第140話 魔力授受の腕輪
☆
会長との杖づくり勝負から三日後。
部室の作業机に向かい魔力分析機の製作を進めていた私のところに、セオリクが顔を出した。
「鍛冶屋と話がついたぞ。金属加工を引き受けてくれるそうだ」
「本当?!」
勢いよく振り返る私。
「ああ。最初はとりつく島もなかったが、例の紹介状を出したら手のひらを返しやがった」
言葉の割に淡々としているセオリク。
まあ、それは当然で––––
「やっぱり校長先生の力ってすごいのね。貴方のアドバイス通り、事前にフリデール先生に相談して正解だったわ」
校長先生に紹介状を書いてもらうというのは、セオリクのアイデアだった。
「例の杖づくり勝負で、校長のレティアに対する評価が爆上がりだったからな。使えるものは使おうってだけの話だ」
そう言って彼はニヤリと笑う。
相変わらずマスクで口元が見えないけれど、最近は話し方などでなんとなく彼の表情が分かるようになってきた。
「それにしても、こんなに短期間で魔導具づくりができる環境が整うとは思わなかったわ。部活を調べてくれたこともそうだし、今回の鍛冶屋さんのことも––––ありがとね、セオリク」
私がそう言うと、彼はふいっと目をそらした。
「別に。うちのパーティーの命運は君の魔導具にかかってるからな。自分に出来ることをやっただけだ」
無愛想にそんなことを言うセオリク。
彼のこういう態度に、最初は嫌われてるのかと思ったけれど、実はただの照れ隠しらしいということが最近分かってきた。
「もう、素直じゃないなー」
私はくすりと笑ったのだった。
☆
それからの私たちは大忙しだった。
授業では座学と迷宮実習で知識と経験を積みながら、放課後は各自がやるべきことに全力で取り組む。
私は魔力分析機の製作と、オリガ用の魔力授受の魔導具づくりを。
セオリクは鍛冶屋との連絡役と材料の仕入れを。
リーネは新しい杖を使いこなせるよう魔術の訓練に励み、アンナとレナ、謹慎が解けたオリガがそれに付き合いながら一緒に訓練する。
ちなみにオリガとフレヤのけんかについては、職員会議で『双方に反省文と相手への謝罪文を提出させる』ということで話がついたらしい。
大事になれば両家門の対立に繋がりかねないし、まあ妥当なところだと思う。
入学からこちら色々あったけれど、私たちは四苦八苦しながらもなんとか前に進んでいた。
そんな中で意外だったことと言えば、魔術杖研究会のロルフ会長と二人の先輩たちが、魔導具について熱心に学び始めたことだろうか。
「あれだけ差を見せつけられたらさすがに認めざるを得ないよ。––––『時代が変わった』。そういうことなんだろう」
対決の翌日。
会長はどこか吹っ切れたような顔でそう言うと、私に魔導具づくりを教えて欲しいと申し出てきた。
「勝負に負けたのは悔しいが、君がうちに来てくれたのは僥倖だった。おかげで僕らは世界で一番早く『魔導魔術杖』の原理を学べるんだからね」
魔導魔術杖。
要するに、魔導回路を使って魔術行使を補助する魔術杖だ。
私が杖づくり勝負のために作った『魔力調整機能(ストッパー)付き魔術杖』は、審査委員長を務めたフリデール校長によってそう名付けられた。
曰く「魔術の世界における魔導革命」とかなんとか。
審査委員長総括ではそのまま話が大きくなり、あやうく魔術学会で大々的に発表する流れになりかけたのだけど、私が全力で拒否してその話はとりあえず延期になった。
大ごとになればまともな学生生活を送れなくなるし、公国の工作員の疑いがあるナターリエ・バジンカの興味を引いてしまう可能性がある。
彼女がクロかシロかはまだ分からない。
公使館のグレンとヨハンナには彼女の素性を洗うように依頼を出したけれど、果たしてどこまで調べられるか……。
いずれにせよ下手に目立つのは避けるべきだろう。
とはいえ、学校としても迷宮国としてもこの技術を早期に実用化したいということで、後日あらためて折衝した結果、当分の間ルーンフェルト魔術学校内でのみ研究を許可することにした。
発明者の情報は私が卒業するまで非公開。
杖の一般流通も禁止。
例外として、私のパーティーメンバーとルーンフェルトの教員、それに魔術杖研究会の部員には開発と所持を認める、ということになったのだった。
☆
「それで、これがその腕輪なの?」
私から腕輪を受け取ったオリガは、半信半疑といった顔でその魔導具の表裏を観察していた。
例の勝負から一ヶ月ほどが経ったある日の放課後。
演習場の片隅に私たちは集まっていた。
パーティーメンバーと魔術杖研究会の部員たち。
この一ヶ月苦労をともにした仲間たちだ。
「世界でただ一つ、仲間の魔力を使って魔術を使えるようにする『魔力授受の腕輪』よ。その腕輪はこっちの腕輪から送られた魔力を受け取って、あなたが使える形に変換するの」
私はそう言って、自分の左腕にはめた送信側の腕輪を掲げてみせた。
送信側(トランスミッター)は、装着した者の魔力を一定の波長に変換して受信側(レシーバ)に送信する。
一方で受信側は、受け取った魔力をオリガ固有の魔力波長に変換して彼女に供給するように作ってあった。
そのために私は魔力分析機を作って彼女の魔力を測定し、虎の子の魔導基板を使って二つの腕輪を完成させたのだ。
「受け取る側の腕輪はオリガ専用だけど、送る側は誰でも使えるように作ってあるわ。だから状況に合わせて、誰からでも魔力供給を受けることができるわよ」
私はそう言って胸を張った。
「ちょっと信じられないわ。そんな夢みたいな話……」
そう言って複雑な顔をするオリガ。
彼女はこれまで少ない魔力を増やすため、そして少ない魔力で魔術を使えるようにするために、血の滲むような努力を積み重ねてきたはずだ。
信じられない気持ちもよく分かる。
––––ならば、実際に体験してもらうまでだ。
私は彼女の前に立ち、微笑んだ。
「ねえオリガ。早速試してみましょう。私もうまく出来たか早く知りたいわ」
オリガは再び私が作った魔導具を見つめると、ゆっくりと頷き、決心したように左手を腕輪に通したのだった。
「!」
その瞬間、私の魔力がすっと腕輪に流れ、彼女に向かうのを感じた。
はっとしたように息を呑むオリガ。
「これは…………魔力が、染み込んでくる???」
目を丸くして腕輪を見つめる彼女に、私は呼びかけた。
「さあ、オリガ。魔術を使ってみて。今のあなたなら、十発でも二十発でも続けて撃てるはずよ!」
オリガは私の言葉に頷くと、右手に握った魔導魔術杖を掲げ––––先日フリデール校長がそうしたように、まるで指揮棒を振るかのように杖を振った。
「「!!!!」」
直後。
その凄まじい光景に、彼女を見守っていた私たちはただただ圧倒されたのだった。
ご報告です。
ピッコマさんで本作のコミカライズ配信が始まりました!
2話〜読み損ねた方は、ぜひご活用ください。
引き続き本作を応援よろしくお願い致します。
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