第142話 兆候



 ☆



 両腕が鎌のように発達した、爬虫類っぽい人型の何か。


 突然飛びかかってきたそれらに、私は反応が遅れた。


(しまった!!)


 私が固まった瞬間、


「『雷撃(トルティヌス)』!!」


 後ろから聞き慣れた声が響き、眩ゆい紫電が走った。


 バリバリと電気が爆ぜる音とともに目の前の化け物が倒れ、砂になって崩れ落ちる。




 一方、隣のセオリクは敵の奇襲にギリギリのところで対応していた。


 タンッと床を蹴って後ろに飛び退きながら魔導剣を真横に払い、振り下ろされる鎌と打ち合わせる。


 キンッ!


 初撃は互角。

 鎌が硬い。


「くっ」


 剣を構え直したセオリクは、四本の手脚でトカゲのように這いつくばる化け物と睨み合う。


 ピチャッ ピチャッ


 不気味に目を赤く光らせ、口から唾液を垂らしながらジリジリと近づく爬虫類。


 その姿は、まるで追い詰めた獲物をどうしてやろうかとでも言うようだ。


 ––––この距離で飛び掛かられたら、マズい。


 私の本能がそう囁いた。




「『部分防御(パルト・ディフェンシア)』!!」


 私が叫ぶ声と、ココとメルが魔法を起動するのは同時。


 虹色の魔力の膜が化け物を覆い、拘束する。


 ギッ、ギギッ––––


 軋むような音を立てながら、感情のない赤い目で私を睨む爬虫類。


 そこに、セオリクが飛び込んだ。


「はっ!!」


 上段から力強く振り下ろされる魔導剣。


 ザンッ、という音とともに化け物が真っ二つに裂け、そのまま砂になって崩れ落ちる。


「はあっ、はあっ……」


 辺りに響くセオリクの呼吸。


「制圧完了」


 レナの宣言とともに皆は、「はあ〜〜」と大きく息を吐いたのだった。




「大丈夫? セオリク」


 私の言葉に、剣を鞘に収めてこちらを振り返る異国の少年。


「ああ。助かったよレティ。そっちはなんともないか?」


「ええ。私も大丈夫よ」


 そう返すと、彼は再び敵の残骸を見下ろし––––


「横にいたのに、ゴメン」


 と肩を落とした。


「気にしないで。あなたも襲われてたんだから。それよりお互い無傷でよかったわ」


 私がそう言って笑いかけると、彼は––––


「もっと強くならないと……」


 そう呟いたのだった。




 セオリクとのやりとりの後、私は後列のアンナのところに行った。


「姉さま、フォローありがと!」


「いえいえ。レティアなら大丈夫でしょうけど、体の方が先に動いてしまいました」


 そう言って微笑むアンナ。


「『自動防御(アウト・ディフェンシア)』が発動すると他の守りがガラ空きになっちゃうから。あの雷撃は本当に助かったわ」


 そう。

 先ほど一番後ろから雷撃を放ち、すんでのところで化け物を倒したのは、彼女だった。


「それにしても––––」


 私は視線を移した。


 前の方では、セオリクが魔石を拾い集めてくれている。


「さすが第三階層ね。敵の強さもそうだけど、数も一気に増えた気がする。一度の戦闘で七匹も相手にしたのは初めてじゃないかしら」


「そうですね。今回はちょっとだけヒヤッとしました。正直、普通の学生には荷が重いように思います」


 頷くアンナ。


 すると隣で私たちのやりとりを聞いていたオリガが口を開いた。




「実技の卒業要件は第二階層までの踏破よ。ここまで来る学生はほとんどいないわ。成績の良し悪しも二階層までの攻略時間と回収した魔石の数で決まるし、わざわざ第三階層まで潜るのは一部の物好きだけでしょうね」


「そうなの?」


「そうよ。ひょっとして知らなかった?」


 呆れたような顔で私を見るオリガ。


 そんな目で見ないで欲しい。

 目の前の問題をなんとかするのに忙しくて、卒業なんて二年に進級できてから心配すればいいと思ってたんだから。


 私は、こほんと咳払いをする。


「ま、まあそれはそれとして…………敵の数が多いのは、ほとんど人が来なくてあまり討伐されていないからかしら?」


「おそらくね」


 オリガが頷く。


 そこで、ずっと黙って私たちを見ていたリーネが小さく手をあげた。


「あの、このまま先に進みますか?」


「これ以上は厳しそう?」


 不安そうなリーネに尋ねると、彼女はコクリと頷いた。


「今の私じゃお荷物になりそうで……。コントロールがよくないから、オリガさんみたいに連射もできませんし」


 確かに彼女は今までのところ、初撃の一発を放つことしかできていない。


 威力調整と狙撃精度の問題で速射ができず、迂闊に二発目を放つと仲間を巻き込む可能性があるからだ。


 できればもう少し習熟の時間が欲しい。

 二階層までで戦闘経験を積みたいところだ。


「私も引き返した方がいいと思う」


 その時、マッピングの作業をしていた小柄な少女が口を開いた。


「レナも?」


 聞き返した私に、彼女は頷く。


「さっきの戦闘、最後の警告が遅れたのは私の実力不足。今のままだと同じ状況になったらたぶんまた同じことを繰り返すと思う」


「そっか。やっぱりみんな厳しいか」


 私は逡巡すると、少し離れたところにいる校長先生を振り返った。




「フリデール先生」


「あ? ––––ああ」


 私の言葉に、何やら考え込んでいた先生は顔を上げた。


「先生、私たちの探索試験の判定はいかがですか? 合格であれば、今日はこのあたりで終わりにしようと思うのですが」


「ふん、そうだね……。第二階層までは合格でいいだろう」


 校長先生の言葉に、「わあっ」と喜び合う私たち。


 よかった。

 とりあえずこれで第一の関門は突破だ。


 喜ぶ私たちを尻目に、校長先生は言葉を続ける。


「ただ、この階層はあんたたちにはまだ早いな。全員がもう少し戦闘に慣れてから、あらためて試験を受けるといいさ」


「「はいっ!!」」




 こうして私たちは無事、探索試験を終えた。


 これで誰の同行も必要なく、いつでも自由に湖中迷宮に入ることができる。


 パーティーとしてのレベルアップは実技の授業で訓練できるようになるし、私も放課後、ようやく魔術の習得に時間を割くことができるようになる。


 ただ、一つ気になることがあるとすれば、それは帰りの道中ずっとフリデール先生が難しい顔で考え込んでいたことだ。


「確かに最近は…… いやしかし……」


「?」


 この時の私たちは、校長先生が抱いた疑問について知るよしもなかった。


 ましてや、間を置かずしてあんなことが起こるなんて。


 想像すらしていなかったのだ。




 ☆




 その日は休日で、私たちはみんなでエーテルスタッドの街に買い物に出かけていた。


 事件に出くわしたのは、その帰り。


 私たちが乗った船がポルタ島に近づき、下船の準備を始めていた時だった。


「誰か、手を貸してくれ!!」


 遠くから聞こえる喧騒と叫び声。


 何事かと思い船から桟橋を見下ろした私たちは、とんでもない光景を見てしまった。


「え? どういうこと??」


 眉を顰めるオリガ。


 彼女の視線の先には、桟橋に溢れる人々の姿。


 しかも見慣れた顔のその人たちは、包帯を巻かれて担架に乗せられたり杖をついたりして、一様に大怪我をしているようだった。




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