第139話 杖づくり対決!!
☆
思った以上に集まってしまった審査員役の教員たち。
そして、お忙しいだろうになぜかここにいらっしゃるフリデール校長。
せいぜい一人か二人来てくれれば御の字だと思っていた私は、その物々しい顔ぶれに頭が真っ白になっていた。
––––と、こんなやりとりが耳に入ってくる。
「先生。補習授業はどうされたんです?」
「だっ、大丈夫だ。生徒には教科書を復習するように言ってきたから。それに審査用紙を書いたらすぐ戻るしな!」
「…………」
隣の男性教諭を白い目で見る女性教諭。
「いや、だってあの『杖バカロルフ』と魔導具先進国の留学生の杖づくり勝負だぞ? 今後の魔術の発展のためにも絶対見ておかねばならんだろう!」
「…………」
さらに鋭く突き刺さる女性教諭の冷たい視線。
男性教諭は居心地悪そうに、ごほんっと咳払いして目を逸らした。
なるほど。
どうやら私たちの勝負は、色んな意味で先生方の好奇心をかき立てるものらしい。
「それでは審査の先生方は、二本の杖を評価してお手元の用紙に記入をお願いします。各項目五段階評価で、審査員全員の合計得点が多い方が勝ちとします。質問があればそれぞれの製作者に聞いてやって下さい」
バル先生の言葉に審査員の先生方が立ち上がり、杖のところにやって来て列をつくる。
皆、興味津々といった顔だ。
最初に杖を手に取ったのは、やはりというか校長のフリデール先生だった。
先生は最初にロルフ会長の杖を手に取り、軽く振る。
「なかなか良いバランスだね」
そしてそのまま杖を的に向け、今度は魔力をこめて指揮棒を振るように杖を振った。
ボンッ!
ボンッ!
ボンッ!
杖の先端から小さな火球が一振りごとに射出され、リズミカルに的に命中する。
周囲からは、「おお!!」という感嘆の声とともに、ぱらぱらと拍手が起こった。
「うん。魔力の通りもなめらかだ。市中に出せば、特級とは言わないまでも間違いなく一級品で通るだろう。なかなかやるじゃないか」
「お褒めいただき光栄です」
フリデール先生の言葉に、ぺこりと頭を下げるロルフ会長。
彼は『どうだ』とでも言うように、得意げな顔で私を見る。
(あはは……)
そんな会長に、私は苦笑まじりの微笑を返した。
彼の腕の良さについては、早い段階で分かっていた。
魔術杖と魔導具という違いがあるとはいえ、私も職人のはしくれだ。
工具の使い方、材料の扱い方を見れば、彼がどれほどの研鑽を積んできたのかは一目瞭然。
従って純粋な杖づくりの腕では、おそらく私は彼に敵わない。
私が勝てる可能性があるとすれば、ただ一つ。
『魔術杖を、一つの魔導具として再構築(リビルド)する』
それ以外に、勝つ方法はない。
「さて。それじゃあ次はお嬢ちゃんの杖を試してみようか」
フリデール校長は会長の杖を机に戻すと、今度は隣に置いてある私の杖を手に取った。
「おや。なかなかの重量感じゃないか」
先生はそう言って杖を見つめ、まじまじと観察する。
ややあって彼女は「ふむ」と呟くと、老眼鏡の上の隙間からちらっと私を見た。
「なるほど。こんなにややこしく魔導金属(ミストリール)線を引いた杖は見たことがないね。これは魔導回路かい?」
ずばり聞いてくる校長先生。
これはやっぱり、入試の面接で私が言ったことを覚えているんだろう。
私は緊張しながら説明する。
「おっしゃる通りです。この杖は友人のために作ったものですが、ある理由があってちょっとした魔導回路を仕込んであります。––––よろしければ、少しずつ魔力を通してみて下さい」
百聞は一見にしかず。
百見は一行にしかず、だ。
フリデール先生は私の言葉に頷くと、杖の先を立てて魔力を注ぎ始めた。
杖先が光り、しだいにその輝きが増してゆく。
すると、
「……?」
先端がある程度明るくなったところで変化が止まり、校長先生が首を傾げた。
「大丈夫です。そのまま魔力を注ぎ続けて下さい」
「うむ」
私の言葉に、先生が魔力注入を再開する。
と、光はしばしその明るさを保ったあと、再びその輝きを増し始めた。
「これは…………そうか。そういうことかい」
にやりと笑うフリデール先生。
そしてこう尋ねてきた。
「この杖は『何段』だい?」
「三段です。それ以上段数を増やすなら、私の祖国で流通している魔導基板を使う必要がありますね」
そう。
今回私が作った杖には、魔導回路に二つの魔力ストッパーを組み込んであり、杖の先端に一定量の魔力が貯まるとストッパーによって魔力供給を一時的に止めるようになっている。
そのまま魔力を注ぎ続ければストッパーが外れて魔力供給が再開するのだけど、その『あそび』によって使用者は三段階で魔力を調整できるという仕組みだった。
「なるほど」
フリデール先生は面白そうに杖を振りながら、魔力を通したり引いたりして魔力光を明滅させると、スッとその先端を的に向けた。
そして、先ほどと同じように、リズミカルに杖を振る。
ボンッ!
