがある。『討伐軍への参加』についてだ。


 今回の迷宮核暴走は王国法に定める『大規模迷宮災害』にあたるため、王命で大規模な討伐軍が召集されることになる。王国騎士団を核とし、冒険者と有志を加えた臨時の討伐隊だ。一気に魔物を殲滅して迷宮核のエネルギーを削ぎ、暴走を鎮める。


 そしてこの討伐隊には、諸君も参加することができる。正式に登録して討伐に参加すれば卒業に必要な単位への加算があるし、冒険者登録をしておけば討伐の成果に応じた貢献値も付与される。つまりギルドのサービスをより良い条件で受けることができるようになるわけだ。また災害討伐で入手した魔石は、相場の二倍以上で国が買い取ってくれる。


 まあ、これだけ聞けば参加したくもなるだろう。––––だけどね。一つ大切なことを言っておく」


 校長先生は、そこでギロリと皆を睨む。


「命を粗末にしちゃいけないよ。迷宮核が暴走している今の湖中迷宮は、何が起こるか分からない。第一階層でも高レベルの魔物が出現するかもしれないし、既存のマップも間もなく使えなくなるだろう。死にかけても誰も助けちゃくれないんだ。『死ぬ覚悟がある』者以外は絶対に手を出すんじゃないよ。……以上だ」


『死ぬ覚悟』


 その言葉が、私の頭にこびりつく。


 こうして私たちは、一時退寮の準備に追われることになったのだった。




 ☆




「みんな、ちょっといい?」


 ウグレィの教室。

 終礼が終わると同時に口を開いたのは、オリガだった。


 近くに座っていた仲間たちが、彼女に視線を向ける。


「さっき校長先生が言っていた討伐隊の話……私は参加したい。力があるのに正しく使わないのは、ヘルクヴィストの矜持に関わるから。みんなはどう?」


 突然のオリガの問いかけに、思わず顔を見合わせる私たち。


「えっと……」


 私は逡巡する。


 魔術を学ぶために領地をソフィアたちに任せて留学している私にとっては、この状況が長引くのはありがたくない。


 正直、一日も早く学校を再開して欲しい。


 そして今の私たちは、火力と防御力だけ見れば、おそらくこの国で最高戦力のパーティーだ。


 迷宮攻略の経験が不足している点が不安ではあるけれど。


 それでも討伐に加われば、それなりに力にはなれるだろう。


「…………」


 結論が出る。


 私は小さく手を挙げた。




「私はいいよ。早く学校に再開してもらいたいし」


 すると、隣のアンナも手をあげる。


「レティが参加するなら、私も参加します」


「俺も参加しよう」


 続いて手をあげるセオリク。


 その流れで、自然とあとの二人……リーネとレナに視線が集まる。


「ええと、私は…………」


 リーネの目が泳ぐ。


「わ、私は…………」


 言葉に詰まるリーネ。

 その横で、


「私はやらない」


 はっきりと拒否の意思を示したのは、レナだった。


「え……?」


 予想外の返事に固まる私たち。


 国から奨学金を受けている彼女が学費のたしにするために、休みのたびに街にバイトに出ていることは知っていた。


 そんな彼女にとって、魔石の買取額が倍になる討伐隊への参加は悪くない話のはず。


 だから私は、てっきり彼女は討伐に参加するものと思っていたのだ。


 それは他のメンバーも同じだったようで––––


「なんで?」


 眉をひそめるオリガ。

 そんな彼女にレナはこう返した。


「私は今ここで死ぬわけにはいかない。私が死ねば孤児院が奨学金を返さなきゃならなくなる。だから私はやらない。やりたいなら、やりたい人たちだけでやって」


 そう言うとレナは鞄を持って立ち上がり、私たちに背を向けて教室の出口に向かって歩き出す。


「あっ、待ってください!」


 ワンテンポ遅れて立ち上がるリーネ。

 彼女はそのまま私たちに深々と頭を下げた。


「私も故郷にいる母を独りにはできないので、今回は不参加にさせてくださいっ!」


 そう言ってレナの背中を追いかける。

 予想外の反応に固まり、そのまま二人を見送る私たち。


 我に返ったのは、彼女たちが教室を出て行った後だった。


「ええと……。どうしよう?」


 私の間の抜けた声が、誰にも拾われることなく宙に消えた。









今回は二つご報告です!


まず一つめ。

コミカライズ7話が更新されました!

序盤のクライマックス回。

レティと竜操士の大激突!!

ぜひご覧下さい。


そして二つめ。

なんと本作のコミックス1巻の発売日が決まりました!

発売日は、7月16日の火曜日です。

特典情報などは追って告知しますので、お楽しみに!!


引き続き本作を応援よろしくお願い致します☆



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る