第141話 探索試験



 ☆



 オリガが掲げた杖の先端が白く輝き、彼女が振り下ろすと同時にその光は鋭い氷の槍となって射出された。


 ヒュンッ!


 氷槍は目にも止まらぬ速さで宙を飛び、一瞬で二十mほど離れた的に突き刺さる。


 が、私たちが度肝を抜かれたのはその後だった。


 ヒュンッ ヒュンッ ヒュンッ


 オリガが右上、下、左から右と杖を振る度に、瞬く間に杖に魔力がチャージされ、立て続けに氷槍が撃ち出される。


「すごい……!」


「まるで校長先生みたいです!!」


 レナが目を丸くし、リーネが感嘆の声をあげる。


 と、その言葉が聞こえたのか、オリガのリズムが変わった。


 そして––––


 ヒュンッ


 ビュンッ!


 ゴウッ!!!


 小、中、大と、大きさの異なる氷柱が射出され、寸分の狂いもなく的のど真ん中に突き刺さる。


「……怖いくらいの魔力制御力ね。フリデール先生の速さも凄かったけど、精度ではむしろオリガの方が上かもしれない」


 私が呟くと、


「これまでの経験が一気に開花したな」


 隣のセオリクがそんな風に返してきた。


 ––––そうだ。


 これがオリガの本当の力。

 彼女の魔力操作の精度は、明らかに群を抜いてる。


 そして、魔力の変換効率も。


 腕輪を作るときに実施した魔力測定の結果、魔術発動時のオリガの魔力変換効率は、一緒に測定したうちのパーティーの誰よりも高い数値を示した。


 ひと言で言えば、無駄がない。

 揺らぎがない。

 迷いがない。


 それが、彼女の強さ。




 そうしてひとしきり撃ちまくったオリガは、息を切らすでもなく、汗ひとつかかずこちらを振り返った。


「レティア。今ので貴女の魔力はあとどのくらい残ってる?」


「うーん……」


 私は自分の中の魔力量に意識を向ける。


 正直なところ、これまで私は魔力切れを起こしたことがない。

 瞬間的な使い過ぎで魔力酔いを起こしたことは何度かあったけれど。


 今の私は魔力循環も平常。

 何の問題もない。


 ぶっちゃけこの感じなら、一日中魔術を連射してもらっても大した影響はない気がする。


 とはいえ、魔力不足で苦しんできたオリガにそんなことは言えない。


 だから私はこう答えた。




「そうね。あと三百回くらいは撃ってもらって大丈夫だと思う」


「三百回?! じゃあ今ので一割も使わなかったということ???」


 目を丸くしたオリガは、「どれだけ底なしなのよ」と茫然とした顔で呟いた。


「あはは……。私の魔力が多いのもあるけど、オリガの魔力変換効率の高さは群を抜いてるからね。ムダがなくて魔力消費がとても少なかったのよ。––––少ない魔力でなんとかしようと頑張ってきた、あなたの努力のたまものね」


 実際彼女が連射している間は少しずつ腕輪に魔力を吸われていたけれど、それで体内の魔力循環が乱れることはなかった。


 ゆらぎのない抜群の安定感。

 まるで彼女自身のようだ。


「私の努力……」


 じっと自分の手を見つめるオリガ。

 その手が。肩が震える。


「……ムダじゃなかったんだ」


 彼女の目から光るものが流れ落ちる。


「これまでよく頑張ったね」


 そう言ってオリガの背中に触れると、彼女は私を振り返り、


「ありがとう、レティア」


 そう言って泣き笑いしたのだった。




 ☆




「無理を聞いて頂きありがとうございます。フリデール先生」


 湖中迷宮第一層『選択の間』。


 このひと月半ほどで見慣れてしまった迷宮の最初の広間で、私がお礼を言うと校長先生はにやりと笑った。


「別にいいさ。私もあんたらがどう戦うのか見たいと思ってたからね。––––ま、アロルドからは『ずるい』だのなんだのと文句を言われたが」


「あはは……」


 苦笑する私。


 アロルドというのはバリエンダール先生のことだろう。

 本来、迷宮探索試験の試験官は、生徒の担任か、学年主任団の誰かが担当する。


 が、今回私たちは迷宮探索試験の試験官を、フリデール先生にお願いしていた。


 理由は、私たちの戦い方と魔導技術を、なるべく他の人に知られたくなかったから。


 杖づくり勝負から今日までの間に、私はパーティーメンバーのために様々な魔導具を作っていた。


 アンナ用の魔導魔術杖に、オリガの魔力譲渡の腕輪。


 前衛を務めるセオリクに作ってあげた魔導剣に、探知役(サーチャー)のレナがマッピングし易いようにと、航法装置と写真機の技術を応用した経路記録盤も作った。


 さらに私はいつでも『部分防御(パルト・ディフェンシア)』が発動できるように、ココとメルを常時展開してダンジョンを進むことになる。


 要するにうちのパーティーは、機密情報と技術がてんこ盛りなのだ。


 幸いというか、不幸なことにというか。

 フリデール先生にはすでに私の正体がバレてしまっている。


 そこで私が許可するまでは見聞きしたことを秘密にするという条件で、直接校長先生に試験官をお願いしたという訳だ。


 変に目立つとこれからの学校生活がやりにくくなるし、生徒会のナターリエ・バジンカの目も引きたくない。


 一方で校長先生も、私の技術の一端を見ることができる訳で、お互いにとって悪くない取引だった。


「さて。それじゃあお手なみ拝見と行こうかね」


 校長先生の言葉に、頷く私たち。


 こうして試験が始まった。




 ☆




 湖中迷宮『第三層』。


 試験開始から一時間ほどが経った頃。

 私たちは第一層と第二層を足を止めることなく踏破し、ついに第三層に突入した。


 これまで二年生と一緒に潜った一番深いところで第二層の入口までだったから、ここからは初めての階層となる。




「次の十字路、正面に三体。左に二体」


 魔導灯に照らされた石畳の通路に、レナの声が響く。


「リーネ、牽制を!」


「はいっ!!」


 私の呼びかけに、リーネが応える。


 短い詠唱とともに辺りが赤く照らされ、直後、私の背後から火球が撃ち出される。


 ドンッ!!


 着弾と爆音は同時。


「一体撃破。四体接近。右からさらに二体」


「まかせて」


 レナの言葉に、今度はオリガが応えた。


 正面から二体の泥人形が踊るような不規則な歩き方で近づき、その背後に二体の巨大な泥竜がのしのしと歩いてくる。


 直後、背後から続けて四発の氷槍が撃ち出された。


 ヒュン! ヒュン! ヒュン! ヒュン!


 目の前に迫っていた泥人形たちが氷槍に上半身を持っていかれて崩れ落ち、さらにその後ろの泥竜に氷の槍が突き刺さる。


 が、巨大トカゲたちは怯むことなくそのまま突っ込んできた。


「『部分防御(パルト・ディフェンシア)』!!」


 ドゴンッ ドゴンッ


 ココとメルが作り出す防御膜にぶち当たり、怒りにまかせ長い尾を振り回す泥竜たち。


 そこに、隣のセオリクが突っ込んでゆく。


「は!!」


 横一閃。


 魔法によりリーチと威力をかさ上げされた魔導の刃が、二体トカゲたちを真っ二つに切り裂いた。


 これであとは––––


 私が薄暗い廊下に目を凝らした時だった。



「ラスト二体、目の前!」


 レナが叫ぶ。


 次の瞬間––––


 泥竜の陰から、四つの巨大な刃が降ってきた。



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