ボンッ!
ボボンッ!!
ボボンッ!!
ドォンッ!!!!
立て続けに五発、威力の異なる火球を放つ。
「「おおおおおおおお!!!!」」
どよめく観客たち。
––––さすが校長先生。
この杖の使い方を正しく理解し、まるでオーケストラでも指揮するかのように、華麗に全弾を的に当ててみせた。
威力調整も完璧。
これでこの杖の目的と性能が、他の先生がたにも伝わっただろう。
「なっ、なんだ今のは?!」
「まさか、あの速さで任意に威力を変えられるのか?」
その場にいる全員が、目を丸くしてフリデール先生を……いや、私が作った魔導杖を凝視していた。
校長先生が杖を机の上に戻すと、早速次の先生が私の杖を手に取って振り始める。
「こっ、これはすごいっ!!」
「そんなに違いますか?」
「ちょっと、みんな待ってるんですからテキパキ回して下さいよ」
触れた教諭は感嘆の声をあげ、順番待ちの先生方からは色んな声が飛んでいる。
腕を組み、じっとその様子を見ていたフリデール先生は、突然こちらを振り返ると、スタスタと私の方に歩いてきた。
そして、ひと言。
「レティア・アインベル。あんた、とんでもないことをしてくれたね」
目を細め、真っ直ぐ私を見据える老女。
「あの、ええと…………私、何かしてはいけないことをしてしまいましたか???」
冷や汗が背中を伝う。
すると先生は、もはや獰猛としか言いようのない笑みを浮かべ、ぽんと私の肩に手を置いた。
「あの一本の杖が、これまでの魔術の常識を変えちまったのさ。あんたはこれまで誰もなし得なかった『魔術に魔導具を取り入れる』ことに成功したんだ。あの杖は魔術史に残る発明になるだろうよ」
「そんな大げさな……」
「大げさじゃない。魔術杖に魔導回路を組み込むアイデアは昔からあったんだ。それこそ百年も前からね。だが、これまで誰も使い物になるものを作れなかった。––––なぜだと思う?」
「魔導回路は魔法を基盤にした技術だから、魔術には応用できなかった?」
私の言葉に、フリデール先生は首を横に振った。
「そうじゃない。魔術杖に普通に魔導回路を組み込めば、それはただの魔導具になるからさ。安定して即座に魔法を撃ち出せる代わりに、大量の魔力が必要になる。この国が魔力消費の少ない『魔術』を使い続けてきたのは、迷宮探索にそれが有用だったからだ。魔石を得るために迷宮に潜るのに、その攻略のために魔石をバカバカ消費してたら本末転倒だろ?」
「あっ……」
私はやっと理解した。
この国で魔法や魔導具が使われない理由。
薄々気づいてはいたけれど、今回自分が作った杖がその常識をひっくり返すシロモノであるということは、全く認識していなかった。
「あの杖は、魔導回路を使っているのにほとんど魔力を消費しない。それでいて従来の杖に比べて圧倒的に威力調整がしやすく、魔術戦闘ではこれまで以上に柔軟な戦い方が可能になるだろう。––––あんな風にね」
フリデール先生の視線の先。
そこでは二人の先生が、私と会長の杖を使って近接戦闘の模擬戦を行っていた。
「はっ!」
「ふんっ!!」
「ふっ!」
「ぐおっ?!」
私の杖を使っている女の先生が、大小様々な氷槍を繰り出して、会長の杖を手に戦うバル先生を圧倒してゆく。
やがて––––
カンッ
「ま、参った!!」
杖を弾き飛ばされ、両手を上げるうちの担任。
「ってゆーか、反則だぞそれ。あんなスピードの変則攻撃についていけるかよ!」
「まともにやれば、私が近接戦闘でバリエンダール教諭に勝てる訳がないですから。それだけこの杖が『使いやすい』ということですよ」
泣き言を言うバル先生に、遠距離戦闘が専門のイェシカ先生が冷静に返す。
––––そういえばこの二人って、二人とも私の実技試験の担当試験官だったよね。
私がそんなことを考えていると、隣のフリデール先生が私に向き直った。
「兎にも角にも、あんたは魔術に新しい道を描いてみせた。その道は今まで誰にも歩めなかった道だ」
そうして校長先生は、今までに見たことのない笑顔で、私の肩にぽん、と手を置いた。
「ま、私としては『魔導の女神』の更なる活躍に期待したいところだね」
…………え?
この人、今なんて言った???
「ちょ、先生?!」
「さあ。とっとと審査を終わらせようじゃないか!」
そう言ってスタスタと審査員席に歩いていく校長先生。
「ちょっと、フリデール先生?!」
「カハハハハハハハっ!!!!」
こうして私とロルフ会長の杖づくり対決は幕を閉じた。
そして私はこの日、正式に魔導杖研究会に入部し、自由に工具と作業机を使わせてもらえることになったのだった。
☆
コミカライズ6話が更新されました!
王様に魔導ライフルを披露するレティ。
そんな彼女に迫る黒い影。
そして物語は最初のクライマックスへ。
ぜひ見てみて下さい。
https://www.123hon.com/polca/web-comic/yarinaoshi/
引き続き本作を応援よろしくお願い致します。
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